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第九章

160:……アドリー様?

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と言い返してくる。
『アドリー様。珈琲もう一杯どう?』
「もういい。にしても、スレイヤーの奴、来ないな。行き違いか?だったら、帰ろうぜ」
『いや、もうちょっと』
と小鳥が粘る。
 なにやら様子がおかしい。
「何?スレイヤーを待つっていうのは実は口実で、オレに打ち明けたいことでもあんの?商売で大穴開けたとか?」
『打ち明けたいっていうか……』
 小鳥が大通りに面した道を店内から伸び上がって何度も見る。
『小鳥?いい加減、白状しろ』
 アドリーがイライラしだすと、館の方向から港の方向に向かって、テテテッと走っていく小さな子供の姿が視界に端に映った。
 陽に透けると金色に近くなる茶色の髪は、間違いなくスレイヤーだ。
 港へと先に向かったはずなのに、どうして逆方向から駆けてくるんだ?と思っていると、小鳥が席からそっと立ち上がって薄暗い店を出ていく。
「バッブータ!!」
 スレイヤーが道の途中で止まっって甲高い声で叫ぶ。
 そして、両手を振った。
 港の方向から流行りの西洋風の短めの上着を羽織った背の高い男が歩いてくる。
 白とも黄色とも言えない肌をした男だ。髪は黒に近い茶色。
 男は、道で立ち止まり、
「あれ??」
と素っ頓狂な声を上げた。そして、腰を折ってスレイヤーを抱き上げる。
「スレイヤー様?スレイヤー様ですよね?いやあ、数年、見ないうちに随分、大きくなりましたね」
 店先に出ていっていた小鳥が男に話しかける。
 すると、男はスレイヤーを抱いたまま、小鳥に抱擁をした。
 アドリーは息を飲んだ。
 そして、幻覚でも見たのかと何度も目をこする。
 嘘だろ?
と大きな声で独り言まで言っていた。
 すぐ目の前の通りに、五年前に半ば追い出すようにして館から出した使用人がいる。
 いや、元使用人か。
 暗い劇場に座って、明るい舞台を眺めているような不思議な気分だった。
 男は、暗い店内から見つめ続けるアドリーには微塵も気づかず、明るい通りで少し高揚したように、
「こんなところで、小鳥とスレイヤー様と会うなんてなあ」
と声を弾ませている。
 小鳥が店内を指さした。
「え?珈琲?俺、中に入れ……あ、もう解放されたからいいのか」
 男が店内を覗き込み、目を丸くしたのが分かった。
「……アドリー様?」
 名前を呼ばれて、アドリーはたまらず歩き出す。
 転ばないか心配して小鳥が動き出そうとしたが、それを手で阻む。
 アドリーが杖を使わず歩き出したのを見たバットゥータが、スレイヤーを小鳥に預け、両手で顔を覆って膝が汚れるのも構わず道にひざまづいた。
「嘘だろ。歩けるようになったなんて、一言も」
 その声は悲鳴みたいに辺りに響いた。
 アドリーは椅子や机にぶつからないようゆっくりと、だが誰にも頼らず店を出ていく。
 バットゥータが肩を震わせているので、どう声をかけていいのか分からず、とりあえず肩を突く。
「聞け。バットゥータ。お前もオレも、小鳥にはめられたんだ。オレはお前が今日帰って来るのを知らなかったし、お前はオレが歩けることも、今日、ここにいることも知らなかった。そうだろ?」
「その小鳥、とんでもねえ野郎ですね」
とバットゥータが笑いながら涙を拭う。
 そして、膝を払って立ち上がった。
「バッブータ、バッブータ!!」とまとわりつくスレイヤーを片腕に抱き上げる。
 アドリーは バットゥータを見上げた。
「お帰り。不肖の元使用人。ったく、何年、西洋をほっつき歩けば気が済むんだ」
 すると、バットゥータが肩をすくめる。
「時間はかかったけれど、五体満足で帰ってきたじゃないですか。医者だってちゃんと送ったし」
 バットゥータが口を尖らせ、その隣で小鳥がニヤニヤしはじめる。
 ローマに両親へ勝手に連絡を取ったアドリーとバットゥータへの彼なりの仕返しらしい。
 気恥ずかしくて、アドリーは踵を返した。
「まあ、いい。館に帰るぞ」
「帰るって、珈琲飲むんじゃ……」
「はあ?オレはもうたっぷり飲んだよ」
「そんな!俺はこれまで約束を守ってこの店に入らなかったのに。そういうとこですよ、アドリー様!」
「そういうとこってどういうとこだよ。お前こそ、こんなときに逆らってくるなんて。そういうとこだぞ」
 仲違いしていた時間など数度の会話だけで、簡単に吹き飛んだ。
 そんな気がした。
 きっと、バットゥータも同じことを思っている。
「今度、四人で行こう!」
とバットゥータに抱かれているスレイヤーが言った。
「スレイヤー様は天才ですね!いやあ、すごいなあ。一発で解決案を出してしまった。じゃあ、今回は、アドリー様の館で珈琲をご馳走になることにしましょうか」
とバットゥータがスレイヤーの脇に手を入れ空に向かって掲げながら言う。
 小鳥が側に寄ってきて、「無事、仲直りできてよかったね」というように身体をぶつけてくるので、それが恥ずかしく気づかないふりしてバットゥータに、
「この国の食い物が恋しいだろ?白目むくほど、食わせてやるからなっ!!」
と大声で言うと、
「もうー。だから、そういうとこですって」
とかつての大切な使用人、今は、大切な家族のような男が盛大に呆れてみせて、周りを笑わせた。
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