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第六章

98:名前を付けたら情が湧いて、この家から離れられねえだろ

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「彼方が名前付けてやれよ」
「僕が?いいの?」
 彼方の隣で灰色と呼ばれていた死にかけだった猫を撫でていたジンが、立ち上がる。
「名前を付けたら情が湧いて、この家から離れられねえだろ」
「家じゃなくて、ジンからだよ」
 すると、ジンが黙ってしまう。
 普段なら、冗談めかして言い返してくるところなのに。
 最近、こんな沈黙が多い。
 堀ノ堂とやりあってからは、それが顕著だ。
 彼方は、白色と黒色の猫を指さした。
「こっちが、コウ。そしてこっちはフクにしようかな」
 最後に灰色を指差し「最後の子は、マル」と言った。
「マルって?もしかして読点のことか?「幸福。」?」
「えへへ。いい感じでしょ?」
 ジンは足元に寄ってきたマルという名前になった灰色猫を抱き上げる。
「彼方。あんたは今、幸福?」
「うん」
「そっか」
「本当だよ」
「疑ってねえって。彼方が、今の現状を切り分けて猫一、ニ、三の名前にしてくれたのが嬉しかったんだ。何だか、久しぶりにたくさん喋った気がする。もっと、早くこいつらを連れてくればよかった」
「ジンは、僕にたくさん、幸せを与えてくれている。もう、無理しなくていいよ。充分だから。だから、猟も……」
 すると、ジンが会話を遮るようにして頭をかいた。
「充分って言われると、無駄になっちゃうから参るんだけどさあ」
「まだ何かあるの?本当にもうこれ以上は要らないからね」
「彼方にやる物とかじゃねえんだ。ただ、ネット漁ってたら珍しいものを見つけて」
「へえ。どんな?」
 珍しいなと思った。
 ジンは、あまり携帯に夢中になることがない。
 手が空くと、料理をしたり、猟銃にメンテナンスをしたり。
 それに、最近は彼方を構うことに忙しかった。
 看病やら、堀ノ堂対策やら。あまり自分のために時間を使っていないのが彼方には気がかりだ。
「五井んとこのピアノ、スゲエソレ」
「スタンウェイ」
と彼方は即座に訂正する。
「そう。それ。甲府市内にピアノの先生をしていた人がいて、それのさらに上位版を持ってるらしい。戦前に作られて、日本とアメリカを行ったり来たりしてたピアノみたいで、ニューヨークのなんとかホール?」
「もしかして、カーネギーホール?」
「そう。たしかそれ。そこでも演奏されたいいピアノらしい。 老人ホームに近々移る予定だそうだけど、ピアノは持って行けないから、市に寄付するか売却するかいろいろ考えてるってツイート見て、コンタクトしてみた。うちの彼方サンは、そんじょそこらのピアノ弾きとは違うレベルだが、今、自由に弾けるピアノが無くてって」
「ジン。押しが強すぎる」
「久しぶりにデートしようぜ、彼方サン。俺等、最近、どこにも行ってねえし」
「どこにもどころか、会話だってしてなかったよ。だから、こうやって喋れるだけで嬉しい」
 彼方はジンに抱きついた。
 なんだが、彼がまた無理をしようとしているのを感じてしまって。
 すると、二人の足元を猫たちがくるくると回る。
「美馬んちでは、美馬とか美馬のばあちゃんとかとこいつらと夜に寝てたんだって。きっと、今夜、一緒に寝ろってうるせえだろうなあ。エッチの邪魔をされちまう」
「見られながらする?」
「それもいいな」
 ジンが彼方の尻を掴みそのまま抱え上げた。
 猫たちが、二本足で立ち上がってジンの足にまとわりつく。
 彼方はジンの頭に抱きついた。
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