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第四章
53:でも、会いたい
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このホテルには大勢の人がいる。
でも、東京にいた頃と同じで全員が他人だ。
ただすれ違うだけ。
部屋にあるミニバーの飲み物やスナックは好きに食べていいと五井に言われていたので、ミネラルウォーターを一本貰って口に運ぶ。
防音がしっかりしているのか、部屋は本当に静かだ。
飼い主のお供で出かけた旅行を思い出す。
彼は、いつも仕事で出かけてしまって、日中は彼方一人。
夜は彼の自慢の品みたいな扱いで、バーなどでピアノを数曲引かされた。
ああ、こういう場所で一人でいると、嫌なことばかり思い出す。
ジンに電話をかけてみようか。
せっかく、また携帯が使えるようになったんだし。
「さっき、別れたばかりなのにと笑われる。でも、会いたい」
その気持ちを抑えて、二回目の演奏に望んだ。
大晦日だからなのか、ラウンジにもホテルの出入り口にも人がいっぱいで、常に誰かしらの出入りがある。
曲は、飼い主のリクエストでよく弾かされてた曲だった。
これまでずっと、弾いている最中は没頭できたのに、この曲に限っては昔の思い出がいろいろ蘇ってきて集中力が途切れる。
飼い主は、プロのピアニストになりたかったそうだ。
でも、政治家にならなければならないと生まれたときから決まっていて、それを押しのけるほどの才能も無かったので、諦めた。
そして、彼方を見つけて自分の代わりを作ろうとした、と一度だけ語った。
この曲は、厳しい飼い主が初めて完璧だと褒めてくれたものだった。
背中に妙な視線を感じ、振り返る。
曲が不自然に途切れて、慌てて弾き直した。
けれど、どんどん曲調がおかしくなっていく。
なんとか立て直すまで時間がかかった。
先日のだれでもピアノ、それに一回目、今、二回目の演奏で弾いた曲の中で最悪の出来だ。
そこからは、新年のカウントダウンも近づいて、さらに騒がしくなり、変な視線を感じなくなった。
やがて日付が変わった。
周囲の人々は「明けましておめでとう」と互いに言い合い、新年を祝っているので、それが分かる。
五井の依頼を受けなければ、彼方とジンもこういう時間を過ごしていたはずだ。
いや、とっくにベットの中にいて、新年が明けたことも気づかず、喘いでいたかもしれない。
こんなにすんなり快楽にハマってしまって、ずいぶんな奴だなあと彼方は思う。
自分は、たぶんゲイではない。
なのに、ジンに触れられると、身体が喜んでもっともっとと求めてしまう。
初めて出会った晩はあれだけ、嫌悪と恐怖があったのに。
それが一変したのは、優しさで包んでもらったからだ。
口は悪いし、態度だってひどいものだけど、ここぞとばかりに発せられるジンからの好きだというサインが、彼方を変えていった。
「自分で選んだ仕事だ。あと一日。もう一踏ん張り」
ジンが用事があると家に戻ってから相当数の時間が過ぎたので、きっと部屋で待っている。
それだけが、大勢が新年を楽しそうに祝う中、ポツンと一人いる彼方の唯一の楽しみだった。
最上階に付くと、小走りで廊下をかけ、部屋の扉を空ける。
中から明かりが漏れて来なかったので、彼方はその時点で落胆した。
家からホテルに戻ってきたジンが先に寝ているとは思えない。
きっと、起きて待っていて「おつかれ」と言ってくれるはずなのだ。
「ジン?いないの?ジンってば?」
念のため応接間の電気を付け、二つある寝室も確認する。
「やっぱり、いない」
ノロノロとスーツのジャケットを脱いた。
椅子の背もたれにかけて、そのままベットに潜り込む。
上質だが冷たいシーツは、飼われていた部屋を思い出す。
でも、東京にいた頃と同じで全員が他人だ。
ただすれ違うだけ。
部屋にあるミニバーの飲み物やスナックは好きに食べていいと五井に言われていたので、ミネラルウォーターを一本貰って口に運ぶ。
防音がしっかりしているのか、部屋は本当に静かだ。
飼い主のお供で出かけた旅行を思い出す。
彼は、いつも仕事で出かけてしまって、日中は彼方一人。
夜は彼の自慢の品みたいな扱いで、バーなどでピアノを数曲引かされた。
ああ、こういう場所で一人でいると、嫌なことばかり思い出す。
ジンに電話をかけてみようか。
せっかく、また携帯が使えるようになったんだし。
「さっき、別れたばかりなのにと笑われる。でも、会いたい」
その気持ちを抑えて、二回目の演奏に望んだ。
大晦日だからなのか、ラウンジにもホテルの出入り口にも人がいっぱいで、常に誰かしらの出入りがある。
曲は、飼い主のリクエストでよく弾かされてた曲だった。
これまでずっと、弾いている最中は没頭できたのに、この曲に限っては昔の思い出がいろいろ蘇ってきて集中力が途切れる。
飼い主は、プロのピアニストになりたかったそうだ。
でも、政治家にならなければならないと生まれたときから決まっていて、それを押しのけるほどの才能も無かったので、諦めた。
そして、彼方を見つけて自分の代わりを作ろうとした、と一度だけ語った。
この曲は、厳しい飼い主が初めて完璧だと褒めてくれたものだった。
背中に妙な視線を感じ、振り返る。
曲が不自然に途切れて、慌てて弾き直した。
けれど、どんどん曲調がおかしくなっていく。
なんとか立て直すまで時間がかかった。
先日のだれでもピアノ、それに一回目、今、二回目の演奏で弾いた曲の中で最悪の出来だ。
そこからは、新年のカウントダウンも近づいて、さらに騒がしくなり、変な視線を感じなくなった。
やがて日付が変わった。
周囲の人々は「明けましておめでとう」と互いに言い合い、新年を祝っているので、それが分かる。
五井の依頼を受けなければ、彼方とジンもこういう時間を過ごしていたはずだ。
いや、とっくにベットの中にいて、新年が明けたことも気づかず、喘いでいたかもしれない。
こんなにすんなり快楽にハマってしまって、ずいぶんな奴だなあと彼方は思う。
自分は、たぶんゲイではない。
なのに、ジンに触れられると、身体が喜んでもっともっとと求めてしまう。
初めて出会った晩はあれだけ、嫌悪と恐怖があったのに。
それが一変したのは、優しさで包んでもらったからだ。
口は悪いし、態度だってひどいものだけど、ここぞとばかりに発せられるジンからの好きだというサインが、彼方を変えていった。
「自分で選んだ仕事だ。あと一日。もう一踏ん張り」
ジンが用事があると家に戻ってから相当数の時間が過ぎたので、きっと部屋で待っている。
それだけが、大勢が新年を楽しそうに祝う中、ポツンと一人いる彼方の唯一の楽しみだった。
最上階に付くと、小走りで廊下をかけ、部屋の扉を空ける。
中から明かりが漏れて来なかったので、彼方はその時点で落胆した。
家からホテルに戻ってきたジンが先に寝ているとは思えない。
きっと、起きて待っていて「おつかれ」と言ってくれるはずなのだ。
「ジン?いないの?ジンってば?」
念のため応接間の電気を付け、二つある寝室も確認する。
「やっぱり、いない」
ノロノロとスーツのジャケットを脱いた。
椅子の背もたれにかけて、そのままベットに潜り込む。
上質だが冷たいシーツは、飼われていた部屋を思い出す。
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