【完結】片恋鳥は初恋の夜を越える

第九章

150：……いつかは、……告げなければと。でも、一体どうやって？

　そう呼べとアドリーが教えたからだ。
　もう三歳。
　無邪気に喋り、よく笑う。
　館を明るくしてくれる存在だ。
　出生の事実はまだ理解できる年ではないので告げてはいないが、時期が来たら言わなければならないなと小鳥と話はしている。
　マルキの館に移って以降、関係が途切れたとばかり思っていた馬鹿タレの方は、思い出したように西洋から大量の珍しい品を送ってくる。
　もう彼がこの館から居なくなって二年が過ぎていた。
　資金の出どころは、小鳥だ。
　なんと、バットゥータが旅立つとき、自分の資産の十分の一をあいつに預けたというのだ。アドリーも充分な餞別を渡したので、西洋の品を買い付けるのに不自由はない。おまけにあいつのララは、世界一の女商人マルキだ。間違いのない物ばかり送ってくる。
　グランバザールの一区画が空いたらすかさずそこを押さえて、西洋の品を売れという指示が小鳥にあったのか、小鳥はグランバザールに二店目を構え、経営している。薬商も西洋の品を売る店も人気は上々だ。
　バットゥータはオスマン帝国に渡りたい医者を見つけることも異国を巡りながらしていて、今まで幾人かの医者を送ってきた。
　彼らの当面の宿をこの館とし、開業したい者、大商人などのかかりつけ医になりたい者
らの希望を聞いて仲介するのがアドリーの役目だ。
　女奴隷も男奴隷も館には少なくなり業態は変わってしまったが、人を扱う仕事という根本は変わっていない。
　ある日、男の使用人が、大きな積荷を港から運んでた。
　マルキの大船団は、春にイスタンブール港を出ていき秋に西洋から戻ってくる。そして、積荷を下ろして冬の海が荒れないうちにまた西洋へ。マルキが乗る乗らないという違いはあるが、何十年とその繰り返しをしているのだ。
　積荷にはバットゥータの手紙も添えられていた。
　久しぶりに見るバットゥータの文字に、アドリーは心躍る。
　中身は、先日ローマへと向かったと書いてあり、以前、預かった小鳥のメモを元にその住所に行ってみたというものだった。
「これだけかよ」
とアドリーは愚痴る。
「お元気ですか？俺は寂しけれど頑張ってます、ぐらいの嘘が書けないのか。あの馬鹿使用人は。ああ。元使用人か」
　バットゥータが自分の元で働いていてくれたのは、随分前のことだと気づくと寂しくなって考えるのを止めた。
　手紙はもう一枚入っていた。
　そちらは、ローマ語だ。
　バットゥータの字ではない。
「とすると、小鳥の両親からか」
　知り合いに訳させるかと思ったが、バットゥータが手紙の内容に触れていないので悪い内容ではないとアドリーは判断し、小鳥にそのまま渡すことにした。
　スレイヤーを寝かしつけてから、小鳥がアドリーの部屋にやってくる。
『ごめん。遅くなってしまって。スレイヤーがなかなか寝てくれなくて。あとはファトマにまかせてきた。僕に渡したいものって？』
　アドリーは何も言わず、小鳥に手紙を差し出した。
　小鳥はそれを読み始める。
『バットゥータから？え？ローマに行ったの？』
　混乱しきりな様子でバットゥータの手紙を読み得た小鳥は、今度は二枚目の手紙に目を落とした。
　途端、息を飲んで、口元に手を当てる。　
　すぐに両親からのものだと気付いたらしい。
　みるみる目に涙が浮かんできた。
「オレとバットゥータで勝手にやった。怒っていいぞ」
　すると、小鳥は首を振る。
『……いつかは、……告げなければと。でも、一体どうやって？』