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第二章
35: お前らしくないね
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「お前らしくないね。出身地や、どういう経緯でこの国にやってきたかまで普段だったら聞くくせに」
「うっかりしてました。これからひとっ走りして、聞いてきましょうか?昨晩どんな香を使ったのかレシピも控えてこなかったんで、そのついでに。けれど、そいつは口無しなんだから、夢の歌唄いの可能性は一欠片も無いですよ?」
「そっか、そうだよな。んー。じゃあ、いいや」
もう興味ないというようにアドリーが言ったので、話はそこで終わってしまった。
それから、二週間が過ぎた。
白人の大男は、まだ薬商の老人の元にいる。
グランドバザールに用がある度に、バットゥータは店を遠くから覗くようにしている。
断っておくが、偵察ではない。もちろん、監視でもない。
男は客に話しかけられる度に、毎回オロオロしている。
店番なら、やることはそうそうなさそうなのに。
おっとりというと表現がいいが、あまり、機転は効かなさそう。
気の短い主なら殴りそうなものだが、男の顔には傷やアザはないので、商品としてきちんと扱われているようだ。
今日は、昼過ぎから沸き立つような土の匂いがする。
こんな日は、アドリーの足が猛烈に痛むということを、バットゥータは長年仕えてきて知っている。
十中八九使うことになりそうなのであれば、事前に香を仕入れておこうと思って今日はこっちにやってきた。
雨が降り出してから、ひとっ走りするのが嫌なのだ。
だって、この湿度と雲行きじゃあ夜中に絶対に雷が鳴る。
その体躯と顔面で雷が怖いなんてと笑われそうだが、怖いものは怖い。
子供の頃から苦手だ。
バットゥータは、薬商の老人の店の前に立った。
やはり、今日も老人はおらず、男が店番だ。
「よう」
と声をかけると、男が知り合いに向ける笑みを見せた。
といっても、かすかにだ。
「夕方から大雨になりそうだから来た」
とバットゥータが伝えると、男が「え?」という顔をする。
左足の付け根を叩いてみせた。
「天気が崩れる日は、痛むんだよ、足。アドリー様は、じいさんが作るのより、あんたの香がよさそうだから作ってくれねえか」
どっちの男が作る香りもバットゥータは嫌いだが、アドリーが喋ることができない男が作る香の方が身体に合うみたいなので仕方がない。
頼まれていないくても主を喜ばせるのが、優秀な使用人というものだ。
願い出ると、男がすぐ棚に手を伸ばした。
最初に出会った時、これとこれとこれと棚を指さしたが、今回はさらに数種類、追加されてる。
グランドバザール内もかなりの湿気になってきているので、天気を見て調整しようとしてくれているようだ。
「乾燥した黒っぽいのは薔薇だよな。青いのはラベンダー。黄色いのはジャスミンか?」
材料を揃え終わった男は、乳鉢にそれらを入れながら「うん」と頷いた。
そして、勘定台の上の紙の束の一枚目に、掴んだ鉛の塊で『あとは、クラリセージ。イランイランとネロリ、サンダルウッドが少々。隠し香に香りがきつい種類のミントを爪の先ほど』と素早く書いていく。さらにバットゥータが聞いたこともないような野草の名前も幾つか羅列された。
『何重もの香りの層を作る。音を重ねるみたいにして、広がりを持たせて、さらにそこから包む』
この男特有の香りの表現らしい。
薬商の老人は、小瓶から目分量で、数種の香草を出して乳鉢で乱暴に擦るだけなので、雑な香りしかしないから、丁寧に香作りを始めた男にはそういう意味では期待できそうだ。
乳鉢で刷られた香草は、全体的に黒っぽく砂のように細かくなった。
手のひらぐらいの量になる。
摘んで高いところから落としたら、サラサラと音がしそうだ。
「うっかりしてました。これからひとっ走りして、聞いてきましょうか?昨晩どんな香を使ったのかレシピも控えてこなかったんで、そのついでに。けれど、そいつは口無しなんだから、夢の歌唄いの可能性は一欠片も無いですよ?」
「そっか、そうだよな。んー。じゃあ、いいや」
もう興味ないというようにアドリーが言ったので、話はそこで終わってしまった。
それから、二週間が過ぎた。
白人の大男は、まだ薬商の老人の元にいる。
グランドバザールに用がある度に、バットゥータは店を遠くから覗くようにしている。
断っておくが、偵察ではない。もちろん、監視でもない。
男は客に話しかけられる度に、毎回オロオロしている。
店番なら、やることはそうそうなさそうなのに。
おっとりというと表現がいいが、あまり、機転は効かなさそう。
気の短い主なら殴りそうなものだが、男の顔には傷やアザはないので、商品としてきちんと扱われているようだ。
今日は、昼過ぎから沸き立つような土の匂いがする。
こんな日は、アドリーの足が猛烈に痛むということを、バットゥータは長年仕えてきて知っている。
十中八九使うことになりそうなのであれば、事前に香を仕入れておこうと思って今日はこっちにやってきた。
雨が降り出してから、ひとっ走りするのが嫌なのだ。
だって、この湿度と雲行きじゃあ夜中に絶対に雷が鳴る。
その体躯と顔面で雷が怖いなんてと笑われそうだが、怖いものは怖い。
子供の頃から苦手だ。
バットゥータは、薬商の老人の店の前に立った。
やはり、今日も老人はおらず、男が店番だ。
「よう」
と声をかけると、男が知り合いに向ける笑みを見せた。
といっても、かすかにだ。
「夕方から大雨になりそうだから来た」
とバットゥータが伝えると、男が「え?」という顔をする。
左足の付け根を叩いてみせた。
「天気が崩れる日は、痛むんだよ、足。アドリー様は、じいさんが作るのより、あんたの香がよさそうだから作ってくれねえか」
どっちの男が作る香りもバットゥータは嫌いだが、アドリーが喋ることができない男が作る香の方が身体に合うみたいなので仕方がない。
頼まれていないくても主を喜ばせるのが、優秀な使用人というものだ。
願い出ると、男がすぐ棚に手を伸ばした。
最初に出会った時、これとこれとこれと棚を指さしたが、今回はさらに数種類、追加されてる。
グランドバザール内もかなりの湿気になってきているので、天気を見て調整しようとしてくれているようだ。
「乾燥した黒っぽいのは薔薇だよな。青いのはラベンダー。黄色いのはジャスミンか?」
材料を揃え終わった男は、乳鉢にそれらを入れながら「うん」と頷いた。
そして、勘定台の上の紙の束の一枚目に、掴んだ鉛の塊で『あとは、クラリセージ。イランイランとネロリ、サンダルウッドが少々。隠し香に香りがきつい種類のミントを爪の先ほど』と素早く書いていく。さらにバットゥータが聞いたこともないような野草の名前も幾つか羅列された。
『何重もの香りの層を作る。音を重ねるみたいにして、広がりを持たせて、さらにそこから包む』
この男特有の香りの表現らしい。
薬商の老人は、小瓶から目分量で、数種の香草を出して乳鉢で乱暴に擦るだけなので、雑な香りしかしないから、丁寧に香作りを始めた男にはそういう意味では期待できそうだ。
乳鉢で刷られた香草は、全体的に黒っぽく砂のように細かくなった。
手のひらぐらいの量になる。
摘んで高いところから落としたら、サラサラと音がしそうだ。
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