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第六章

112:ジン。駄目だって

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 いつもなら、少しでも留守にすると彼方を恋しがってにゃーにゃー鳴く猫たちが、今日は寄っても来なかった。みんな、美馬に鞍替えしたのだろうか。
「どうした?サンルームの扉の前に勢ぞろい……」
 彼方はそこで言葉を失った。
 サンルームのガラスから見える黒く光る優雅な物体に目が奪われる。
 そこには、グランドピアノが置かれてあったのだ。
 彼方は急いで部屋に入っていく。
 猫たちもついてきた。
 触れなくてもフォルムで澤乃井のグランドピアノだと分かった。
 椅子がピアノの前に置かれていて、連弾用の椅子も壁際にあった。
「何、これ。何で??」
 ピアノの運搬、搬入はかなりの大仕事だ。
 サンルームに入れるのは、家の玄関からでは無理なので、サンルームのガラス窓を外してと大変だったはず。
 事前の打ち合わせだって。
 ジンが計画していたのなら、打ち合わせは可能だったろう。
 彼方は澤乃井とのレッスンで頭がいっぱいだったし、電車とバスと使って自分だけでレッスンを受けに行った日もあった。
 きっと、ジンが運搬業者と話し合いをしたのならレッスン最後の日だ。
 その日はどうしても前々から用事が入っていてと言われていて、澤乃井と会える最後の日なのにおかしいなとは思っていたのだ。
 じゃあ、搬入日の方は?
 東京に行く日は、美馬に少し前に相談していた。
 ジンには言わないでと言っておいていたが、すでにバラしていた?
「ジンは僕が不在の日を狙って、グランドピアノを搬入した??いや、東京になんて一人では行かせないはず。昨日、メッセージを送った時、どうしてこんな日にって怒ってた。じゃあ、昨日が元々、グランドピアノの搬入日だったんだ。僕を驚かせようとしたのかな?運ばれてきてしまえば受け取らざるを得ないと思ったのかな?なのに、肝心の僕がいなくて、美馬君に対応しさせちゃったね」
 和歌山からジンが八ヶ岳の家に美馬に連絡し、ピアノの搬入が済んでも彼方には黙っておけと口止めした、いや、脅したのが予想がつく。
「ジン。駄目だって」
 彼方はグランドピアノを撫でた。
「嬉しいけれど、こういうのはよくないって」
 堀ノ堂と対決して前に進んだはずなのに、ジンはさらにその前を行ってしまう。
「堀ノ堂との対決が終わったから、これからは結婚を前提として過ごしていきたいから、婚約指輪の代わりとして受け取ってくれよって言うなら、まだ分からなくもないよ。でも、その前に勝手に購入を決めて、勝手に搬入して……」
 彼方はジンに電話をかけようと思い立った。
 だが、その直前で配達の人がやってきて、彼方は段ボールの荷物を受け取った。
「澤乃井さんからだ」
 送付状の送り主の欄に名前が書かれていた。
 そして、品名の欄には「楽譜」と。
 彼方は薪ストーブのある部屋で、ガムテープでされた段ボールの封を破った。
 中にはぎっしりと楽譜が詰まっていた。
 薄いものがほとんどなので、ざっと見ただけでも五十冊以上ありそうだ。
「これからも頑張るのよ」とあの優しい声で囁かれた気がした。
 でも現実の声が聞きたい。
 送付状に書かれてあった電話番号にかけてみる。
「おばあちゃん?彼方です」
「お元気?」
「……うん」
「どうしたの?また泣いてる」
「楽譜、さっき受け取った。ありがとう。グランドピアノもさっき届いてるのを知って、びっくりしてたところ」
「貰われていくならあなたとジン君の家がいいって最終的に思ったの。ちょっと大きすぎるかもしれないけれどね」
「ううん。サンルームに前からずっとあったみたいに置かれてある。すごく素敵だよ。猫たちも興味を示していて、側を離れない。でも、いいのかな?あの部屋はジンの先生の部屋なんだ。病気で死んでしまって、ジンはその後、僕と出会って」
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