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第四章
86:そもそも、赤ん坊が何で生きてるんだよ!?
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ふいに、変哲もない小鳥の唇が脳裏をかすめていって、どうしてこんなときにと少し戸惑った。きっと唇を読むので必死だったから。そのせいだと、結論づける。
「ん、ふ」とバットゥータから官能混じりの鼻息が漏れて、慌てて現実に戻る。
バットゥータの真似をして唇を喰んで、舌を絡み合わせて、唾液を飲み込んで。
もう何年も前から彼とこういうことをしてきたはずなのに、まるで初めてみたいにぎこちなくて、気持ちがついていかない。
やがて雨が降り始める音がした。
雷も鳴っているようだ。
今夜は激しい嵐になりそうだ。
「ありがと。アドリー様。素面でここまでさせてくれて」
耳に口付けて、するりと寝台を出ていこうとするバットゥータの服の裾を掴む。
「そろそろ香を炊いておいたほうがいいと思って、寝台から出ただけですが」
そういうことかと服の裾を離すと、またバットゥータが寝台に上がってきた。
「俺が部屋に戻ってしまうって思ったんですか?」
アドリーは恥ずかしくなって毛布に潜り込みながら言う。
「そうだよ」
「可愛い態度、初めて見た。もったいないから、俺、もうちょっとこうして……」
バットゥータが毛布越しにのしかかってきて、その重みに喘ぎそうになったとき、
「アドリー様!!」
という切羽詰まった女の声が扉の外から聞こえてきた。
「ファトマの声ですね。俺、隠れてましょうか?なんか、間男みたいだな」
「何で、オレがファトマを寝所に引き入れる約束をしてて忘れてたみたいな流れになってんだよ。早く、俺らが普通に話をしてたみたいにしろ」
「普通にね」
バットゥータがアドリーを寝台の上で抱え上げ、先程のソファーに戻す。
ついでに乱れた髪も整えてくれた。
そして、自分も着崩れた服を直しながら扉へと向かう。
「どうした。ファトマ?」
「あれ?バットゥータ様。こちらでしたか。探してたんですよ!いないので、アドリー様の部屋まで越させてもらったんです。大至急報告したいことがあって」
扉の隙間からバットゥータの声が漏れてきた。
「アドリー様は中にいるけど。で、何?」
「大変なんです。門の前にずぶ濡れの白人の大男が」
バットゥータが振り返って、驚いた顔をする。
だから、アドリーはファトマに向かって声を張り上げた。
「たぶん、そいつは、オレの知り合いだ」
そう告げると、ファトマは安心したようだ。
「よかった。喋れないようで全然、話が通じなくて」
こちらを見たままのバットゥータが、「あいつ、何しに来たんだ」というように首を傾げかけたとき、ファトマが続けた。
「その方、腕に赤ん坊を抱いていて」
『赤ん坊?!』
アドリーとバットゥータは同時に声を発していた。
「対応したムアーウィアが困り果てて、女戦士が今夜は非番なので私に助けを求めてきて」
と話し続けるファトマの声を背にして、バットゥータがアドリーの元に駆け戻ってくる。
「小鳥の奴。ムルサダの館をうろついていたのは、赤ん坊を強奪するための下見だったんですかね?」
「そもそも、赤ん坊が何で生きてるんだよ!?」
「知りませんよ。でも、死んでいるだろうと思って確認しなかった。それは俺の落ち度です」
「とにかく、館に入れてくれ。この雨だ。赤ん坊だってずぶ濡れだろ。風邪を引かせたくない」
「分かりました」
バットゥータがファトマを伴って寝所から姿を消す。
アドリーは頭を抱えた。
「赤ん坊が小鳥の子だとしたら、それは、ムルサダの所有物だろうが。それを勝手に連れてくるだなんて。訴えられたらとんでもないことなるぞ。ムルサダの館をうろついていたのは、プロフって奴絡みじゃなかったのかよ。ああ、手を差し伸べるんじゃなかったっ!」
盛大に呻くと、足の痛みを少し忘れた。
「ん、ふ」とバットゥータから官能混じりの鼻息が漏れて、慌てて現実に戻る。
バットゥータの真似をして唇を喰んで、舌を絡み合わせて、唾液を飲み込んで。
もう何年も前から彼とこういうことをしてきたはずなのに、まるで初めてみたいにぎこちなくて、気持ちがついていかない。
やがて雨が降り始める音がした。
雷も鳴っているようだ。
今夜は激しい嵐になりそうだ。
「ありがと。アドリー様。素面でここまでさせてくれて」
耳に口付けて、するりと寝台を出ていこうとするバットゥータの服の裾を掴む。
「そろそろ香を炊いておいたほうがいいと思って、寝台から出ただけですが」
そういうことかと服の裾を離すと、またバットゥータが寝台に上がってきた。
「俺が部屋に戻ってしまうって思ったんですか?」
アドリーは恥ずかしくなって毛布に潜り込みながら言う。
「そうだよ」
「可愛い態度、初めて見た。もったいないから、俺、もうちょっとこうして……」
バットゥータが毛布越しにのしかかってきて、その重みに喘ぎそうになったとき、
「アドリー様!!」
という切羽詰まった女の声が扉の外から聞こえてきた。
「ファトマの声ですね。俺、隠れてましょうか?なんか、間男みたいだな」
「何で、オレがファトマを寝所に引き入れる約束をしてて忘れてたみたいな流れになってんだよ。早く、俺らが普通に話をしてたみたいにしろ」
「普通にね」
バットゥータがアドリーを寝台の上で抱え上げ、先程のソファーに戻す。
ついでに乱れた髪も整えてくれた。
そして、自分も着崩れた服を直しながら扉へと向かう。
「どうした。ファトマ?」
「あれ?バットゥータ様。こちらでしたか。探してたんですよ!いないので、アドリー様の部屋まで越させてもらったんです。大至急報告したいことがあって」
扉の隙間からバットゥータの声が漏れてきた。
「アドリー様は中にいるけど。で、何?」
「大変なんです。門の前にずぶ濡れの白人の大男が」
バットゥータが振り返って、驚いた顔をする。
だから、アドリーはファトマに向かって声を張り上げた。
「たぶん、そいつは、オレの知り合いだ」
そう告げると、ファトマは安心したようだ。
「よかった。喋れないようで全然、話が通じなくて」
こちらを見たままのバットゥータが、「あいつ、何しに来たんだ」というように首を傾げかけたとき、ファトマが続けた。
「その方、腕に赤ん坊を抱いていて」
『赤ん坊?!』
アドリーとバットゥータは同時に声を発していた。
「対応したムアーウィアが困り果てて、女戦士が今夜は非番なので私に助けを求めてきて」
と話し続けるファトマの声を背にして、バットゥータがアドリーの元に駆け戻ってくる。
「小鳥の奴。ムルサダの館をうろついていたのは、赤ん坊を強奪するための下見だったんですかね?」
「そもそも、赤ん坊が何で生きてるんだよ!?」
「知りませんよ。でも、死んでいるだろうと思って確認しなかった。それは俺の落ち度です」
「とにかく、館に入れてくれ。この雨だ。赤ん坊だってずぶ濡れだろ。風邪を引かせたくない」
「分かりました」
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「赤ん坊が小鳥の子だとしたら、それは、ムルサダの所有物だろうが。それを勝手に連れてくるだなんて。訴えられたらとんでもないことなるぞ。ムルサダの館をうろついていたのは、プロフって奴絡みじゃなかったのかよ。ああ、手を差し伸べるんじゃなかったっ!」
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