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第九章

146:今夜が……山かも……しれないって

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 病名や自宅での手当の方法などがびっしり書かれていた。
「あいつ、頑張ってんなあ。帰ったら手首ぐらいもんでやるか」
と呟いたアドリーの手が止まった。
 紙の束の後半部分は、ローマ語になっていた。
 アドリーはローマ語が読めない。
 だが、一枚の紙の上部は、数字混じり。
 めくると、また上部には同じ文字と数字が。
「ROMA」という文字は、小鳥の国の名前だと以前教えてもらったので覚えている。
「これ、住所か?だとしたら下部のは手紙の下書き?」
 めくっていくと二十枚近くあった。
「もしかして、出せない手紙?だとしたら、相手は誰だ?」
 小鳥は向こうに七年しか住んでいない。
 他の小鳥が帰国するときに、誰も手を差し伸べなかったようだから、親しい友人、もしくは恋人はいなかったのではないかと予想できる。
「だったら、両親か?」
 会いたくないというのは本音であり嘘であることは、アドリーはよくわかっている。
 小鳥を助けるため、否応なく母親と再会したその時によくわかった。
 今でも途切れること無く面会や手紙などで交流は続いているが、面会中は穏やかでも手紙を書くときは、過去の恨みつらみを書いてしまうことはある。それは出せずに終わってしまうことがほとんどなのだが。
 アドリーは紙の束から一番古い手紙の下書きらしきものを引き抜いてポケットに仕舞う。
「バットゥータに調べさせ……いや、自分で調べるか」
 ローマ語が解る信頼できそうな者は、手を尽くせば見つからない訳では無い。
 そこから、大きな変化は無く時間が過ぎていき、一年が終わろうとしていた。
 イスタンブールは雪こそ降らないが寒い風が吹き荒れ、皆、綿入りの長衣を着込んでモコモコしている。
 このまま新年を迎え、代わり映えのない日々が続いていくんだろうなと思っていたのだが、そんな最中、スレイヤーが熱を上げた。
 館に来てから皆が注意を払ってくれているお陰で、病気らしい病気はしてこなかったので、急に寝込まれてアドリーは焦った。
 それは、バットゥータも同じだったようで、マルキの元に行っていたのに仕事を途中で投げ出して帰ってきた。
 普通の風邪ではないことは素人目でも分かり、日々、医者と接している小鳥にはなおさらそう感じたようだ。医師を呼ぶため真っ青な顔でスレイヤーの部屋を飛び出していく。
「スレイヤー様。バットゥータです。目を開けてください。あなた、最近、言葉だって覚えたでしょう?バッブータ、バッブータって。いくら違うって言っても直らない。歩くのだって上手になってきたっていうのに」
 寝台の傍らで、バットゥータはスレイヤーの頭を撫で続ける。
 スレイヤーが最初に覚えた人の名前は、バットゥータで、それはこの三人の中で誰が一番、時間を割いてかわいがってくれているのか分かっているからだとアドリーは思う。
 あいも変わらず、小鳥も自分も、スレイヤーを上手に可愛がることができないのだ。
『今夜が……山かも……しれないって』
 連れてきた医者の言葉を、小鳥が訳す。
『信じられない。昨日まで、あんなに、元気だったのにっ』
 そう言い捨てて、小鳥はスレイヤーの部屋を出ていく。
「バットゥータ。スレイヤーを頼む」
 尋常じゃない小鳥の動揺に、アドリーは後を追った。
 内廷の庭に小鳥はいて、真冬の月が、彼をぼおっと照らしていた。
 雲ひとつ無い澄み切った夜空だ。
 小鳥は芝生の上に突っ伏していた。
『小鳥。スレイヤーの側に戻ろう。あいつ、寂しがる』
 しかし、小鳥は首を振る。
 アドリーは突っ伏す小鳥の上半身を両肩を掴んで上げさせた。
『僕のせいだ』
と小鳥が唇を震わせながら言う。
 だからアドリーは、間髪入れずに言い返す。
『スレイヤーの病気はお前のせいじゃない』
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