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第三章

25:彼方が俺を抱っこするか、その逆、どっちか

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「初めて銃を撃って仕留めたときは、身体が震えた。いくときみたいに熱くなった。でも、すぐに慣れたよ。可愛そうとも思わない。あれを仕留めたら二万五千円、そっちを仕留めたら三千円って思う。軽蔑したか?」
「ううん。東京でただ餌を与えられていた頃の自分だったら、可哀想って思ったかもしれないけれど、今なら腹が空きすぎたら、毛をむしってでも食べたくなるだろうな、と思う。そこに、可哀想なんて感情は浮かばないよ。余裕があるから、思えるんだ」
「彼方サン、極限状態までいったからな」
 泡だらけの指で、肋骨が浮く上半身を軽くなぞると、彼方の身体が固くなる。
 おっと、これはやり過ぎ、自重せねば。
「あとな、田舎のショッピングモールに入っている美容院は、男だったら五千円もかかんねえからな」
「なあんだ、安心した」
「行ったことないのか?まさか、自分で切ってた?器用だな」
「いつも、美容師が部屋に来てた。医者も、服を持ってくる人らも。外商??って言ってた」
「---そりゃ、すごい」
 あまりにも庶民からかけ離れていて、反応が遅れた。
「明日行くショッピングモールは知り合いがいる。そいつがカット無料券を持ってるはずだから、強奪してくる」
「ええ?なんだそれ。いいの?」
「そいつに得になるようなことをしてやるんだから、むしろ感謝される。彼方はそのついでに髪を切るだけ。OK?」
「ジンに負担をかけないならいい」
 ジンが渡した五万円は、封筒のままキッチンにある小銭入れ用のガラスボトルにいつの間にか入れられていた。
 ゲイサイトを利用して出会い系をしようとしたくせに、身体を売るという行為にものすごい抵抗があるようだ。遊びや贅沢をしたくて利用する奴らとは根本から彼方は違う。本当に生きるために身体を売ろうとした。
 だから、こうやって労りたくなる。
 じっくりと彼方の髪を洗って再度シャワーで泡を流す。
「うう、ちょっと冷えた。俺も入りたい。スペース開けて。彼方が俺を抱っこするか、その逆、どっちか」
「……」
「さっきもそうだったけど、彼方って、困るとすげー変な顔するよな」
「僕が、ジンを抱っこしたらおかしいだろ」
「そうでもないと思うぜ?」
 彼方は素直にスペースを開けて、ジンをそこに入れ、その後、寄りかかってきた。
 これまでベットで密着することはあっても、スウェット越しだった。
 肌が触れ合うのは、実は今が始めてた。
 湯の力を借りてふわっと抱きしめると、骨が浮き出た背骨や脇腹の感触が伝わってきた。
 ジンの腕の中に、すっぽり入ってしまう。
 驚きの小ささだ。
「彼方サン。今更言うのも何だけど、向き合って入ってもよかったし、彼方サンが十分に温まってるんなら、あんただけ先に出るって手もあったってことを言っておく」
「それも考えた上でのこれだからいい」
「あぁら、感激」
「けど、その、棒読みだけは止めて欲しい」
 二人して笑いあった。
 ようやくいつもの雰囲気が戻ってきたなとジンが思っていると、急に彼方が振り返って、唇を寄せてきた。
 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 出会った日の夜、同衾しようとすれば戸惑われ、キスしようとすれば、無意識に手で突っぱねようと抵抗したあの彼方が、自ら……。
 ジンは半ば呆然とし、髪をかきあげながら言う。
「どうした、今日?」
 聞くと、彼方は湯船から腰を上げる。
「別に普通」
 困ったことに、ジンの目の前に彼方の尻がドアップだ。
 肉の少ない平坦な子供のような尻に、思わずかじりつきたくなる。
 洗面所で身体を拭いて出て行きかける彼方に声を縣ける。
「フルーツティー。冷蔵庫」
「うん。ありがと」
「礼を言いたいのは、こっちだって」
 彼方が居なくなってから、ジンは小声で呟く。
 こんな、じわじわくる幸せは初めてだった。
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