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第四章
75:自由民になりたいから、解放しろって?!まだ、駄目だ!そんなの絶対に許さないからなっ!!
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「なら、いいんですけど」
この寝所では、さすりましょうか?とはバットゥータは決して言わないし、アドリーもさせない。
もう二人きりで住んでいる館ではない。
けじめは必要。これは、いつの間にか二人の間でできた暗黙の了解だ。
「奴は、今日も本名は吐きませんでした。呼び名は小鳥でいいと」
「好きにさせておけ。契約書を辿っていっても全部、小鳥になっているし。妙なこだわりがあるんだろ。小鳥と呼ぶにはデカすぎるけれどな」
「じゃあ、デカ鳥」
とバットゥータが呟き、アドリーは吹き出す。
「小鳥の所有主は、ユフス関税長官から、アドリー様に無事書き換わりました」
「ご苦労さん。これで、一山超えたって感じだな」
「ユフス関税長官って、アドリー様をイスタンブールからガジアンテプに送り届けた方だったんですね。懐かしがっていました。今度、話がしたいと」
「ああ、あいつ?元小姓だから宮廷事情に詳しい。戦地で華々しい功績を上げて戻ってきて、俺が宮殿にいた頃は、サフィエ妃の渉外をしていたな。その縁でガジアンテプくんだりまで行かされたんだ、あいつは」
「宮廷の女性は安易に外に出られませんもんね。それにしても、ご自分の母上のことをサフィエ妃とか、他人行儀な。まだ、顔は思い出せないんですか?」
母親の顔は記憶の中で真っ黒に塗りつぶされたままだ。
声も思い出せない。
息子の片足を再起不能にしろとどんな声で命令したのか想像すると、顔にかかった黒色がますます濃くなる気がする。
「別にどうだっていいだろ。で、他に報告は?」
「ユフス関税長官に色々伺ってきました。気になる匂いを宦官がどうしているのかとか」
寝台から少し離れた場所で絨毯に座っていたバットゥータが立ち上がり、寝台にいるアドリーの側に寄ってくる。
渡されたのは大振りな包みだ。
少し重い。頭が痛くなるほど澄み切った匂いもする。
「宦官用の下着と、消臭効果のある野草です。焚きしめて使うそうです」
「ん。じゃあ、渡しといてくれ」
ろくに中身も見ずにバットゥータに突き返そうとすると、押し戻された。
「全然、目をかける気が無いんですね。拾ったばかりの頃の俺と同じ態度です」
「お前とあいつじゃ天と地ほど違うだろ?!オレは好きになれないんだよ、孕ませてといて責任取れないような奴は」
「それは、ご両親と重ねてるんですか?」
「なわけっ……」
かっとなって言い返している最中、許しも得ずにバットゥータがアドリーの寝台へと乗ってきた。
「調子に乗りすぎだ」
と叱るが、バットゥータは物ともせず、アドリーの両手を握りしめてくる。
アドリーもこれを女たちによくやる。
注目して欲しい時、言った事を忘れないで欲しい時に。
バットゥータは目の前で女たちにその真似をしてみせて、アドリーをよくからかう。
でも、今は真剣だ。
「アドリー様。俺ね。覚悟を決めたんです」
「何だよ、急に」
アドリーの声が引きつった。
「自由民になりたいから、解放しろって?!まだ、駄目だ!そんなの絶対に許さないからなっ!!」
嘔吐でもするみたいに本音がぼろっと出てきて、自分でも驚いた。
「絶対、ときたか。俺、アドリー様の使用人十一年目ですよ。それでも、解放を許してくれないなんて、ひどい主だ。参ったなあ」
と言うバットゥータは笑っている。
どうやら違う件のようだ。
「何だよ、思わせぶりなこと言いやがって」
アドリーがうつむくと、握っていた片手を離し、バットゥータが顎を掴んで上げさせる。
「目、瞑ってください」
この寝所では、さすりましょうか?とはバットゥータは決して言わないし、アドリーもさせない。
もう二人きりで住んでいる館ではない。
けじめは必要。これは、いつの間にか二人の間でできた暗黙の了解だ。
「奴は、今日も本名は吐きませんでした。呼び名は小鳥でいいと」
「好きにさせておけ。契約書を辿っていっても全部、小鳥になっているし。妙なこだわりがあるんだろ。小鳥と呼ぶにはデカすぎるけれどな」
「じゃあ、デカ鳥」
とバットゥータが呟き、アドリーは吹き出す。
「小鳥の所有主は、ユフス関税長官から、アドリー様に無事書き換わりました」
「ご苦労さん。これで、一山超えたって感じだな」
「ユフス関税長官って、アドリー様をイスタンブールからガジアンテプに送り届けた方だったんですね。懐かしがっていました。今度、話がしたいと」
「ああ、あいつ?元小姓だから宮廷事情に詳しい。戦地で華々しい功績を上げて戻ってきて、俺が宮殿にいた頃は、サフィエ妃の渉外をしていたな。その縁でガジアンテプくんだりまで行かされたんだ、あいつは」
「宮廷の女性は安易に外に出られませんもんね。それにしても、ご自分の母上のことをサフィエ妃とか、他人行儀な。まだ、顔は思い出せないんですか?」
母親の顔は記憶の中で真っ黒に塗りつぶされたままだ。
声も思い出せない。
息子の片足を再起不能にしろとどんな声で命令したのか想像すると、顔にかかった黒色がますます濃くなる気がする。
「別にどうだっていいだろ。で、他に報告は?」
「ユフス関税長官に色々伺ってきました。気になる匂いを宦官がどうしているのかとか」
寝台から少し離れた場所で絨毯に座っていたバットゥータが立ち上がり、寝台にいるアドリーの側に寄ってくる。
渡されたのは大振りな包みだ。
少し重い。頭が痛くなるほど澄み切った匂いもする。
「宦官用の下着と、消臭効果のある野草です。焚きしめて使うそうです」
「ん。じゃあ、渡しといてくれ」
ろくに中身も見ずにバットゥータに突き返そうとすると、押し戻された。
「全然、目をかける気が無いんですね。拾ったばかりの頃の俺と同じ態度です」
「お前とあいつじゃ天と地ほど違うだろ?!オレは好きになれないんだよ、孕ませてといて責任取れないような奴は」
「それは、ご両親と重ねてるんですか?」
「なわけっ……」
かっとなって言い返している最中、許しも得ずにバットゥータがアドリーの寝台へと乗ってきた。
「調子に乗りすぎだ」
と叱るが、バットゥータは物ともせず、アドリーの両手を握りしめてくる。
アドリーもこれを女たちによくやる。
注目して欲しい時、言った事を忘れないで欲しい時に。
バットゥータは目の前で女たちにその真似をしてみせて、アドリーをよくからかう。
でも、今は真剣だ。
「アドリー様。俺ね。覚悟を決めたんです」
「何だよ、急に」
アドリーの声が引きつった。
「自由民になりたいから、解放しろって?!まだ、駄目だ!そんなの絶対に許さないからなっ!!」
嘔吐でもするみたいに本音がぼろっと出てきて、自分でも驚いた。
「絶対、ときたか。俺、アドリー様の使用人十一年目ですよ。それでも、解放を許してくれないなんて、ひどい主だ。参ったなあ」
と言うバットゥータは笑っている。
どうやら違う件のようだ。
「何だよ、思わせぶりなこと言いやがって」
アドリーがうつむくと、握っていた片手を離し、バットゥータが顎を掴んで上げさせる。
「目、瞑ってください」
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