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第七章

139:立派に神体が出来上がっている

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 やったことといえば、カルピスの原液が無くなったのでスーパーに買い出しに行かされたこと。
 あとは、神様郵便からの小包の受け取り。丈夫な白紙の大きな封筒で、触ると冊子のような硬いものが入っている。
 発送人は『上』。
「達筆な字だ」
 宛先には時雨の家の住所が書いてあるが、受取人欄は空欄。
「これは何?」
 氷雨と翠雨にこんな届け物があったと連絡し、居間の棚に置いておく。
 時雨の依代にまとわりつく青色の方はといえば、かなり大きくなった。成人男性の胴体ぐらいだ。
 そこから手足が生え、頭部も付くらしい。
 なんか、逆再生みたいでシュールだ。
 やがて、さらに数日たつと、本当に青白い手足がうようよと動き始めた。
 翠雨から初めて蚊帳の中に入っていいと言われ、はっきり形ができあがりつつある胴体を覗き込むと、青い心臓や肺などの臓器が蠢いている。
 そこからの展開は早かった。
 青白い肌は、生者の肌の色へと変わっていき、目鼻立ちもはっきりしてきた。
 尚が声を掛ければ、まつげが震える反応だってある。
 さらに数日が過ぎ、蚊帳が外された。
 結界ももういらないようだ。
 その日も、尚はカルピスの原液を買いに行かされていた。氷雨も翠雨も濃いのを飲みたがるのだ。コップの半分が原液なんじゃないかというぐらい。
 夏の暑さは大分和らいできた。 
 なんやかんやでもう九月も半分も来ている。
 母親の死、教祖と藤井久子を刺したこと、そして、自分の死。
 全てに現実感が持てないまま時間だけが無く過ぎていく。
「いいのかな、こんなんで」と翠雨や氷雨に度々相談するのだが、彼らは聞いてくれはしても答えは出してくれない。
 いっそ、誰かに「ああしろ」「こうしろ」と命令された方が楽だった。
 救世教団にいたときみたいに。
「ただいま」
 居間に戻る。買ってきたカルピスをひとまず台所に持って行きかけて、座敷に敷かれた布団の上で誰かが起き上がっているのを視界の端が捉えた。
 振り向いてよく見ると、白い浴衣を着た茶色い髪の男がテトラポットみたいな形をした大きなクッションに背中をもたせかけている。
 眩し気な顔で尚を見ていた。
 家の中に入ってくる僅かな自然光でも、まだ、目が慣れないようだ。
「時雨さんっ!!」
 尚は買い物袋を投げ出して、座敷へと駆け出す。
 そして、その身体へと飛び込んだ。
 二人して布団に転がる。
 時雨が尚の腕の中で笑っていた。
「ごめん。俺っ」
「ううん。構わない。依代が身体に合ったようでよかった。立派に神体が出来上がっている」
「それは時雨さんが一生懸命してくれたおかげだって。なのに俺……」
「僕の余計なお世話だった。改めてごめんね。人間の尚を僕の世界に連れてきてしまって」
 時雨は沈みこんでいる。
  うれしいのは自分だけのようだ。
 自分が依代を得て完全な神様になった日、荼毘に付された尚の遺骨を持って帰ってきた時雨と言葉を交わしたときもそんな感じだった。
 尚は時雨をゆっくりと起こした。
 背中にクッションを当ててやる。
「悪いね」と時雨が言う。
「俺はもうこっちの世界で時雨さんたちと生きていくって覚悟を決めてるんだけど」
「そう」
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