上 下
157 / 169
第七章

157:二人して楽しそうだね。デート?

しおりを挟む
 恵風が、薫風を迎えに来たときはいつも立ち話をする。
 今回はちょっと特殊な誘いに、尚に興味が湧く。
「じいちゃんちも和菓子屋なのか?」
「いや、上野の甘味処。老舗だぜ?」
 店名を聞くと、そこは、時雨と以前行ったことのある甘味処だった。
「どうする?」
 避ければいつまでも時雨を気にしていることになる。
「……行こうかな?」
 迷いながら、返事をした。
 いつも通り、翠雨の銭湯の掃除のバイトをし、氷雨の神社の御神地の収穫を手伝った後、恵風と待ち合わせて上野に向かった。
 翠雨に今日時間はあるかと言われたが、この予定があるので断っていた。
 上野恩賜公園の近くにある店は、夜になるとライトアップされて、歴史を感じさせる和風建築の外観が余計際立って綺麗だ。
 尚と恵風が案内されたのは江戸時代の内装が一部残る旧館だった。
「あ、ここ……」
「何だ、来たことがあるのか?」
「いや。こっちは始めて」
 尚は首を振る。そして、少ししどろもどろになる。
「来る予定があったんだけどさ、結局無しになっちゃって」
「ふうん?」
「何だよ」
「誰と行こうとしてたのかなって思っただけ」
 店内はすでに混み合っていた。
 日本各地にお得意様がいて、みんなこの日を楽しみにしているそうだ。
 やがて、お皿にのせられて、ハムスターみたいな楕円の形のおはぎが運ばれてくる。
 手捏ねのおはぎは、米の粒の食感がはっきり分かる食べごたえのあるものだった。
 きな粉は砂金みたいに細かく黄金色で、あんこは粒が大きく黒々としている。
「美味いっ」
 尚は思わず唸った。
「だろ」
と恵風は得意顔だ。いつも飄々としてるので、こういう表情は珍しい。
「今ままで食ったおはぎの中で一番だ」
「お前、今日、よく喋るね」
「恵風こそ、笑顔。レアすぎ」
 向かい合って食べていると知った声がした。
「悪尚じゃないか。最近、付き合いが悪いと思ったら」
 入り口に立っていたのは翠雨、氷雨、そして、時雨だった。
 高位神が三人もやってきたので、恵風は一気に緊張したらしい。急に無口になる。
 尚は、時雨の姿を盗み見した。
 恵風と一緒にいるところを見られて、なんだかバツの悪い気分だった。
 しかも、ここは今度は予約を取って旧館に行こうと時雨と約束した場所だ。
 動揺した自分に次第にムカムカしてきた。
「別にいいじゃねえか。守られない約束だったんだし」
と尚はそっぽうを向いて呟く。
 店はかなりの混雑で、尚たちの近くの席しか空いていない。
 そこに案内された時雨は、椅子に座りながらあっさりした様子で、
「二人して楽しそうだね。デート?」
と訪ねてきた。
 なにそれ?
 動揺してくれとまでは言わない。
 一瞬、表情ぐらい変えてくれてもいいじゃねえか、と思う。
 なんだよその、尚に、相手が見つかったみたいでよかったみたいな安心しきった顔。
「混んできた。上で食おう」
 恵風が急に席を立ち上がり、回り込んで来て尚の手を取る。
 何十回も会っていても、その行為は始めての経験だった。
「失礼します」
 上で食おうと言ったくせに、食べかけのおはぎは机の上に置いたまま。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

絶対服従執事養成所〜君に届けたいCommand〜

ひきこ
BL
少数のDomが社会を支配する世界。 Subと診断された者にはDomに仕える執事となるため英才教育が施され、衣食住が保証され幸せに暮らす……と言われているのは表向きで、その実態は特殊な措置によりDomに尽くすべき存在に作り変えられる。 Subの少年ルカも執事になるほかなかったが、当然そこには人権など存在しなかった。 やがてボロボロに使い捨てられたルカと、彼のことをずっと気にかけていた青年との初恋と溺愛とすれ違い(ハッピーエンド)。 ◆Dom/Subユニバース設定の世界観をお借りしたほぼ独自設定のため、あまり詳しくなくても雰囲気で読んでいただけるかと思います。ハードなSM的描写はありません。 ◆直接的な描写はありませんが、受け・攻め どちらも過去にメイン相手以外との関係があります。 ◆他サイト掲載作に全話加筆修正しています。 ※サブタイトルは試験的に付けており、変更の可能性があります ※表紙画像はフリー素材サイトぴよたそ様よりお借りしています

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました

あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。 一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。 21.03.10 ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。 21.05.06 なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。 21.05.19 最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。  最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。  最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。 23.08.16 適当な表紙をつけました

タイは若いうちに行け

フロイライン
BL
修学旅行でタイを訪れた高校生の酒井翔太は、信じられないような災難に巻き込まれ、絶望の淵に叩き落とされる…

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

処理中です...