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第六章
106:バットゥータ。お前に使いを頼みたい。相手はマルキだ
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寝ている最中に起こった事の顛末を話すと、アドリーはすぐに小鳥の自由民への申請を取り消してこいとバットゥータに命令を下した。
「本当にあれでよかったんですか?」
「とっ捕まっちまったんなら、意味がねえ。むしろ、ローマから国賓待遇でやってきた少年が奴隷に落とされてもなんとか生きてきたのに、殺人容疑までかけられたって方が悲壮感があっていいだろ。プロフって奴の悪人ぶりも際立つ」
「徹底的にやるってことですね?」
「ああ」
と頷くアドリーは、みぞおちの下のあたりを擦っている。
こんな事態だ。
身体に負荷がかかって当然だ。
アドリーが擦っていた部分を、覚悟を決めるかのようにきゅっと掴んだ。
「バットゥータ。お前に使いを頼みたい。相手はマルキだ。ラシードが、サフィア妃に面会を求めているから取り次いでくれ、と伝えてくれ」
バットゥータは一瞬聞き間違いかと思った。
「聞いているのか?バットゥータ。呆けた面するな」
「え……?だって、さっき、サフィア妃って聞こえてきて」
「ああ。そうだ。直接会話出来なくても構わないが、あちらと、とにかく一度顔を合わせたい。場所は小さなモスク。金曜なら人気のないからなんとかなるだろ」
迷いない決断は、事前に対策していたかのようだ。
自分といえば、そこまで頭が回っていなかった。
アドリーが憎んでいる母親を頼ってまで、小鳥を救おうとするとは想像できなかったのだ。いや、精神的に成長しきれていない部分を持つこの人を甘く見すぎたせいかもしれない。
「すみません。憲兵がやってきた時、起こすことが出来なくて。小鳥の側を離れたら、あいつら勝手に連れ去っていきそうな勢いだったもので」
「オレがいたってどうにもならなかった。それにしても、死人の腹をわざわざ裂いて赤ん坊の肌の色を確認してって、やり過ぎだろ」
「犯人は、この事件がうやむやに終わるのが嫌で、なおかつ小鳥が犯人でなければ、都合が悪いらしい。やはり、金絡みのですかね。しかも、莫大な額の」
「小鳥に過去の犯罪を蒸し返されたくなければ、そいつはさっさと払っているはずだろうしな。それが出来ない額なんだろ。薬商のじいさんみたいに事業に使っちまったか、散財したのかは今のとこと不明だが」
「サフィア妃に面会を求めるということは、宮廷の外交費帳簿を調べてもらうということですか?」
「いや、当時のスルタンの個人的な帳簿だ。夜の小鳥への褒美はそこから出ているだろうから」
「つまりそれは、ムラト三世の……」
「ああ。俺の父親の帳簿。宮廷規模でみたら微々たる額だが、一般人にしたらかなりのものだ。人生二、三回は遊んで暮らせるぐらいになる。そんくらいの額を貰ったら、故郷に送金するはずだろ。だとしたら送金した記録が残る。金の流れをたどるのは案外容易い」
「ちょ、ちょっと待ってください」
あまりにもアドリーが平然というもので、バットゥータはついそのまま流されそうになっていた。
「冷静に考えてみて、あのデカ鳥が、スルタンからお召なんてあるんでしょうか?」
「俺が十一歳の頃は、同じぐらいの身長だったはずだぞ。夢の中に歌を歌う金髪の少年がぼんやりと出てきたことがあるが、視線の位置は同じぐらいだった」
「身長の方じゃなく。年齢も方です!お二人は二歳差だから、デカ鳥は当時九歳だったわけですよね?」
「そうだが?」
「どうしてそこまで冷静でいられるんです?どこの世界にも転がっている話ですが、幼いあいつを抱いた相手は……」
すると、アドリーが頭の上で円を描いた。
「歴代のスルタンなんて、皆、気が狂っている。宮廷ってのは巨大な鳥かごなんだ。あそこで、生まれてくる男児は一人しか生き残れない仕組みで育てられる。運良くスルタンになっても、いつ大宰相や他の家来に寝首をかかれるかわからない。異国だって虎視眈々とオスマン帝国の警備が手薄な場所を狙っている。いい死に方をしたスルタンは一人もいないはずだ」
「でも……アドリー様……」
「狂った鳥かごの中で育ったから、それぐらい慣れている。十一歳で俺の記憶は飛んだが、それ以前でもきっと父親の記憶なんてひどいもんだろうさ。母親と同じく産み捨てるのがお家芸」
「……」
「黙るな。バットゥータ」
「あいつがプロフへの恨みの詳細が言えなかったのは、アドリー様に気を使ってのことですよね、きっと」
「繊細だからな。オレの足が折られた話だって、自分のことのように涙ぐみやがった」
それは俺もです、と言い換えしたいのを、 バットゥータはなんとか飲み込んだ。
こんな状況で主張するのは、格好が悪すぎる。
「そういやあ、お前もだったな。ガキの頃」
とアドリーが呟いてくれたので、少し救われた。
