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第四章
66:お前、最近、忘れっぽいし。念を押しとかないと
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「今度は急に元気になったな。お前の感情の振れ幅、壊れちゃったの?」
すると、キリリとした表情でバットゥータが返してくる。
「至って正常ですが?」
「どこがだよ。でも、よく考えてみりゃあ、お前はまだ十代なんだよなあ。それぐらいの年は、不安定になりやすいっていうからしょうがないか。でも、旅してた頃みたいに、寝しょんべんだけは」
「それ、以上言わないでぇっ」
「お、今の、可愛かった。もう一回」
掛け合いも、いつもどおりになってきた。
一過性のものかと思いつつ、バットゥータとともに、薬商の老人の元を目指す。
香がよく効いたお陰か身体の調子はすこぶる良かったし、睡眠も充分だ。短い時間で深く眠った気がする。
歩きだすと、バットゥータが自然と歩調を合わせてくる。
「ニ人だけで朝のうちから出かけるのは久しぶりですね。この街に来たばかりの頃が懐かしい」
「そうだな」
イスタンブールに呼び戻され、財産のほとんどと交換で与えられたのが朽ち果てたミニ宮廷で、人が住めるよう修理をするのが大変だった。足の悪い十五の少年と七歳の使用人しか人手は無いのだから。
なんとか住める状態になると、いい奴隷はいないかと二人で文字通り足を棒にして青空市場を歩き回っていた。今は殆どの買い付けはバットゥータに任せている。アドリーが出向くのは、バットゥータがよっぽどの判断に困ったときだけだ。
「へ、へ。へ」
「何ですか?急に笑いだして」
「やっぱり、お前と一緒だと楽しいと思って」
「お上手です。使用人の気持ちの上げ方が」
「お前は素直じゃないね」
老舗の珈琲屋が見えてきて、アドリーは顎で指した。
「そのうち行こうぜ」
すると、バットゥータは、
「はい、ぜひっていつも言ってるでしょうが」
とすげなく返してくる。
珈琲屋は五十年ほど前にここイスタンブールに出来た。
男たちの憩いの場だ。
でも、今はまだ、ニ人連れ立ってふらっと入ることはできない。
なぜなら、店に入る条件は、自由民であること、だからだ。
そのため、主は店の中に入り、使用人らは外で飲む。
でも、アドリーはバットゥータにそんなことは絶対にさせたくない。
「約束だかんな」
「楽しみにしてますって、これもいつも言っているでしょうが」
「お前、最近、忘れっぽいし。念を押しとかないと」
表情がないと周りから言われるバットゥータが口の端を少し上げる。
でも、今のは片足が不具な主に対する思いやりだ。
解放すれば、バットゥータはさっさと自分の元を飛び立っていく。
遠くに住んで、連絡も最初は密でも途切れがちになり、やがて完全に没交渉になる時期がやってくる。
呼び出したって断ることができるのだから、珈琲屋にはやってこない。
それに、歩くのが遅い自分に歩調も合わせなくなる。
分かっている。
そんなのは当の昔に。
青空市場を抜け、グランドバザールへ。
薬商の老人の店が見せてきて、アドリーは眉根を寄せた。
店先には、細長い板が交差して打ち付けられ、中に入れないようになった。
人だかりができている。
「何があったのか聞いてきます」
バットゥータが駆け出す。
アドリーが、普段より少し早い速度で歩きだすと、人だかりに一人を捕まえて話を聞いていたバットゥータが戻っていた。
すると、キリリとした表情でバットゥータが返してくる。
「至って正常ですが?」
「どこがだよ。でも、よく考えてみりゃあ、お前はまだ十代なんだよなあ。それぐらいの年は、不安定になりやすいっていうからしょうがないか。でも、旅してた頃みたいに、寝しょんべんだけは」
「それ、以上言わないでぇっ」
「お、今の、可愛かった。もう一回」
掛け合いも、いつもどおりになってきた。
一過性のものかと思いつつ、バットゥータとともに、薬商の老人の元を目指す。
香がよく効いたお陰か身体の調子はすこぶる良かったし、睡眠も充分だ。短い時間で深く眠った気がする。
歩きだすと、バットゥータが自然と歩調を合わせてくる。
「ニ人だけで朝のうちから出かけるのは久しぶりですね。この街に来たばかりの頃が懐かしい」
「そうだな」
イスタンブールに呼び戻され、財産のほとんどと交換で与えられたのが朽ち果てたミニ宮廷で、人が住めるよう修理をするのが大変だった。足の悪い十五の少年と七歳の使用人しか人手は無いのだから。
なんとか住める状態になると、いい奴隷はいないかと二人で文字通り足を棒にして青空市場を歩き回っていた。今は殆どの買い付けはバットゥータに任せている。アドリーが出向くのは、バットゥータがよっぽどの判断に困ったときだけだ。
「へ、へ。へ」
「何ですか?急に笑いだして」
「やっぱり、お前と一緒だと楽しいと思って」
「お上手です。使用人の気持ちの上げ方が」
「お前は素直じゃないね」
老舗の珈琲屋が見えてきて、アドリーは顎で指した。
「そのうち行こうぜ」
すると、バットゥータは、
「はい、ぜひっていつも言ってるでしょうが」
とすげなく返してくる。
珈琲屋は五十年ほど前にここイスタンブールに出来た。
男たちの憩いの場だ。
でも、今はまだ、ニ人連れ立ってふらっと入ることはできない。
なぜなら、店に入る条件は、自由民であること、だからだ。
そのため、主は店の中に入り、使用人らは外で飲む。
でも、アドリーはバットゥータにそんなことは絶対にさせたくない。
「約束だかんな」
「楽しみにしてますって、これもいつも言っているでしょうが」
「お前、最近、忘れっぽいし。念を押しとかないと」
表情がないと周りから言われるバットゥータが口の端を少し上げる。
でも、今のは片足が不具な主に対する思いやりだ。
解放すれば、バットゥータはさっさと自分の元を飛び立っていく。
遠くに住んで、連絡も最初は密でも途切れがちになり、やがて完全に没交渉になる時期がやってくる。
呼び出したって断ることができるのだから、珈琲屋にはやってこない。
それに、歩くのが遅い自分に歩調も合わせなくなる。
分かっている。
そんなのは当の昔に。
青空市場を抜け、グランドバザールへ。
薬商の老人の店が見せてきて、アドリーは眉根を寄せた。
店先には、細長い板が交差して打ち付けられ、中に入れないようになった。
人だかりができている。
「何があったのか聞いてきます」
バットゥータが駆け出す。
アドリーが、普段より少し早い速度で歩きだすと、人だかりに一人を捕まえて話を聞いていたバットゥータが戻っていた。
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