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第五章

63:綺麗

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 完全に乾燥すると、メルルンではスカルやハンティングトロフィーと呼ばれるオブジェとして売れるようになる。角一対の値段より高いが、大きさがあるため、送料がかさむ。そして、せっかく貰ったのに、いいねの付きも悪い。
「メルルン、あんまり売れなくてごめん」
「半割りがいくつか売れたんだろ?上々じゃねえか」
 半割りとは、欠けたり折れたりてしまった鹿の角を半分に割ったもので、犬が噛んでおもちゃにしたり、歯磨きガムの代わりに使ったりする。
 丁寧にヤスリをかけて尖りを無くし、売れても一本千円ぐらい。
 手数料を送料を引いて利益は七百円というところだ。
「郵便局からQRコードのついたシールを買ってきて、メルルンで売れたら携帯をQRコードにかざせば宛名書きもせずにポストに入れるだけなんて便利だな」
 彼方も美馬に教えてもらった。
 鹿の角でもなく、ハンティングトロフィーでもなく、割れた鹿の角が一番初めに売れるなんて意外だったが、最初は飛び上がって喜んだ。
 でも、目標の五万円まではちょっと遠い。
 今月はピアノ演奏というイレギュラーな仕事で目標額の八十%を稼げてしまったが、来月は期待できない。
 今日が一月十五日。
 肝心のメルルンの売上は千四百円だ。
「春まで片付けばいいって」
 ジンは、そう言ってテントから出ていき、沢の水を小さな銀色のヤカンに汲んできて携帯式のガスバーナーで沸かし始めた。
 今日も迷彩柄の猟着を羽織っている。枯れずに残っている雑草に紛れたら、すぐに姿がわからなくなりそうだ。
 カップにインスタントコーヒーを入れて、「面白いのを見せてやるから、見てろ」といたずらっぽい顔で言う。
 チャック式の透明な厚手の小さな袋に白い粉が入っていた。
「これ、近所で飼われている山羊のミルクを粉にしたものな。コーヒーに入れると、ほんのり甘いんだ」
 スプーンで一杯すくって、コーヒーカップに入れると、
「わっ。跳ねた」
 一ミリにも満たない白い粒たちが、カップの中で一斉に飛び跳ねる。
「温度差でこうなる。コーヒーが熱々で、山羊の粉ミルクが冷え冷えだから」
「綺麗」
「だろ」
 差し出されたコーヒーを飲む。
「コーヒーも八ヶ岳産?」
「そうだ。すごいだろって言いたいとこだけど、日本産のコーヒーって流通量一%以下らしい。沖縄みたいな暖かいところじゃないと無理だって。前、一瞬、コーヒー豆に凝ったことがあるんだけどさ、水も、粉ミルクも旨けりゃ、コーヒーがインスタントでも旨いって。それに気づいてからは、ショッピングモールで普通に買ってる」
 コーヒーに凝るジンを想像したらおかしくて、「ふふっ」と彼方は笑う。
「美味しい」
「なら、よかった。まあ、一息つけよ。チョコレートあるぞ。俺、甘いもんは作るくせにそこまで食わねえけど、猟のときは、チョコレートを必ず持ってくんだ」
「ん……」
 カップでかじかんた手を温めていると、ジンが言った。
「最近、頑張りすぎてる気がする」
「そうかな?何もできてないよ」
 メルルンに商品登録して、ジンとじゃれあって、気がつけば一日が終わってる。
「今朝、掃除を手伝ってくれたろ」
「次からは僕担当でいいよ」
 するとジンが考え込む。
「雑すぎて駄目だった?」
 隅々まで手を抜かずやったつもりなのだが。
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