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第三章

50:何だよ、お前、起きてたのか

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「あ、そう。オレは言わなくていいことを言ってしまったなと、思ったけどね」
 バットゥータの顔が引きつる。
 ---今日のアドリー様おかしい。
「今、オレが変だと思っただろ?」
「……」
「答えづらいことを聞くなよって思っただろ?」
「……俺、今日、何かヘマしました?」
「いや。お前がスンスン鼻を鳴らしているのは何でか、ララに聞いたら答えてくれなかったから、自分で確かめろってことだと思ってわざわざ部屋に来てやった」
「すみません。鳴らさないようにします」
「この部屋、さみいな」
 アドリーはバットゥータの返事を流した上で、薄い絨毯の上の青白い素足を見る。
 それから、床を見る。
 そして、ゆっくり踵を返し、また杖を鳴らして部屋を出ていった。
「何だったんだ、あれ」
 呪縛を解かれたかのように、バットゥータは虚脱した。
 意味がわからず、ただただ怖い。
 計算には全く集中できなくなってしまって、そのまま布団を被って寝ることにした。
「夜中にララのところに行くなって暗に言いたかったのかな?でも、あの人のことだから、はっきり言うか」
 それから数日が過ぎ、普段より早く目覚めた。
 きっかけは、パタン、パタンと軽い何かが落ちる音だ。
 続いて普段より小さい杖の音。
 窓の外は白んでいる。
 よくアドリーと廊下ですれ違った時間帯だ。
 部屋の扉を開けると、アドリーの後ろ姿があった。
 そして、床には、羊の皮で作られたバブーシュというスリッパ。朝の青空みたいな澄み切った水色をしている。バットゥータもララから貰ったのを履いているが薄いもので、こちらのは内側には羊毛がふんだんに使われていて暖かそうだ。
 何で、これを俺の部屋の前に?
 落としたのを気づかなかったのかな?
 胸に抱えてアドリーを追いかける。
 バットゥータが寝ていると思いこんでいたようで、足音に気づき振り返ったアドリーはきまり悪そうな顔をしている。
「何だよ、お前、起きてたのか」
「音で目が覚めて。あのこれ……」
 腕の中のバブーシュを差し出すと、
「ララには言うなよ」
「え??」
「散歩行ってくる。当然、言うなよ」
 秘密が二つに増えてしまった。
 どうやら、これは落とし物ではないらしい。
 そのことははっきりしたのだが、バブーシュをバットゥータはどう扱っていいのか分からなくて、自分の部屋で大切に保管することにした。
 どういう意味で置いていったのか聞けば、アドリーが機嫌を悪くするのは感覚的に分かっている。
 それからというもの、アドリーは部屋にやって来ることは無かった。
 バットゥータがララの寝床に潜り込み、アドリーと出会わないよう朝はいつもの時間をずらして部屋を出ると、なぜか、たいてい廊下ですれ違う。
 アドリーはバットゥータの足元を見るだけで、挨拶しても「ああ」とか「うん」とかという生返事すらしてくれない。完全に無視だ。
 せっかく二人の間にいい空気が流れ初めていたのに。
 自分はどこで失敗したのだろう。
 落ち込んでどうしようもなくなって、ララに相談しても、ニコニコ笑われながら「自分で考えなさい」と突き放される。
 そうこうしているうちに、アドリーはまた台所で食事をしなくなってしまい、バットゥータが彼の部屋へ食事を運んでいく役目が復活した。
「アドリー様。食事です」
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