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第六章
89:いいかげん、しつこい
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二月に入ってから、二回、五井のホテルに呼んでもらった。
海外からも人がやってくる大きな会議があった日とバレンタインデーの日だった。
年末年始の突発的な依頼では無かったので、バイト代は通常料金だったが、またスタンウェイのピアノを弾かせてもらえて、彼方は満足だった。
メルルンでは、鹿の角がようやく売れていった。
それも二対。
商品も、鹿だけでなく、猪やウサギの皮なども種類を増やしている途中だ。
ジンがバレンタインデーの日になる前にお返しをくれた。
本当はホワイトデーに渡したかったらしいが、待ちきれなかったそうだ。
別にお返しが欲しくてチョコレートと渡したわけではなかったので、サプライズが嬉しかった。
プレゼントの品は鹿革の財布だ。
皮はジンが仕留めた鹿を使っていて、鞄やキーホルダーなど革製品を作る猟師仲間にお願いしたのだという。
作りはシンプルで、札入れと小銭入れが一箇所ずつあるだけ。ホックではなく、鹿革を紐に加工したものをくるっと回して留めるタイプだ。つまり、縫製に使った糸以外は全部ジンが仕留めた鹿を使っている。なにより、鹿の子柄が気に入った。
財布というものを初めて持てて、誇らしかった。
メルッペから出金してもらった現金をそこに入れた。
といっても千円札が数枚。
でも、卑下している暇はない。
前へ前へと進まないと。
ジンは、冬眠しそこねた熊を仕留めた。母熊と子熊だ。
車並みのスピードで走ってきて、もの凄い力で人間をなぎ倒すのだと聞いて心底心臓が冷えた。さらに、手には鋭い爪まであるのだという。内臓を食われた人間の遺体は見られたものじゃないと聞かされた。
だが、彼方が熊だけは猟をするのを止めてほしいと言ってもジンは耳を貸さないだろうし、今でさえ猟師の高齢化が進み、数が減っているのだから、これからもっと活躍の場が増える。つまり、危険な場面に遭遇する可能性が上がるということだ。
だったら、なおさら、猟の修行に出て欲しい。
熊を仕留めたジンは上機嫌だった。
鹿や猪以上に熊は色んな部位が売れるからだそうだ。
肉や毛皮だけではなく、内臓の一部や、手足だって。
内臓から取れる油も重宝される。
彼方も毛皮の一部を譲ってもらってメルルンに出品したら、あっという間に売れていった。
熊様々だ。
すべてが順調にいっているように見えて、実はそうではなかった。
堀ノ堂とその秘書が密かに動き出している。
何が密かになのかというと、
「まただよ」
猟から戻ってきたジンが、厚手のビニール袋に包まれた長方形の塊を、薪ストーブの部屋のソファーの投げた。
お互いに中身は確認しなくたって分かる。
帯の付いた百万円だ。
いつの間にか、家の玄関前に置かれている。
彼方は配達員を装ってバイクでやってきて、投げ込んでいく姿を一度だけ見たことがある。
飼い主はバイクには乗らないはずなので本人ではない。小柄な後ろ姿だったので秘書の武田でもない。きっと事情も知らされていない雇われ。だが、指図しているのは堀ノ堂というのは明らかだった。
「いいかげん、しつこい」
彼方はそれを、美馬から貰った携帯ショップの厚手の袋に放り込もうとした。
そこには、すでに九束ある。
今回ので合計一千万だ。
ビニールの隙間から文字が見えて手が止まる。
雪をほろい迷彩柄のジャケットを脱いでいるジンに見えないように、メモを見ようとしてすぐに見つかってしまった。
「何々?これまでの分を含め、全額どちらのものにしても構わない。足の付かない金だ。フンッ」
