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第五章
98:バットゥータと同じことを言いやがって
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「そこに小鳥様も加わってくれるんですか?凪のように静かな男性ってこの館では希少です!」
急に話を振られて、戸惑った。
『ぼ、僕??』
僕は喉を指し、☓印を作った。
「お前、何できんの?」
話を聞いていたのか、アドリーが広間に続く部屋から戻って来ながら僕に聞いてくる。
『何って、何もできない』
十八歳で一座を出されてから、夜の方だけは上手くなった。
何故って、満足させられなかったら殴られるからだ。
下手でも面白がってくれたのは、ムラト三世。アドリーの父親だけだ。
ここ数年、思い出しもしなかった相手なのに、消化不良を起こしたお腹みたいに心が乱れてくる。
好きだったし、僕の数少ない尊敬している大人なのに。
思い出すたびに、ヘドロが詰まったように心が汚く波打ち、腐臭を発する。
「何もできないって、まず、文字が書けるだろ?計算だってたぶんできるよな?」
とアドリーが指折った。
頷くと「すごーい」と歓声が上がる。
「この国じゃ、まだまだなんだ。お前、結構優れている部類に入るんだからな」
とアドリーが耳打ちしてくる。
僕の国だってそうだ。
僕がたまたま小鳥だったから、そういうことを学ぶ機会に恵まれただけ。
「あと、お前、ローマ語もできるだろ。二か国語できるなら通訳だって」
『でも、声が』
「喋るのと変わらない速さで書けるんだから、問題ねえよ。あ、速記ができるなら契約書を作るときだって重宝されるぞ。ほら、できることなんて、いっぱいあんじゃねえか」
アドリーは、針と布を持った輪の中に入っていって、針が刺さった布を取り出した。
そして、それを広げて僕に見せてくる。
黄色い糸が四方八方に散らばっていて、まるで爆発しているみたい。
何かを表しているのだろうが……。
『まさか、刺繍まで教えてるの?』
「刺繍に関してはオレも生徒」
『ライオンが出来上がるのが楽しみだね』
すると、アドリーの口元がひくっと動く。
「阿呆。どうみたってイトバハルシャギクだろうが。バットゥータと同じことを言いやがって」
皆もそう思っていたのか、クスクスと笑い声が上がる。
「そろそろ、ハリメがやって来る時間なので、赤ん坊と散歩がてら門までお迎えに行ってきますね。あ、ねえ、小鳥様」
立ち上がったファトマが僕に聞いてくる。
「お子様の名前は考えられているのですか?」
『名前?』
そうか、僕にもできることがあるのかと、未来に少し明るさを感じ始めた直後、一気に現実に引き戻される。
ムルサダの娘を殺した犯人が捕まろうと、僕が自由民になろうと、この子の存在は無くならないのだ。
『何も』
とファトマに向かって首を振る。
何度も。
赤ん坊がファトマの腕の中で目を覚まし、泣き声を上げ始める。
早く、ムルサダの館に戻されてしまえばいいのに、と切に思った。
僕の予想に反して事件の進展は無く、三日が過ぎた。
赤ん坊にはいまだに名前はついていない。
でも、ハリメに乳をたっぷり貰って、少し大きくなった気がする。
触って確かめたわけではないけれど。
だって、この館まで連れてきたとき以来、一度も腕に抱いていない。
そのことを、皆、不思議に思っている。
急に話を振られて、戸惑った。
『ぼ、僕??』
僕は喉を指し、☓印を作った。
「お前、何できんの?」
話を聞いていたのか、アドリーが広間に続く部屋から戻って来ながら僕に聞いてくる。
『何って、何もできない』
十八歳で一座を出されてから、夜の方だけは上手くなった。
何故って、満足させられなかったら殴られるからだ。
下手でも面白がってくれたのは、ムラト三世。アドリーの父親だけだ。
ここ数年、思い出しもしなかった相手なのに、消化不良を起こしたお腹みたいに心が乱れてくる。
好きだったし、僕の数少ない尊敬している大人なのに。
思い出すたびに、ヘドロが詰まったように心が汚く波打ち、腐臭を発する。
「何もできないって、まず、文字が書けるだろ?計算だってたぶんできるよな?」
とアドリーが指折った。
頷くと「すごーい」と歓声が上がる。
「この国じゃ、まだまだなんだ。お前、結構優れている部類に入るんだからな」
とアドリーが耳打ちしてくる。
僕の国だってそうだ。
僕がたまたま小鳥だったから、そういうことを学ぶ機会に恵まれただけ。
「あと、お前、ローマ語もできるだろ。二か国語できるなら通訳だって」
『でも、声が』
「喋るのと変わらない速さで書けるんだから、問題ねえよ。あ、速記ができるなら契約書を作るときだって重宝されるぞ。ほら、できることなんて、いっぱいあんじゃねえか」
アドリーは、針と布を持った輪の中に入っていって、針が刺さった布を取り出した。
そして、それを広げて僕に見せてくる。
黄色い糸が四方八方に散らばっていて、まるで爆発しているみたい。
何かを表しているのだろうが……。
『まさか、刺繍まで教えてるの?』
「刺繍に関してはオレも生徒」
『ライオンが出来上がるのが楽しみだね』
すると、アドリーの口元がひくっと動く。
「阿呆。どうみたってイトバハルシャギクだろうが。バットゥータと同じことを言いやがって」
皆もそう思っていたのか、クスクスと笑い声が上がる。
「そろそろ、ハリメがやって来る時間なので、赤ん坊と散歩がてら門までお迎えに行ってきますね。あ、ねえ、小鳥様」
立ち上がったファトマが僕に聞いてくる。
「お子様の名前は考えられているのですか?」
『名前?』
そうか、僕にもできることがあるのかと、未来に少し明るさを感じ始めた直後、一気に現実に引き戻される。
ムルサダの娘を殺した犯人が捕まろうと、僕が自由民になろうと、この子の存在は無くならないのだ。
『何も』
とファトマに向かって首を振る。
何度も。
赤ん坊がファトマの腕の中で目を覚まし、泣き声を上げ始める。
早く、ムルサダの館に戻されてしまえばいいのに、と切に思った。
僕の予想に反して事件の進展は無く、三日が過ぎた。
赤ん坊にはいまだに名前はついていない。
でも、ハリメに乳をたっぷり貰って、少し大きくなった気がする。
触って確かめたわけではないけれど。
だって、この館まで連れてきたとき以来、一度も腕に抱いていない。
そのことを、皆、不思議に思っている。
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