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第三章
42:これは、ヤバいな
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「これは、ヤバいな」
許しを得ずアドリーの中を汚してしまって、バットゥータは枕に深く顔を埋めた。
「お前なあ。ここまでやっていいなんて、素のオレは言ってないだろ?こういうことされると腹壊すし、処理が面倒なんだよ。請われても断れよ」
数時間後、目覚めたアドリーはそう言って多少不機嫌になるだろうが、叩いたり殴ったりはしないというのはわかっている。
問題は、制御できなかった自分の方だ。
まるで駄目だった。
「名無しの作った香に自分も当てられてしまったのか?催淫系のは体質的に耐性があると思っていたのに」
薬商の老人が作る香は、「くせえ」としか思ったことがないからだ。
なんとか、夜は越えた。
身体を横向きにして苦しんでいたアドリーは、今は仰向けで健やかな寝息を立てている。
黙って見ていると、アドリーの手が敷布の上を彷徨い始めた。
顔を耳元に近づけて、
「小鳥を捕まえる夢でも見てるんでしょうかね。人間の小鳥の方をね」
と小声で皮肉を言う。
呟く様が名無しの真似みたいだと気づいて、離れようとすると、
「イテテテッ」
ガシッと頭を掴まれた。
真鍮製の杖を握りしめているアドリーの右手の握力はかなり強く、冗談では済まされないほど痛いのだ。
頭を掴まれたまま、強引に胸元に引き寄せられた。
「誰が手放すかよ」
寝言が聞こえてくる。
どうやら、夢の登場人物は、小鳥ではなく自分のようだ。
バットゥータを売ってくれと願い出てくる者に対して、アドリーはいつもこうやってせせ笑うように突き放す。
それが下品であればあるほど、アドリーの照れ隠しのようで嬉しくなる。
「ねえ。もっと、言ってくださいよ。もっと」
ねだりながら唇を合わせる。
「お願いだから。もっと」
やってることは大人な行為だが、自分の態度はまるで子供。
分かっている。
分かっているんだ。
こんなことは許されないって。
まっとうな使用人なら、自分をこき使う主なんて、殺してやりたいと思うのが常で、損得感情無く始終一緒にいたいし尽くしたいだなんて、傍目から見たら頭がおかしい。
でも、バットゥータはこの男の全部が欲しいのだ。
心も体も丸ごと好きで、好きでたまらない。
彼が吸い込む空気だって、嫉妬の対象だ。
でも、奴隷としてアドリーに買われた直後から、こんな関係だったわけではない。
出会った当初、アドリーは傍若無人の少年だったし、バットゥータがそんなアドリーが死ぬほど怖かった。
話は今から、十年ほど遡る。
場所は、シリアにほど近い、ガジアンテブという街の青空市場。
イスタンブールから、約九百キロも離れている。
動物のように縄で繋がれて競りに出されるのは、何度目だろう。
オスマン帝国の兵が村に攻めてきて、そこから連れ去られて、奴隷商に引き渡され、競りにかけられ、主ができて、小生意気だ、表情が気に食わない、目付きが悪いと様々な理由で、また奴隷商に売られ、競りに出されて。以下繰り返しの人生だった。
奴隷の売り買いは、路上ではしてはいけないという命令がどのスルタンからも何度となく出されていたが、その行為は帝国の至る場所で行われていた。
どの奴隷商は満足に食事を与えてくれなかったし、主となった者たちはもっとひどかった。
だから、ガリガリに痩せていて、仕入れてもすぐ死んでしまいそうな子供の奴隷を買おうなんて酔狂な人間は、競りにかけられる度に減っていた。
ここ数日、値下げしても値下げしてもバットゥータは売れ残り、子供心に自分の人生はもう長くないと覚悟を決めた。
きっと、今日売れ残ったら罰として、一欠片のパンも奴隷商は与えないだろうし、明日の朝もない。
今日と同じように競りに出されて、その最中に極限の空腹で倒れて死ぬ。
奴隷商は、損な買い物だったと文句を言いながら、海やそこらの茂みにバットゥータの遺体を捨てていくはずだ。
俯いて黙って立っていると、身体を照らす夕日でさえ辛かった。
ボロボロの服を着させられ、腰縄で繋がれているのを惨めと思う感情はだいぶ前に失せていた。
しんどくて、何も考えられない。
時折、コツンコツンという音がして、それが遠ざかったり近づいたりすることだけが気になっていた。
残り少ない体力を使って顔を上げると、物凄く不機嫌そうな杖付きの少年が、教育係みたいな品のよさげな白ひげの老人を連れてこちらを眺めていた。