くしゃっとメモを握りつぶしたジンは、「だったら」と低く呟いて、最後の一束を乱暴に袋にぶちこんで、取っ手を持った。そして、玄関を開けてガレージへ。
海外からも人がやってくる大きな会議があった日とバレンタインデーの日だった。
年末年始の突発的な依頼では無かったので、バイト代は通常料金だったが、またスタンウェイのピアノを弾かせてもらえて、彼方は満足だった。
メルルンでは、鹿の角がようやく売れていった。
それも二対。
商品も、鹿だけでなく、猪やウサギの皮なども種類を増やしている途中だ。
ジンがバレンタインデーの日になる前にお返しをくれた。
本当はホワイトデーに渡したかったらしいが、待ちきれなかったそうだ。
別にお返しが欲しくてチョコレートと渡したわけではなかったので、サプライズが嬉しかった。
プレゼントの品は鹿革の財布だ。
皮はジンが仕留めた鹿を使っていて、鞄やキーホルダーなど革製品を作る猟師仲間にお願いしたのだという。
作りはシンプルで、札入れと小銭入れが一箇所ずつあるだけ。ホックではなく、鹿革を紐に加工したものをくるっと回して留めるタイプだ。つまり、縫製に使った糸以外は全部ジンが仕留めた鹿を使っている。なにより、鹿の子柄が気に入った。
財布というものを初めて持てて、誇らしかった。
メルッペから出金してもらった現金をそこに入れた。
といっても千円札が数枚。
でも、卑下している暇はない。
前へ前へと進まないと。
ジンは、冬眠しそこねた熊を仕留めた。母熊と子熊だ。
車並みのスピードで走ってきて、もの凄い力で人間をなぎ倒すのだと聞いて心底心臓が冷えた。さらに、手には鋭い爪まであるのだという。内臓を食われた人間の遺体は見られたものじゃないと聞かされた。
だが、彼方が熊だけは猟をするのを止めてほしいと言ってもジンは耳を貸さないだろうし、今でさえ猟師の高齢化が進み、数が減っているのだから、これからもっと活躍の場が増える。つまり、危険な場面に遭遇する可能性が上がるということだ。
だったら、なおさら、猟の修行に出て欲しい。
熊を仕留めたジンは上機嫌だった。
鹿や猪以上に熊は色んな部位が売れるからだそうだ。
肉や毛皮だけではなく、内臓の一部や、手足だって。
内臓から取れる油も重宝される。
彼方も毛皮の一部を譲ってもらってメルルンに出品したら、あっという間に売れていった。
熊様々だ。
すべてが順調にいっているように見えて、実はそうではなかった。
堀ノ堂とその秘書が密かに動き出している。
何が密かになのかというと、
「まただよ」
猟から戻ってきたジンが、厚手のビニール袋に包まれた長方形の塊を、薪ストーブの部屋のソファーの投げた。
お互いに中身は確認しなくたって分かる。
帯の付いた百万円だ。
いつの間にか、家の玄関前に置かれている。
彼方は配達員を装ってバイクでやってきて、投げ込んでいく姿を一度だけ見たことがある。
飼い主はバイクには乗らないはずなので本人ではない。小柄な後ろ姿だったので秘書の武田でもない。きっと事情も知らされていない雇われ。だが、指図しているのは堀ノ堂というのは明らかだった。
「いいかげん、しつこい」
彼方はそれを、美馬から貰った携帯ショップの厚手の袋に放り込もうとした。
そこには、すでに九束ある。
今回ので合計一千万だ。
ビニールの隙間から文字が見えて手が止まる。
雪をほろい迷彩柄のジャケットを脱いでいるジンに見えないように、メモを見ようとしてすぐに見つかってしまった。
「何々?これまでの分を含め、全額どちらのものにしても構わない。足の付かない金だ。フンッ」
くしゃっとメモを握りつぶしたジンは、「だったら」と低く呟いて、最後の一束を乱暴に袋にぶちこんで、取っ手を持った。そして、玄関を開けてガレージへ。
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