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第六章

101:出ていかないよ。……猫たちいるし

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「僕が、断るとか思ってないの?」
「うーん。想像したらショックで、少し考えて止めた」
「無いって断言するのかと思った」
「俺はそこまで強くない。彼方に出ていかれたら、一ヶ月は寝込む。んで、一年は引き籠もる」
「出ていかないよ。……猫たちいるし」
「やっぱそこか」
とジンが空笑いをする。
「もし、僕が居なくなって引き籠もるのにも飽きたら、また猟をする?」
 何気なさを装って彼方は聞いてみた。
 だが、ジンには聞こえなかったようだ。もしくは、聞こえないふりをした。
「春から新しい仕事を二人で始めるんだから、伝えときたかったんだ」
 それはきっと、民泊の再開を示している。
 でも、それで、ジンは本当にいいのだろうか?
 彼方は居場所と仕事が見つかって、そこには好きな人と猫たちまでいて、とても快適だと思う。けど、ジンは?絶対に物足りないと感じるはずだ。
「澤乃井さんのとこ、また来週な。同じ曜日になると思う」
「うん。楽しみ」
 あのピアノが弾けるのは純粋に嬉しい。
 澤乃井に会えるのも、祖母というものに会いに行ける、そんな楽しさがある。
 それに、ジンとまた出かけることができる。
 けど。
 心に引っかかりを感じながら、彼方は帰宅した。
 翌週になった。
 猫たちはすくすくと成長している。今では、死にかけていた灰色、現在の名前はマルが一番食べるし身体も大きい。そして、どの猫も美猫に成長している。
 美馬の祖母が、手作りの蝶ネクタイ首輪をくれた。
 八ヶ岳に住んでいると、車を動かすまでは億劫だが、乗ってしまえば大きなショッピングモールなどが近隣にはいくつかある。なのに、ここらへんの人は、色んなものを手作りする器用さに長けている。あのジンだって、可愛いお菓子とかをささっと作ってしまうのだから。
 彼方は普段着で、ジンは片付け業者のようなツナギスタイルで澤乃井の家に今回は出かけた。
 あと数回訪れることになっていた。ジンは家の片付けを集中的に請け負うことで話が付いたようなのだ。彼方はその間、澤乃井から一曲仕上げるためのレッスンを受けることになっていた。
 澤乃井の玄関をくぐると、もう出されててもおかしくない燃えるゴミがまだそのまま置かれていた。それどころか少し増えている気がする。ジンもそれに気づいたようだ。
「ここはやっとくから行けよ」みたいな顔をされたので、彼方は玄関を入ってすぐの場所にあるグランドピアノの部屋に向かう。かつてのレッスン室だ。
 曲は元飼い主の要望で、すでに暗譜まで仕上げているものだったが、プロのピアノ教師の澤乃井から指導を受けると、自分の演奏は穴だらけだと気付く。
 澤乃井が用意してくれた楽譜に、注意やアドバイスを受けたことを書き込んでいく。
 元飼い主もピアノ教師を何人も雇ってくれたが、彼方はこんなに熱を持ったピアノ教師に出会ったことが無かった。
 ジンの掃除が一段落し、彼方のレッスンが終わると澤乃井が今日は羊羹と抹茶を出してくれた。抹茶は目の前で点ててくれたものだ。何度も言ってしまうが、こんなのテレビでしか見たことがない。
「どう。片付いた?」
「二階はそこそこ」
 ジンはたくさん動いたのか、少し汗臭い。
 こういう男臭い匂いを最近、久しぶりに嗅いだような気がする。
 婚約の話題は先週あの時一回きり。
 以前、澤乃井のピアノを試打云々から、唐突に婚約指輪の話題になったが、まさか、あのグランドピアノを彼方に贈りたいなんて考えてるんじゃと一瞬思ったが、よくある若気の至りというやつで、気持ちが盛り上がったから、ジンは言っただけなのか。性格的にそんな感じはしないのだが、まだ出会って三ヶ月にもなって無いんだから、彼の全てを知っているわけではない。
「次、来る時は軽トラな。荷台に燃えるゴミを積んで、八ヶ岳の方で出すわ。たぶん、澤乃井さん、ああいうの一個出すだけでもしんどいんだと思う」
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