多分、こっちの心情を汲み取ってわざと言ってくれたのだと思う。
正直、小鳥は厄災を呼び込む。
しかし、自分がこの館に呼んだのだから、尻拭いはしなければならない。
バットゥータは、行動を決意する。
「本当にあれでよかったんですか?」
「とっ捕まっちまったんなら、意味がねえ。むしろ、ローマから国賓待遇でやってきた少年が奴隷に落とされてもなんとか生きてきたのに、殺人容疑までかけられたって方が悲壮感があっていいだろ。プロフって奴の悪人ぶりも際立つ」
「徹底的にやるってことですね?」
「ああ」
と頷くアドリーは、みぞおちの下のあたりを擦っている。
こんな事態だ。
身体に負荷がかかって当然だ。
アドリーが擦っていた部分を、覚悟を決めるかのようにきゅっと掴んだ。
「バットゥータ。お前に使いを頼みたい。相手はマルキだ。ラシードが、サフィア妃に面会を求めているから取り次いでくれ、と伝えてくれ」
バットゥータは一瞬聞き間違いかと思った。
「聞いているのか?バットゥータ。呆けた面するな」
「え……?だって、さっき、サフィア妃って聞こえてきて」
「ああ。そうだ。直接会話出来なくても構わないが、あちらと、とにかく一度顔を合わせたい。場所は小さなモスク。金曜なら人気のないからなんとかなるだろ」
迷いない決断は、事前に対策していたかのようだ。
自分といえば、そこまで頭が回っていなかった。
アドリーが憎んでいる母親を頼ってまで、小鳥を救おうとするとは想像できなかったのだ。いや、精神的に成長しきれていない部分を持つこの人を甘く見すぎたせいかもしれない。
「すみません。憲兵がやってきた時、起こすことが出来なくて。小鳥の側を離れたら、あいつら勝手に連れ去っていきそうな勢いだったもので」
「オレがいたってどうにもならなかった。それにしても、死人の腹をわざわざ裂いて赤ん坊の肌の色を確認してって、やり過ぎだろ」
「犯人は、この事件がうやむやに終わるのが嫌で、なおかつ小鳥が犯人でなければ、都合が悪いらしい。やはり、金絡みのですかね。しかも、莫大な額の」
「小鳥に過去の犯罪を蒸し返されたくなければ、そいつはさっさと払っているはずだろうしな。それが出来ない額なんだろ。薬商のじいさんみたいに事業に使っちまったか、散財したのかは今のとこと不明だが」
「サフィア妃に面会を求めるということは、宮廷の外交費帳簿を調べてもらうということですか?」
「いや、当時のスルタンの個人的な帳簿だ。夜の小鳥への褒美はそこから出ているだろうから」
「つまりそれは、ムラト三世の……」
「ああ。俺の父親の帳簿。宮廷規模でみたら微々たる額だが、一般人にしたらかなりのものだ。人生二、三回は遊んで暮らせるぐらいになる。そんくらいの額を貰ったら、故郷に送金するはずだろ。だとしたら送金した記録が残る。金の流れをたどるのは案外容易い」
「ちょ、ちょっと待ってください」
あまりにもアドリーが平然というもので、バットゥータはついそのまま流されそうになっていた。
「冷静に考えてみて、あのデカ鳥が、スルタンからお召なんてあるんでしょうか?」
「俺が十一歳の頃は、同じぐらいの身長だったはずだぞ。夢の中に歌を歌う金髪の少年がぼんやりと出てきたことがあるが、視線の位置は同じぐらいだった」
「身長の方じゃなく。年齢も方です!お二人は二歳差だから、デカ鳥は当時九歳だったわけですよね?」
「そうだが?」
「どうしてそこまで冷静でいられるんです?どこの世界にも転がっている話ですが、幼いあいつを抱いた相手は……」
すると、アドリーが頭の上で円を描いた。
「歴代のスルタンなんて、皆、気が狂っている。宮廷ってのは巨大な鳥かごなんだ。あそこで、生まれてくる男児は一人しか生き残れない仕組みで育てられる。運良くスルタンになっても、いつ大宰相や他の家来に寝首をかかれるかわからない。異国だって虎視眈々とオスマン帝国の警備が手薄な場所を狙っている。いい死に方をしたスルタンは一人もいないはずだ」
「でも……アドリー様……」
「狂った鳥かごの中で育ったから、それぐらい慣れている。十一歳で俺の記憶は飛んだが、それ以前でもきっと父親の記憶なんてひどいもんだろうさ。母親と同じく産み捨てるのがお家芸」
「……」
「黙るな。バットゥータ」
「あいつがプロフへの恨みの詳細が言えなかったのは、アドリー様に気を使ってのことですよね、きっと」
「繊細だからな。オレの足が折られた話だって、自分のことのように涙ぐみやがった」
それは俺もです、と言い換えしたいのを、 バットゥータはなんとか飲み込んだ。
こんな状況で主張するのは、格好が悪すぎる。
「そういやあ、お前もだったな。ガキの頃」
とアドリーが呟いてくれたので、少し救われた。
多分、こっちの心情を汲み取ってわざと言ってくれたのだと思う。
正直、小鳥は厄災を呼び込む。
しかし、自分がこの館に呼んだのだから、尻拭いはしなければならない。
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