「坊っちゃん!こいつは、百アクチェだよ」
許しを得ずアドリーの中を汚してしまって、バットゥータは枕に深く顔を埋めた。
「お前なあ。ここまでやっていいなんて、素のオレは言ってないだろ?こういうことされると腹壊すし、処理が面倒なんだよ。請われても断れよ」
数時間後、目覚めたアドリーはそう言って多少不機嫌になるだろうが、叩いたり殴ったりはしないというのはわかっている。
問題は、制御できなかった自分の方だ。
まるで駄目だった。
「名無しの作った香に自分も当てられてしまったのか?催淫系のは体質的に耐性があると思っていたのに」
薬商の老人が作る香は、「くせえ」としか思ったことがないからだ。
なんとか、夜は越えた。
身体を横向きにして苦しんでいたアドリーは、今は仰向けで健やかな寝息を立てている。
黙って見ていると、アドリーの手が敷布の上を彷徨い始めた。
顔を耳元に近づけて、
「小鳥を捕まえる夢でも見てるんでしょうかね。人間の小鳥の方をね」
と小声で皮肉を言う。
呟く様が名無しの真似みたいだと気づいて、離れようとすると、
「イテテテッ」
ガシッと頭を掴まれた。
真鍮製の杖を握りしめているアドリーの右手の握力はかなり強く、冗談では済まされないほど痛いのだ。
頭を掴まれたまま、強引に胸元に引き寄せられた。
「誰が手放すかよ」
寝言が聞こえてくる。
どうやら、夢の登場人物は、小鳥ではなく自分のようだ。
バットゥータを売ってくれと願い出てくる者に対して、アドリーはいつもこうやってせせ笑うように突き放す。
それが下品であればあるほど、アドリーの照れ隠しのようで嬉しくなる。
「ねえ。もっと、言ってくださいよ。もっと」
ねだりながら唇を合わせる。
「お願いだから。もっと」
やってることは大人な行為だが、自分の態度はまるで子供。
分かっている。
分かっているんだ。
こんなことは許されないって。
まっとうな使用人なら、自分をこき使う主なんて、殺してやりたいと思うのが常で、損得感情無く始終一緒にいたいし尽くしたいだなんて、傍目から見たら頭がおかしい。
でも、バットゥータはこの男の全部が欲しいのだ。
心も体も丸ごと好きで、好きでたまらない。
彼が吸い込む空気だって、嫉妬の対象だ。
でも、奴隷としてアドリーに買われた直後から、こんな関係だったわけではない。
出会った当初、アドリーは傍若無人の少年だったし、バットゥータがそんなアドリーが死ぬほど怖かった。
話は今から、十年ほど遡る。
場所は、シリアにほど近い、ガジアンテブという街の青空市場。
イスタンブールから、約九百キロも離れている。
動物のように縄で繋がれて競りに出されるのは、何度目だろう。
オスマン帝国の兵が村に攻めてきて、そこから連れ去られて、奴隷商に引き渡され、競りにかけられ、主ができて、小生意気だ、表情が気に食わない、目付きが悪いと様々な理由で、また奴隷商に売られ、競りに出されて。以下繰り返しの人生だった。
奴隷の売り買いは、路上ではしてはいけないという命令がどのスルタンからも何度となく出されていたが、その行為は帝国の至る場所で行われていた。
どの奴隷商は満足に食事を与えてくれなかったし、主となった者たちはもっとひどかった。
だから、ガリガリに痩せていて、仕入れてもすぐ死んでしまいそうな子供の奴隷を買おうなんて酔狂な人間は、競りにかけられる度に減っていた。
ここ数日、値下げしても値下げしてもバットゥータは売れ残り、子供心に自分の人生はもう長くないと覚悟を決めた。
きっと、今日売れ残ったら罰として、一欠片のパンも奴隷商は与えないだろうし、明日の朝もない。
今日と同じように競りに出されて、その最中に極限の空腹で倒れて死ぬ。
奴隷商は、損な買い物だったと文句を言いながら、海やそこらの茂みにバットゥータの遺体を捨てていくはずだ。
俯いて黙って立っていると、身体を照らす夕日でさえ辛かった。
ボロボロの服を着させられ、腰縄で繋がれているのを惨めと思う感情はだいぶ前に失せていた。
しんどくて、何も考えられない。
時折、コツンコツンという音がして、それが遠ざかったり近づいたりすることだけが気になっていた。
残り少ない体力を使って顔を上げると、物凄く不機嫌そうな杖付きの少年が、教育係みたいな品のよさげな白ひげの老人を連れてこちらを眺めていた。
「坊っちゃん!こいつは、百アクチェだよ」
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