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第五章

96:アドリー様は楽器がとても上手なんですよ

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 針と布を持った気さくな笑顔を女性が向けてきて、僕は戸惑ってしまった。
「奴隷と一緒じゃお嫌かしら?」
 奴隷??
 ここにいるのは使用人じゃないのか?
 皆、奴隷してには上等すぎる服を着ていて、腕輪などのアクセサリーで身を飾っている。
 うっすら化粧もしているようだ。
 信じられない。
 奴隷、そして使用人ですら、たいていの主にとっては動物や物と同じで、性の発散道具に使ったとしても傷つかないと思っている。だんだん元気が無くなっていくのに、その原因に気づかない。そして、死ねば喚く。自分が殺したようなものだと気づかないのだ。
 でも、ここにいる人たちは違う。
 朗らかだし、漂う空気も張り詰めていない。
「アドリー様のご友人なんだし、そんなこと思わないわよ、きっと。さあさあ、小鳥様」と再度勧められて、僕は、遠慮がちにそこに座った。
「やった!小鳥様がここでご休憩ということは、お菓子や珈琲がいるわ。ララ、いいでしょう?」
 中年女性がしょうがないわねえと頷くやいなや、
「ねえ!私たちは、小鳥様のお相手をするから、計算部隊か手紙部隊が、お菓子を用意してよ」
「なにそれ」
と広間で会話が飛び交う。
 奥で小さな机を使っている女性らが握っていた鉛を置いて紙の束の前から立ち上がる。どうやら文字の練習をしていたようだ。
「あと、楽器部隊にも声を掛けてきて。仲間はずれにしたって、すねられると困るから」
「了解」
 別の女性が立ち上がり、広間の奥に消えていく。
 僕がわからないという顔をしていると、
「楽器はね、音が響くので別室で練習してるです。小鳥様は何か楽器はできるんですか?」
とまた別の女性が訪ねてきた。
 部外者の僕をすんなり輪に加えてくるなんて、話し上手な女性たちだ。
 僕は、歌を、と伝えかけて止めた。
 それは昔のことだし、今は自分の紙も鉛も持ってないので、女性らに伝えようがない。
「アドリー様は楽器がとても上手なんですよ。どこで習ってきたんでしょうね。お金持ちのご子息としか私たちは聞かされていないので」
 僕は曖昧に首を傾げた。
 そうか。この館の者たちに、全てを語っているわけじゃないのか。
 知っているとすれば、腹心の部下であるバットゥータだけに違いない。
 やがて大きな盆に菓子と珈琲が乗せられ僕らの元に差し出された。
 アドリーもやってきて、僕の側に座る。
 僕がしでかしたことに怒り心頭なはずなのに、女性らの前では朗らかだった。
 傍らには赤ん坊を抱くファトマがいて、まるでニ人は夫婦のよう。
 赤ん坊が生まれた彼らに祝いの言葉を述べに友人である僕が遊びに来た。
 そんな、ありもしない話を僕は脳内で展開させた。
 完全な現実逃避だ。
 ムルサダの娘を殺した犯人は誰なのか分からないし、宿の前に荷物のように置かれた赤ん坊だって今後どう扱っていいのかわからない。
 なのに、周りの穏やかな雰囲気に流され、こんな自分がまともになったと勘違いしている。
「おサボりじゃないですよ。小鳥様の歓迎会です」
と計算部隊と呼ばれた集団にいた女性が声を上げ、あたりは笑いに包まれる。
「アドリー様。小鳥様はどれぐらい滞在予定なんですか?」
「今んとこ未定だ。だか、寝具、夜着は上質なものに変えてやってくれ。あと、服も一式」
『はーい』
と明るい声が上がる。
 でも、誰が何の役をするかは決まっていなようだ。
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