54 / 129
第四章
54:俺が泣かなくてすむようにしないとな、って言ってくれたけれど
しおりを挟む
その思いは日に日に強くなるのだが、きちんとした手応えは未だ得られていない。
「はあはあ」と激しく息をして、ルルは木人の前にひざまづく。
「ウォルト様って方が王都からこの近くの街まで来ているようだけど、到着はいつになることやら。本当に強いのかな?」
剣の強い魔法使いなど、ひらひらしたローブを羽織った細面の、つまりアスランと似たようなタイプしか思いつかない。
綺麗になりつつある庭の端っこに椅子を持ってきて座ってルルを見ていた精霊は、そこから飛び降りて剣を激しく振る仕草をしてみせ、最後に突き刺す真似をした。
「そうか、強いのか」
別に嘘を付く必要は無いのだから、本当なのだろう。
「ねえ。ウォルト様って、アスラン様を王宮から追い出した方なんだろ?再会して大丈夫なのかな?アスラン様は怒ってないように見えるけれどそれは実はうわべだけで、顔をあわせた瞬間、一触即発な状況になったりしない?」
すると、精霊は大丈夫というようにうなずく。
「王宮で、何があったのさ?アスラン様は話したくないみたいだから、聞かずにはきたけれど」
自分は君の主なのだから、話すべきことは話せ。できることは何とかする。
と彼は言ってくれた。
しかし、自分はあなたの側仕えなのだから、 話すべきことは話せという図式は成り立たない。支配と被支配の関係にある限り、一方通行の事柄はいくらでもある。
でも、そういう壁を乗り越えてでも知りたいのだ。
相手がアスランだから。
突き動かす感情が一体どういう種類のものなのか、未だに名前が付けられていない。
さすがに言葉を持たない精霊では、上手に説明ができないらしかった。身振り手振りで示してくれるが、ルルには全然わからない。
「ありがとう。自分から聞くよ。俺がそれぐらい価値のある男になれば、主だって語ってくれるはず。……なれるかな?」
精霊の返答を待たず、ルルは立ち上がって、木人に向かって剣を振った。
闇雲に。
何時間も。
そして、そんなもやもやとした日々をすごしている家に、翌日に月狂いの夜を控えていた。
今朝は、久しぶりにホズ村の夢を見た。
魔法酒場の店主が月狂いの夜にルルに折檻をする夢だ。
もうホズ村から何千キロと離れているのに、未だにあの男の夢を見る。
月狂いの夜であってもなくても、どやされ、蹴られ、罵倒され、何度もひどい目にあってきた。
あと、何度この夢を見たら、嫌な目覚めから開放されるのだろうか。
強くなったら乗り越えられるだろうか。
こんなにも気分が落ちるのは、明日に月狂いの夜を控えているせいだ。
「主……明日って気づいているのかな?」
ルルは、鞘に収めた剣を抱きしめながら木人にもたれた。
「俺が泣かなくてすむようにしないとな、って言ってくれたけれど、あの様子では期待しない方がいいか」
アスランは、ゴート城入りして以来、魔法書への執筆の手を緩めない。
まるで、近々に締め切りがあるような急ぎっぷりだ。
当面は旅の予定はない。
予定があるとすれば、ウォルトという従兄が客人を伴ってやってくるぐらい。それも、一週間先なのか、二週間先なのかわからない。
アスランは、ひどいときは、ルルが食事を持っていっても、そのことに気づかない。
下げにいけば、空になっているので食べてはいるのだろうが、本人は食事を取っている感覚すらないに違いない。
もしかしたら、ルルという側仕えを雇ったということも、今の没頭ぶりだと忘れてしまっているかもしれない。
ルルは、長い溜息を付きながら、ヘソの下を擦る。
わずかだが、反応が始まっているのが分った。沸騰間際のお湯のようなそんな感覚があるのだ。明日の朝には、それはもっと顕著になるはずだ。
月を経るごとにそれは強くなっているみたいなのだ。
