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第八章

130:赤ん坊に名前が無いことに、もう皮肉は言わせねえからな。ちゃんと考えた。

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「また、別でごたついて忙しくなる。なんでも首を突っ込みたがるから、お前は。俺は、今回の件で反省したんだ。道端で倒れて真っ青な顔したお前がこの館に運び込まれてきた時に。だから、もう、抱え込まさない。実は、ファトマを呼び戻そうと思っている」
 ファトマは明るい女だ。
 せっかちなのが玉に傷だが、皆が気づかないだけで口を動かすより何倍も手を動かしている。そして、とても気が利く。
 バットゥータが忙しい時は、何も言わずに彼の負担が軽くなるよう影で支える。
 そういう女がいなくなってしまったので、バットゥータの肩に全てがのしかかってきてしまったのだ。
「あいつ、ヴァヤジットの奴隷商館で、早々に何か仕出かしたんですか?」
「皮膚病が再発したんだと。ヴァヤジットにこの奴隷には、もともと瑕疵があったんだろと言われちまって、売った価格で買い戻すことにした。契約料だけは損はするがな」
「じゃあ、引き取りに行かなきゃいけないですね。日付が決まったら、俺が出向きます」
「そういう細々としたもんは、全部、他にやらせろ。お前は、この館のバシュ(室長)にする。事実上、この館を仕切る存在だ」
「オレが?若すぎません??」
「舐められるって?その貫禄で?下には、ファトマを付ける。あいつはウスタ(女中頭)にするから、上手く使え。お前は、一極集中していた仕事を、いかに人に振るのが仕事」
「バシュにウスタ。まるで、家業を発展させたいみたいじゃないですか」
「まあな」
「え?冗談で聞いたんですけど?アドリー様は本気??」
「そこで相談なのだが。お前、オレがあの赤ん坊を養子にしたらどう思う?小鳥は、ローマの親元には送りたくないと言っているし、かといって養子に出したいわけでもなさそうだ。だが、自分の手で育てるのも難しい。赤ん坊が大泣きすれば、未だに耳を塞いで宿に逃げていく始末」
「俺、聞きましたよ。小鳥から。どういう経緯で赤ん坊が生まれたのか」
「あいつ、お前にも話したのか」
「読んでおいてって紙切れを渡されただけです。自分だけの秘密だと思ってたんですか?」
「お前、あと数日寝込んでろよ」
「はい、図星!独占したいんでしょ、本当は?でも、小鳥はアドリー様との未来を造りたくて、言いたくもない過去を俺にも打ち明けたんだと思いますけど」
「オレとの未来?」
「ファトマが、言ってました。アドリー様って鈍いって」
「呼び戻すのやめよう」
と言うと、バットゥータがクスクス笑い始める。
「話し戻しますけれど、いいんじゃないですか。未来の当主の存在は、この館が活気づきます」
「オレは、何かあった場合は、お前に継がせようと思っていた。残念がったりしねえの?」
「俺は、アドリー様に何かあった場合、どう後を追おうかしか考えたことがないので」
「館に残される奴らはほったらかしか」
「自分でなんとかしろよって話です。だから、こんな人でなしより、赤ん坊様に継いでもらったほうがいいんじゃないですか?」
「赤ん坊に名前が無いことに、もう皮肉は言わせねえからな。ちゃんと考えた。スレイヤーだ」
「北の空に輝く群星の名前ですね。スレイヤー様か。かっこいい」
「オレの養子ならムスリムなのだから、そういう名前を付けるべきなのだろうが、ローマの血も入っているからな」
「アドリー様の養子にすることで、スレイヤー様は格段にこの国で生きやすくなりますね。それで、小鳥の反応は?」
「ふうん、いいんじゃない?だそうだ」
「あいつ。他人事だ」
「いや、そっけなかったが、好きな星座だポソッと言っていたから、気に入ってはくれたようだ」
 アドリーは、バットゥータの首筋に手を伸ばす。
 さらには肩に下がり、さらにその下にも。
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