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第二章

13:なんで、僕のズボンに入れるんだよ!!

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「昨日、どっちから来たんだっけ?」
 家の正面は左右に走る一本道。なのに、分からない。
「地図」
 携帯を出そうとして、すでに止められていることに気づいた。
「この道を下ればいいのかな?迷ったら、車を止めて聞こう」
 もたもたしていたら吹雪がまたやってきて、靴が濡れてしまいそうだ。 
 雪道を踏んで歩き始める。
 無意識に唇を抑えていた。
 それも、しょうがない。
 大型犬にでも噛まれるみたいにして、初めてを奪われたんだから。
 腹が減って、寒さに震えるようになれば、そんな感覚、すぐにでも忘れる。
 むき出しの耳が冷気に触れてジンの家から離れるごとに、温かく大きな手で耳を押さえてもらった感触が強くなる。
 それだって、きっと、そのうち。
 木に積もった雪が、バサバサと落ちる音がする。
 唐突に鳴く鳥の甲高い声も。
 吐き出す息が白かった。
「こんなにいい天気なのに」
 まるで、世界に自分一人みたいだ。
 十分程歩いて、ようやく他人が出す音を聞いた。
 エンジン音だ。
「車だ。あれ、軽トラック?」
 こちらに向かってやってくる車の運転席には、見覚えのある男が座っていた。
 夜中に寝ぼけて彼方を羽交い締めをしてきた男だ。
 車はスピードを緩めた。
 そして、彼方の隣でぴったり止まって、運転席の男が助手席の窓を開ける。
 そこには、バスケットが置かれてあって、はちみつだろうか、黄色い粘度の高そうな液が入った瓶や卵がこんもり入っていた。
「何してんの?」
とジンが聞いてくる。
「……帰ろうかと」
「ふうん」
 会話は、即、終わってしまった。
 だが、運転席の男は、彼方の行動にあきらかに不満顔だ。
「だって、話と違うって昨日怒ってただろ?」
「固くてちょっと抱き辛い枕だなあって言った覚えはあるけど、怒ってはいないぜ?」
「それだけじゃ済まないって分かっている。だから、追い出される前に出ていく。昨日、迎えに来てくれてありがと。フルーツティーも美味かった。あと、風呂も。洗濯してもらったことも。与えてもらってばっかりで何もできない上に、このダウンジャケットもくれるって言ったから貰っていく。返せるなら返そうと思ってるけど。じゃあ」
 荷台にある濡れてびしょびしょになった紙袋を素早く手繰り寄せて歩き出すと、
「おい。彼方」
とジンが呼びかけてきた。
 でも、無視する。
 これ以上、話をしようがない。
「彼方。彼方って」
 しつこくジンは言った後、クラクションを派手に鳴らした。
 流石に彼方も振り返って叫ぶ。
「何?!」
「駅、行くのか?」
「繁華街に出たい」
「だったら、甲斐大泉駅に一度出ないといけない。けど、思いっきり逆方向」
 してやったりな顔のジンが気に食わなくて、踵を返し、車の横を駆け抜ける。
 ズボンがスレて、カサカサいっているのが気になった。
 小走りに駆けながらそこに手を入れると、封筒が出てきた。
「これ、昨夜の」
 中は現金の感触がある。
 振り向くと、ジンがこっちを見ていた。
 彼方は、カッとなって封筒を頭上に掲げ、激しく振った。
「なんで、僕のズボンに入れるんだよ!!」
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