それが年齢によるものなのか、それとも別の原因があるのかは、はっきりしない。
「はあはあ」と激しく息をして、ルルは木人の前にひざまづく。
「ウォルト様って方が王都からこの近くの街まで来ているようだけど、到着はいつになることやら。本当に強いのかな?」
剣の強い魔法使いなど、ひらひらしたローブを羽織った細面の、つまりアスランと似たようなタイプしか思いつかない。
綺麗になりつつある庭の端っこに椅子を持ってきて座ってルルを見ていた精霊は、そこから飛び降りて剣を激しく振る仕草をしてみせ、最後に突き刺す真似をした。
「そうか、強いのか」
別に嘘を付く必要は無いのだから、本当なのだろう。
「ねえ。ウォルト様って、アスラン様を王宮から追い出した方なんだろ?再会して大丈夫なのかな?アスラン様は怒ってないように見えるけれどそれは実はうわべだけで、顔をあわせた瞬間、一触即発な状況になったりしない?」
すると、精霊は大丈夫というようにうなずく。
「王宮で、何があったのさ?アスラン様は話したくないみたいだから、聞かずにはきたけれど」
自分は君の主なのだから、話すべきことは話せ。できることは何とかする。
と彼は言ってくれた。
しかし、自分はあなたの側仕えなのだから、 話すべきことは話せという図式は成り立たない。支配と被支配の関係にある限り、一方通行の事柄はいくらでもある。
でも、そういう壁を乗り越えてでも知りたいのだ。
相手がアスランだから。
突き動かす感情が一体どういう種類のものなのか、未だに名前が付けられていない。
さすがに言葉を持たない精霊では、上手に説明ができないらしかった。身振り手振りで示してくれるが、ルルには全然わからない。
「ありがとう。自分から聞くよ。俺がそれぐらい価値のある男になれば、主だって語ってくれるはず。……なれるかな?」
精霊の返答を待たず、ルルは立ち上がって、木人に向かって剣を振った。
闇雲に。
何時間も。
そして、そんなもやもやとした日々をすごしている家に、翌日に月狂いの夜を控えていた。
今朝は、久しぶりにホズ村の夢を見た。
魔法酒場の店主が月狂いの夜にルルに折檻をする夢だ。
もうホズ村から何千キロと離れているのに、未だにあの男の夢を見る。
月狂いの夜であってもなくても、どやされ、蹴られ、罵倒され、何度もひどい目にあってきた。
あと、何度この夢を見たら、嫌な目覚めから開放されるのだろうか。
強くなったら乗り越えられるだろうか。
こんなにも気分が落ちるのは、明日に月狂いの夜を控えているせいだ。
「主……明日って気づいているのかな?」
ルルは、鞘に収めた剣を抱きしめながら木人にもたれた。
「俺が泣かなくてすむようにしないとな、って言ってくれたけれど、あの様子では期待しない方がいいか」
アスランは、ゴート城入りして以来、魔法書への執筆の手を緩めない。
まるで、近々に締め切りがあるような急ぎっぷりだ。
当面は旅の予定はない。
予定があるとすれば、ウォルトという従兄が客人を伴ってやってくるぐらい。それも、一週間先なのか、二週間先なのかわからない。
アスランは、ひどいときは、ルルが食事を持っていっても、そのことに気づかない。
下げにいけば、空になっているので食べてはいるのだろうが、本人は食事を取っている感覚すらないに違いない。
もしかしたら、ルルという側仕えを雇ったということも、今の没頭ぶりだと忘れてしまっているかもしれない。
ルルは、長い溜息を付きながら、ヘソの下を擦る。
わずかだが、反応が始まっているのが分った。沸騰間際のお湯のようなそんな感覚があるのだ。明日の朝には、それはもっと顕著になるはずだ。
月を経るごとにそれは強くなっているみたいなのだ。
それが年齢によるものなのか、それとも別の原因があるのかは、はっきりしない。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる