上 下
163 / 183
おまけのバットゥータ

162:どうも、俺、盛られちゃったみたいなんですよ

しおりを挟む
 イスタンブールの住まいは、アドリーの館のわりと近く。
 でも、広々とした館ではない。
 半年しか住まない家なので、家財は最低限しか置いていない。もちろん使用人も雇っていない。
 そこにたまに訪ねてくるのは、アドリーと小鳥ぐらい。
 バットゥータに小さな頃からべったりだったスレイヤーは、商用の旅までついてくるようになったので、毎日、顔を合わせている。
 彼が十歳の頃からだ。
 いずれスレイヤーが、アドリーの館を引き継ぐから、商用の修行を始めるのに早いに越したことはないが、空腹は一度として経験したことはなく、着るものは上等なのがふんだんにあり、根っからのお坊ちゃん育ち。大きな館の次期当主であるという自覚は微塵もない。物見遊山でバットゥータについてきているだけだ。
 それに、スレイヤーがバットゥータに帯同する真の目的は他にあることは前々から知っている。
 布団に寝転がる十四才の少年の姿は無く、代わりにあったのは、敷布に点々と散らばる血のシミだった。
「やられた」
と叫んで、バットゥータは立ち上がる。
「……この頭の痛さ。ようやく意味が分かった。……とにかく、アドリー様の館に行かないと」
 まっすぐ歩き出したはずなのに、壁にぶつかる。
「床がぐるぐる回る。いや、回っているのは、俺の目か」
 なんとか外に出て、庭にある井戸に釣瓶を落とし、水を汲んで頭からかぶる。
 もう一度、汲んだ水を飲み干し、少し落ち着くと、服を絞って歩き出す。
 館になんとかたどり着き、ムアーウィアから彼の息子に代替わりした若い門番に事情を話す。
 人目を避けるようにしてアドリーの私室に通される。座っているのもしんどくなり、絨毯に寝転がる。
 廊下を走る足音が近づいてきた。
「バットゥータ!どうしたっ!」
 大声を上げたのは、アドリーだ。
 そして、傍らに座したのが小鳥。
 バットゥータの額や首筋に手を伸ばしてきて、熱を確かめる。
「あ、病気じゃないんで」
とまず二人を安心させた。
「何だよ。お前が物も満足に言えないほどふらふらだっていうから、仕事を投げ出して駆けつけてやったのに、ただの二日酔いか」
とアドリーが少し呆れる。
「スレイヤー様は?」
「朝帰り。今朝、コソコソ帰ってきたって門番が。二人して飲んでたのか?戒律ってもんがあるんだから、大っぴらに飲むな。程々にしろ」
「よかった。館にはいるのか」
 バットゥータは胸を撫で下ろす。
「こんな身体でこちらにお邪魔しちゃって申し訳ないんですが、」
と身体を起こした。
「おい。まだ酒が抜けていないなら、寝とけ」
とアドリーが言うが、バットゥータはそれを制する。
「どうも、俺、盛られちゃったみたいなんですよ」
「盛られた?何を?」
 アドリーの眉間にシワが寄った。
 童顔だった顔も今は少し若めの中年に変わって、それはそれで魅力的なのだが、当人は鈍感なので気づいていない。きっと、小鳥さえ自分を見てくれればそれでいいと思っている。
 ああ、腹立つと、思いながらバットゥータは答えた。
 初恋はとうに色あせたが、たまにこうやって蘇ってきてバットゥータを苦しめることがあるのだ。
「薬です。感じたことのない気持ち悪さなので、たぶん、西洋の物かと。昨晩の意識が飛んでますし。あと、俺の家の敷布に結構な数の血のシミが」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黄昏時に染まる、立夏の中で

麻田
BL
***偶数日更新中***  それは、満足すぎる人生なのだと思う。  家族にも、友達にも恵まれた。  けれど、常に募る寂寥感と漠然とした虚無感に、心は何かを求めているようだった。  導かれるように出会ったのは、僕たちだけの秘密の植物園。 ◇◇◇  自分のないオメガが、純真無垢なアルファと出会い、自分を見つけていく。  高校卒業までの自由な時間。  その時間を通して、本当の好きな人を見つけて、様々な困難を乗り越えて実らせようと頑張ります。  幼い頃からずっと一緒の友達以上な彰と、運命のように出会った植物園の世話をする透。  二人のアルファに挟まれながら、自分の本当の気持ちを探す。  王道学園でひっそりと育まれる逆身分差物語。 *出だしのんびりなので、ゆる~くお楽しみいただければ幸いです。 *固定攻め以外との絡みがあるかもしれません。 ◇◇◇ 名戸ヶ谷 依織(などがや・いおり) 楠原 透(くすはる・とおる) 大田川 彰(おおたがわ・あきら) 五十嵐 怜雅(いがらし・れいが) 愛原 香耶(あいはら・かや) 大田川 史博(おおたがわ・ふみひろ) ◇◇◇

悩ましき騎士団長のひとりごと

きりか
BL
アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。 ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。 『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。 ムーンライト様にも掲載しております。 よろしくお願いします。

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈ 学園イチの嫌われ者が総愛される話。 嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

迅英の後悔ルート

いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。 この話だけでは多分よく分からないと思います。

僕の幸せ

朝比奈和花
BL
僕はすでに幸せだ。 幸せな、はずだ。 これ以上幸せになることはできるの? 以前別サイトで書いていた作品を加筆・修正したものです。 ※この話はフィクションです ※この作品にでてくる地名、企業名、人名、 商品名、団体名、名称などは 実際のものとは関係ありません ※この作品には暴力などが含まれます ※暴力、強姦、虐待など  すべて法律で禁止されています  助長させる意図は一切ありません ※タグ参照の上お進みください

尽くすことに疲れた結果

ぽんちゃん
BL
 恋人であるエドワードの夢を応援するために、田舎を捨てて共に都会へ向かったノエル。  煌びやかな生活が待っていると思っていたのに、現実は厳しいものだった。  それでも稽古に励む恋人のために、ノエルは家事を受け持ち、仕事をどんどん増やしていき、四年間必死に支え続けていた。    大物の後援者を獲得したエドワード。  すれ違いの日々を送ることになり、ノエルは二人の関係が本当に恋人なのかと不安になっていた。  そこへ、劇団の看板俳優のユージーンがノエルに療養を勧めるが──。      ノエル視点は少し切ないです(><)  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  本人は気付いていませんが、愛され主人公です。    不憫な意地悪王子様 × 頑張り屋の魔法使い  感想欄の使い方をイマイチ把握しておらず、ネタバレしてしまっているので、ご注意ください(><)  大変申し訳ありませんm(_ _)m  その後に、※ R-18。  飛ばしても大丈夫です(>人<;)

処理中です...