上 下
35 / 183
第二章

35: お前らしくないね

しおりを挟む
「お前らしくないね。出身地や、どういう経緯でこの国にやってきたかまで普段だったら聞くくせに」
「うっかりしてました。これからひとっ走りして、聞いてきましょうか?昨晩どんな香を使ったのかレシピも控えてこなかったんで、そのついでに。けれど、そいつは口無しなんだから、夢の歌唄いの可能性は一欠片も無いですよ?」
「そっか、そうだよな。んー。じゃあ、いいや」
 もう興味ないというようにアドリーが言ったので、話はそこで終わってしまった。

 それから、二週間が過ぎた。
 白人の大男は、まだ薬商の老人の元にいる。
 グランドバザールに用がある度に、バットゥータは店を遠くから覗くようにしている。    
 断っておくが、偵察ではない。もちろん、監視でもない。
 男は客に話しかけられる度に、毎回オロオロしている。
 店番なら、やることはそうそうなさそうなのに。
 おっとりというと表現がいいが、あまり、機転は効かなさそう。
 気の短い主なら殴りそうなものだが、男の顔には傷やアザはないので、商品としてきちんと扱われているようだ。
 今日は、昼過ぎから沸き立つような土の匂いがする。
 こんな日は、アドリーの足が猛烈に痛むということを、バットゥータは長年仕えてきて知っている。
 十中八九使うことになりそうなのであれば、事前に香を仕入れておこうと思って今日はこっちにやってきた。
 雨が降り出してから、ひとっ走りするのが嫌なのだ。
 だって、この湿度と雲行きじゃあ夜中に絶対に雷が鳴る。
 その体躯と顔面で雷が怖いなんてと笑われそうだが、怖いものは怖い。
 子供の頃から苦手だ。
 バットゥータは、薬商の老人の店の前に立った。
 やはり、今日も老人はおらず、男が店番だ。
「よう」
と声をかけると、男が知り合いに向ける笑みを見せた。
 といっても、かすかにだ。
「夕方から大雨になりそうだから来た」
とバットゥータが伝えると、男が「え?」という顔をする。
 左足の付け根を叩いてみせた。
「天気が崩れる日は、痛むんだよ、足。アドリー様は、じいさんが作るのより、あんたの香がよさそうだから作ってくれねえか」
 どっちの男が作る香りもバットゥータは嫌いだが、アドリーが喋ることができない男が作る香の方が身体に合うみたいなので仕方がない。
 頼まれていないくても主を喜ばせるのが、優秀な使用人というものだ。
 願い出ると、男がすぐ棚に手を伸ばした。
 最初に出会った時、これとこれとこれと棚を指さしたが、今回はさらに数種類、追加されてる。
 グランドバザール内もかなりの湿気になってきているので、天気を見て調整しようとしてくれているようだ。
「乾燥した黒っぽいのは薔薇だよな。青いのはラベンダー。黄色いのはジャスミンか?」
 材料を揃え終わった男は、乳鉢にそれらを入れながら「うん」と頷いた。
 そして、勘定台の上の紙の束の一枚目に、掴んだ鉛の塊で『あとは、クラリセージ。イランイランとネロリ、サンダルウッドが少々。隠し香に香りがきつい種類のミントを爪の先ほど』と素早く書いていく。さらにバットゥータが聞いたこともないような野草の名前も幾つか羅列された。
『何重もの香りの層を作る。音を重ねるみたいにして、広がりを持たせて、さらにそこから包む』
 この男特有の香りの表現らしい。
 薬商の老人は、小瓶から目分量で、数種の香草を出して乳鉢で乱暴に擦るだけなので、雑な香りしかしないから、丁寧に香作りを始めた男にはそういう意味では期待できそうだ。
 乳鉢で刷られた香草は、全体的に黒っぽく砂のように細かくなった。
 手のひらぐらいの量になる。
 摘んで高いところから落としたら、サラサラと音がしそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黄昏時に染まる、立夏の中で

麻田
BL
***偶数日更新中***  それは、満足すぎる人生なのだと思う。  家族にも、友達にも恵まれた。  けれど、常に募る寂寥感と漠然とした虚無感に、心は何かを求めているようだった。  導かれるように出会ったのは、僕たちだけの秘密の植物園。 ◇◇◇  自分のないオメガが、純真無垢なアルファと出会い、自分を見つけていく。  高校卒業までの自由な時間。  その時間を通して、本当の好きな人を見つけて、様々な困難を乗り越えて実らせようと頑張ります。  幼い頃からずっと一緒の友達以上な彰と、運命のように出会った植物園の世話をする透。  二人のアルファに挟まれながら、自分の本当の気持ちを探す。  王道学園でひっそりと育まれる逆身分差物語。 *出だしのんびりなので、ゆる~くお楽しみいただければ幸いです。 *固定攻め以外との絡みがあるかもしれません。 ◇◇◇ 名戸ヶ谷 依織(などがや・いおり) 楠原 透(くすはる・とおる) 大田川 彰(おおたがわ・あきら) 五十嵐 怜雅(いがらし・れいが) 愛原 香耶(あいはら・かや) 大田川 史博(おおたがわ・ふみひろ) ◇◇◇

悩ましき騎士団長のひとりごと

きりか
BL
アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。 ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。 『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。 ムーンライト様にも掲載しております。 よろしくお願いします。

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈ 学園イチの嫌われ者が総愛される話。 嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

迅英の後悔ルート

いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。 この話だけでは多分よく分からないと思います。

僕の幸せ

朝比奈和花
BL
僕はすでに幸せだ。 幸せな、はずだ。 これ以上幸せになることはできるの? 以前別サイトで書いていた作品を加筆・修正したものです。 ※この話はフィクションです ※この作品にでてくる地名、企業名、人名、 商品名、団体名、名称などは 実際のものとは関係ありません ※この作品には暴力などが含まれます ※暴力、強姦、虐待など  すべて法律で禁止されています  助長させる意図は一切ありません ※タグ参照の上お進みください

尽くすことに疲れた結果

ぽんちゃん
BL
 恋人であるエドワードの夢を応援するために、田舎を捨てて共に都会へ向かったノエル。  煌びやかな生活が待っていると思っていたのに、現実は厳しいものだった。  それでも稽古に励む恋人のために、ノエルは家事を受け持ち、仕事をどんどん増やしていき、四年間必死に支え続けていた。    大物の後援者を獲得したエドワード。  すれ違いの日々を送ることになり、ノエルは二人の関係が本当に恋人なのかと不安になっていた。  そこへ、劇団の看板俳優のユージーンがノエルに療養を勧めるが──。      ノエル視点は少し切ないです(><)  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  本人は気付いていませんが、愛され主人公です。    不憫な意地悪王子様 × 頑張り屋の魔法使い  感想欄の使い方をイマイチ把握しておらず、ネタバレしてしまっているので、ご注意ください(><)  大変申し訳ありませんm(_ _)m  その後に、※ R-18。  飛ばしても大丈夫です(>人<;)

処理中です...