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第四章

54:俺が泣かなくてすむようにしないとな、って言ってくれたけれど

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 その思いは日に日に強くなるのだが、きちんとした手応えは未だ得られていない。
「はあはあ」と激しく息をして、ルルは木人の前にひざまづく。
「ウォルト様って方が王都からこの近くの街まで来ているようだけど、到着はいつになることやら。本当に強いのかな?」
 剣の強い魔法使いなど、ひらひらしたローブを羽織った細面の、つまりアスランと似たようなタイプしか思いつかない。
 綺麗になりつつある庭の端っこに椅子を持ってきて座ってルルを見ていた精霊は、そこから飛び降りて剣を激しく振る仕草をしてみせ、最後に突き刺す真似をした。
「そうか、強いのか」
 別に嘘を付く必要は無いのだから、本当なのだろう。
「ねえ。ウォルト様って、アスラン様を王宮から追い出した方なんだろ?再会して大丈夫なのかな?アスラン様は怒ってないように見えるけれどそれは実はうわべだけで、顔をあわせた瞬間、一触即発な状況になったりしない?」
 すると、精霊は大丈夫というようにうなずく。
「王宮で、何があったのさ?アスラン様は話したくないみたいだから、聞かずにはきたけれど」
 自分は君の主なのだから、話すべきことは話せ。できることは何とかする。
と彼は言ってくれた。
 しかし、自分はあなたの側仕えなのだから、 話すべきことは話せという図式は成り立たない。支配と被支配の関係にある限り、一方通行の事柄はいくらでもある。
 でも、そういう壁を乗り越えてでも知りたいのだ。
 相手がアスランだから。
 突き動かす感情が一体どういう種類のものなのか、未だに名前が付けられていない。
 さすがに言葉を持たない精霊では、上手に説明ができないらしかった。身振り手振りで示してくれるが、ルルには全然わからない。
「ありがとう。自分から聞くよ。俺がそれぐらい価値のある男になれば、主だって語ってくれるはず。……なれるかな?」
 精霊の返答を待たず、ルルは立ち上がって、木人に向かって剣を振った。
 闇雲に。
 何時間も。
 そして、そんなもやもやとした日々をすごしている家に、翌日に月狂いの夜を控えていた。
 今朝は、久しぶりにホズ村の夢を見た。
 魔法酒場の店主が月狂いの夜にルルに折檻をする夢だ。
 もうホズ村から何千キロと離れているのに、未だにあの男の夢を見る。
 月狂いの夜であってもなくても、どやされ、蹴られ、罵倒され、何度もひどい目にあってきた。
 あと、何度この夢を見たら、嫌な目覚めから開放されるのだろうか。
 強くなったら乗り越えられるだろうか。
 こんなにも気分が落ちるのは、明日に月狂いの夜を控えているせいだ。
「主……明日って気づいているのかな?」
 ルルは、鞘に収めた剣を抱きしめながら木人にもたれた。
「俺が泣かなくてすむようにしないとな、って言ってくれたけれど、あの様子では期待しない方がいいか」
 アスランは、ゴート城入りして以来、魔法書への執筆の手を緩めない。
 まるで、近々に締め切りがあるような急ぎっぷりだ。
 当面は旅の予定はない。
 予定があるとすれば、ウォルトという従兄が客人を伴ってやってくるぐらい。それも、一週間先なのか、二週間先なのかわからない。
 アスランは、ひどいときは、ルルが食事を持っていっても、そのことに気づかない。
 下げにいけば、空になっているので食べてはいるのだろうが、本人は食事を取っている感覚すらないに違いない。
 もしかしたら、ルルという側仕えを雇ったということも、今の没頭ぶりだと忘れてしまっているかもしれない。
 ルルは、長い溜息を付きながら、ヘソの下を擦る。
 わずかだが、反応が始まっているのが分った。沸騰間際のお湯のようなそんな感覚があるのだ。明日の朝には、それはもっと顕著になるはずだ。
 月を経るごとにそれは強くなっているみたいなのだ。
 それが年齢によるものなのか、それとも別の原因があるのかは、はっきりしない。
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