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第五章
88:お前は、助けてやったオレに犯罪の片棒を担がせたいのか?
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嫌だ。
ここにはラシード、いやアドリーがいる。
再会したとき、明らかに彼は僕のことを軽蔑していた。
この姿を見せたら、さらにその度合が増す。
なのに、僕は、ここに助けを求めに来てしまった。
だって、他に頼れる人なんていなかったから。
赤ん坊をここに置いて、ますますひどくなる雨の中に消えたい気分だ。
「早く来いって!!」
バットゥータに怒鳴られて、僕は怯えながら後をついていった。
門の内側は中庭になっていて、小道が切られている。
雨でよく見えないが、なんとなく十五年前に滞在していた新宮殿と造りが似ている気がする。
新たな門が見えてきて、そこをくぐるとまた中庭があって、その奥に建物が見える。
バットゥータが広間のような場所に中に入っていくと、数人の女性が心配そうに立っていて、彼の腕の中の赤ん坊にいっせいに視線を注いだ後、わあっと側に寄ってきた。
「ファトマが赤ん坊って騒いでいて何のことって思ったけれど。おーよしよし。そんなに泣かないで」
「生後半年ぐらいかしら。駄目よ、バットゥータ様、そんな抱き方じゃ」
「やだ、産着がこんなに濡れて。私、代わりに着せる物を持ってくる」
あやす者、バットゥータの手から赤ん坊を奪う者、駆け出していく者。
館の中は騒々しいが、温かい雰囲気に包まれている。
彼女たちはアドリーの使用人だろうか。
その間も赤ん坊は火が付いたように泣いている。
でも、僕の耳は、完全に赤ん坊の泣き声を遮断していた。
宿からここまでずっと泣き声を聞かされ続け、耳がおかしくなってしまったらしい。
ついでに、気も狂いそうだった。
「おい。何、ぼんやりしている?アドリー様のところに行くぞ」
赤ん坊から解放されたバットゥータが、僕の腕を取ってズカズカと奥へと進んでいく。
廊下を少し歩いた先にある部屋に押し込まれるとそこにアドリーがいた。
ソファーに座って険しい顔をしている。
「ファトマの言う事、本当でした」
「ああ。泣き声が聞こえてきた」
「腹をすかせているみたいなので、ファトマに乳の出そうな女を探しに行ってもらっています。ムアーウィアと一緒です。勝手に夜に外に出させてすみません。しかも男女で」
「こんな事態だ。しょうがねえ」
「赤ん坊は今、女たちが面倒をみてくれています。産着が雨で濡れているので、着替えも」
バットゥータの報告は的確で無駄がない。
手短に返事をするアドリーが、バットゥータに大きな信頼を寄せているのを感じた。
「こいつから、話を聞きましょう。その前に着替えですね。こんなにびしょ濡れじゃあ」
バットゥータが部屋からいなくなり、静けさがやってきた。
思い出したように赤ん坊が泣く声が聞こえてくる。
アドリーがゆっくり立ち上がり、籠からタオルを取り出し、僕に投げつけながら言った。
「お前は、助けてやったオレに犯罪の片棒を担がせたいのか?」
誤解だ。
アドリーもバットゥータも勘違いしている。
僕が、赤ん坊可愛さに、ムルサダの館から勝手に連れてきたんだと。
その反対だ。
可愛いなんて、一欠片も思えない。
この子は、封印したい過去を思い起こさせ、僕を苦しくさせる。
宿からこの館までの間、何度も殺してしまおうと思った。
実際に一度、首に手をかけた。
だけど、出来なかった。
可愛いからでも、かわいそうだからでもない。
柔らかすぎる皮膚が気持ち悪かったのだ。
「さっさと服を脱げ。オレの部屋が濡れる」
そう言われても、出来なかった。
「早くしろ。野郎の裸に価値なんてあると思ってんのか」
ここにはラシード、いやアドリーがいる。
再会したとき、明らかに彼は僕のことを軽蔑していた。
この姿を見せたら、さらにその度合が増す。
なのに、僕は、ここに助けを求めに来てしまった。
だって、他に頼れる人なんていなかったから。
赤ん坊をここに置いて、ますますひどくなる雨の中に消えたい気分だ。
「早く来いって!!」
バットゥータに怒鳴られて、僕は怯えながら後をついていった。
門の内側は中庭になっていて、小道が切られている。
雨でよく見えないが、なんとなく十五年前に滞在していた新宮殿と造りが似ている気がする。
新たな門が見えてきて、そこをくぐるとまた中庭があって、その奥に建物が見える。
バットゥータが広間のような場所に中に入っていくと、数人の女性が心配そうに立っていて、彼の腕の中の赤ん坊にいっせいに視線を注いだ後、わあっと側に寄ってきた。
「ファトマが赤ん坊って騒いでいて何のことって思ったけれど。おーよしよし。そんなに泣かないで」
「生後半年ぐらいかしら。駄目よ、バットゥータ様、そんな抱き方じゃ」
「やだ、産着がこんなに濡れて。私、代わりに着せる物を持ってくる」
あやす者、バットゥータの手から赤ん坊を奪う者、駆け出していく者。
館の中は騒々しいが、温かい雰囲気に包まれている。
彼女たちはアドリーの使用人だろうか。
その間も赤ん坊は火が付いたように泣いている。
でも、僕の耳は、完全に赤ん坊の泣き声を遮断していた。
宿からここまでずっと泣き声を聞かされ続け、耳がおかしくなってしまったらしい。
ついでに、気も狂いそうだった。
「おい。何、ぼんやりしている?アドリー様のところに行くぞ」
赤ん坊から解放されたバットゥータが、僕の腕を取ってズカズカと奥へと進んでいく。
廊下を少し歩いた先にある部屋に押し込まれるとそこにアドリーがいた。
ソファーに座って険しい顔をしている。
「ファトマの言う事、本当でした」
「ああ。泣き声が聞こえてきた」
「腹をすかせているみたいなので、ファトマに乳の出そうな女を探しに行ってもらっています。ムアーウィアと一緒です。勝手に夜に外に出させてすみません。しかも男女で」
「こんな事態だ。しょうがねえ」
「赤ん坊は今、女たちが面倒をみてくれています。産着が雨で濡れているので、着替えも」
バットゥータの報告は的確で無駄がない。
手短に返事をするアドリーが、バットゥータに大きな信頼を寄せているのを感じた。
「こいつから、話を聞きましょう。その前に着替えですね。こんなにびしょ濡れじゃあ」
バットゥータが部屋からいなくなり、静けさがやってきた。
思い出したように赤ん坊が泣く声が聞こえてくる。
アドリーがゆっくり立ち上がり、籠からタオルを取り出し、僕に投げつけながら言った。
「お前は、助けてやったオレに犯罪の片棒を担がせたいのか?」
誤解だ。
アドリーもバットゥータも勘違いしている。
僕が、赤ん坊可愛さに、ムルサダの館から勝手に連れてきたんだと。
その反対だ。
可愛いなんて、一欠片も思えない。
この子は、封印したい過去を思い起こさせ、僕を苦しくさせる。
宿からこの館までの間、何度も殺してしまおうと思った。
実際に一度、首に手をかけた。
だけど、出来なかった。
可愛いからでも、かわいそうだからでもない。
柔らかすぎる皮膚が気持ち悪かったのだ。
「さっさと服を脱げ。オレの部屋が濡れる」
そう言われても、出来なかった。
「早くしろ。野郎の裸に価値なんてあると思ってんのか」
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