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第六章

115:分かった。もう難しく考えない。

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「俺も会いたかった」
とジンが答える。
 彼方は、ダウンジャケットのポケットから封筒を取り出した。
「これ」
 すると、ジンが頭に積もる雪を払いながら言う。
「何だよ?開くのおっかねえな」
「月額五万円の抱きまくらの名字。そこに書いてある。 東京で、ちゃんと取り戻してきた」
「根に持ってんなあ。そういやあ、俺たち、そういう出会いだった」
 彼方はジンに封筒を押し付ける。
「俺が見てもいいのか?封も切ってないみたいだけど」
「何だか怖くて」
「確認もせずに東京から戻ってくるとは恐れ入った。白紙だったらどうすんの?」
「もう一回、殴り込みに行く」
「さっすが」
と言いながらジンが封を破き、白い紙を取り出した。
 そして、「ふうん」と言う。
「青山彼方サンね」
「それが、僕の名字?」
「ああ」
 ジンが紙の下へ下へと目を走らせ、「ぶっ」と吹き出した。
「誕生日が、十二月二十五日。めでたいねえ」
「去年、クリスマスのパーティしたね。実質、祝ってもらったようなものだ。それに青山って」
 彼方は濡れてきた目元を拭いならが、はにかんだ。
「洒落た名前で格好がいいって?」
「ジンの真山姓とそう変わらないから、青山から真山になってもすぐ慣れそうだなって思って。だから、その……ピアノありがとね」
「彼方にはやんない」
 ジンが封筒に紙をしまいながら言う。
「な、何で???」
「俺を見くびるから」
「そんな?いつ?」
「澤乃井さんのグランドピアノが家にあったのを見て、真っ先に俺の貯金を心配したろ?車も買って、民宿は再始動させるのにそれなりの資金が必要で、彼方を養うためにも金を使ってきたのにって」
「確かに、思ったけど」
「あのさあ、十年前とくらべて、害獣の駆除頭数は十倍になってる。そして、猟師の数は減ってる。これが意味することが分かるか?」
「うん。わかる」
 猪が二万五千円。鹿は一万円から五千円ぐらい。
 猟師一人あたりが得る収入が多くなっているということだ。
「去年、俺が何頭熊をしとめたと思っているんだ?こんだけだぞ」
とジンが両手の指を片側だけちょっと折って見せてきた。
「凄いね?」
「反応薄いなあ。もしかして、害獣駆除の熊の値段を彼方は知らねえのか?言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
「じゃあ、彼方の予想は?」
  猪が二万五千円なのだからと彼方は脳内で電卓を弾く。
「十万円ぐらい?」
「アホか。奨励金もろもろ合わせて一匹六十万円だ」
「ええっ!?」
「熊は余すとこなく売れるって前、言ったよな?先生が紹介してくれた業者に下ろせばもっと価格は跳ね上がる」
「恐れ入った。熊の価格にもジンの腕にも」
「別に、彼方が働けなくなって食わせていける自信はある。それが嫌なら、民泊やってみようぜってそういうシンプルな話。それを彼方がグダグダ言って、難しくする」
「分かった。もう難しく考えない。戸籍があるなら、住民票もあるだろうし八ヶ岳に正式に住める。車の免許だって取れる。前に進める。ありがとう。ジン」
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