上 下
67 / 183
第四章

66:お前、最近、忘れっぽいし。念を押しとかないと

しおりを挟む
「今度は急に元気になったな。お前の感情の振れ幅、壊れちゃったの?」
 すると、キリリとした表情でバットゥータが返してくる。
「至って正常ですが?」
「どこがだよ。でも、よく考えてみりゃあ、お前はまだ十代なんだよなあ。それぐらいの年は、不安定になりやすいっていうからしょうがないか。でも、旅してた頃みたいに、寝しょんべんだけは」
「それ、以上言わないでぇっ」
「お、今の、可愛かった。もう一回」
 掛け合いも、いつもどおりになってきた。
 一過性のものかと思いつつ、バットゥータとともに、薬商の老人の元を目指す。
 香がよく効いたお陰か身体の調子はすこぶる良かったし、睡眠も充分だ。短い時間で深く眠った気がする。
 歩きだすと、バットゥータが自然と歩調を合わせてくる。
「ニ人だけで朝のうちから出かけるのは久しぶりですね。この街に来たばかりの頃が懐かしい」
「そうだな」
 イスタンブールに呼び戻され、財産のほとんどと交換で与えられたのが朽ち果てたミニ宮廷で、人が住めるよう修理をするのが大変だった。足の悪い十五の少年と七歳の使用人しか人手は無いのだから。
 なんとか住める状態になると、いい奴隷はいないかと二人で文字通り足を棒にして青空市場を歩き回っていた。今は殆どの買い付けはバットゥータに任せている。アドリーが出向くのは、バットゥータがよっぽどの判断に困ったときだけだ。
「へ、へ。へ」
「何ですか?急に笑いだして」
「やっぱり、お前と一緒だと楽しいと思って」
「お上手です。使用人の気持ちの上げ方が」
「お前は素直じゃないね」
 老舗の珈琲屋が見えてきて、アドリーは顎で指した。
「そのうち行こうぜ」
 すると、バットゥータは、
「はい、ぜひっていつも言ってるでしょうが」
とすげなく返してくる。
 珈琲屋は五十年ほど前にここイスタンブールに出来た。
 男たちの憩いの場だ。
 でも、今はまだ、ニ人連れ立ってふらっと入ることはできない。
 なぜなら、店に入る条件は、自由民であること、だからだ。
 そのため、主は店の中に入り、使用人らは外で飲む。
 でも、アドリーはバットゥータにそんなことは絶対にさせたくない。
「約束だかんな」
「楽しみにしてますって、これもいつも言っているでしょうが」
「お前、最近、忘れっぽいし。念を押しとかないと」
 表情がないと周りから言われるバットゥータが口の端を少し上げる。
 でも、今のは片足が不具な主に対する思いやりだ。
 解放すれば、バットゥータはさっさと自分の元を飛び立っていく。
 遠くに住んで、連絡も最初は密でも途切れがちになり、やがて完全に没交渉になる時期がやってくる。
 呼び出したって断ることができるのだから、珈琲屋にはやってこない。
 それに、歩くのが遅い自分に歩調も合わせなくなる。
 分かっている。
 そんなのは当の昔に。
 青空市場を抜け、グランドバザールへ。
 薬商の老人の店が見せてきて、アドリーは眉根を寄せた。
 店先には、細長い板が交差して打ち付けられ、中に入れないようになった。
 人だかりができている。
「何があったのか聞いてきます」
 バットゥータが駆け出す。
 アドリーが、普段より少し早い速度で歩きだすと、人だかりに一人を捕まえて話を聞いていたバットゥータが戻っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黄昏時に染まる、立夏の中で

麻田
BL
***偶数日更新中***  それは、満足すぎる人生なのだと思う。  家族にも、友達にも恵まれた。  けれど、常に募る寂寥感と漠然とした虚無感に、心は何かを求めているようだった。  導かれるように出会ったのは、僕たちだけの秘密の植物園。 ◇◇◇  自分のないオメガが、純真無垢なアルファと出会い、自分を見つけていく。  高校卒業までの自由な時間。  その時間を通して、本当の好きな人を見つけて、様々な困難を乗り越えて実らせようと頑張ります。  幼い頃からずっと一緒の友達以上な彰と、運命のように出会った植物園の世話をする透。  二人のアルファに挟まれながら、自分の本当の気持ちを探す。  王道学園でひっそりと育まれる逆身分差物語。 *出だしのんびりなので、ゆる~くお楽しみいただければ幸いです。 *固定攻め以外との絡みがあるかもしれません。 ◇◇◇ 名戸ヶ谷 依織(などがや・いおり) 楠原 透(くすはる・とおる) 大田川 彰(おおたがわ・あきら) 五十嵐 怜雅(いがらし・れいが) 愛原 香耶(あいはら・かや) 大田川 史博(おおたがわ・ふみひろ) ◇◇◇

悩ましき騎士団長のひとりごと

きりか
BL
アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。 ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。 『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。 ムーンライト様にも掲載しております。 よろしくお願いします。

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈ 学園イチの嫌われ者が総愛される話。 嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

迅英の後悔ルート

いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。 この話だけでは多分よく分からないと思います。

僕の幸せ

朝比奈和花
BL
僕はすでに幸せだ。 幸せな、はずだ。 これ以上幸せになることはできるの? 以前別サイトで書いていた作品を加筆・修正したものです。 ※この話はフィクションです ※この作品にでてくる地名、企業名、人名、 商品名、団体名、名称などは 実際のものとは関係ありません ※この作品には暴力などが含まれます ※暴力、強姦、虐待など  すべて法律で禁止されています  助長させる意図は一切ありません ※タグ参照の上お進みください

尽くすことに疲れた結果

ぽんちゃん
BL
 恋人であるエドワードの夢を応援するために、田舎を捨てて共に都会へ向かったノエル。  煌びやかな生活が待っていると思っていたのに、現実は厳しいものだった。  それでも稽古に励む恋人のために、ノエルは家事を受け持ち、仕事をどんどん増やしていき、四年間必死に支え続けていた。    大物の後援者を獲得したエドワード。  すれ違いの日々を送ることになり、ノエルは二人の関係が本当に恋人なのかと不安になっていた。  そこへ、劇団の看板俳優のユージーンがノエルに療養を勧めるが──。      ノエル視点は少し切ないです(><)  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  本人は気付いていませんが、愛され主人公です。    不憫な意地悪王子様 × 頑張り屋の魔法使い  感想欄の使い方をイマイチ把握しておらず、ネタバレしてしまっているので、ご注意ください(><)  大変申し訳ありませんm(_ _)m  その後に、※ R-18。  飛ばしても大丈夫です(>人<;)

処理中です...