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第六章

124:飛騨の救世教団の本部だ

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「謝れば……許してくれるか?」
 途切れずシャワーの音がする洗い場で尚は時雨を見つめる。
「そういう尚も最高だよ」
 性器を握る手を尚は早めた。
 やがて、腰が浮くような感覚がやってくる。
 早く、早く。
 命令して。
 いけって言って。
 恥ずかしさの中、時雨を盗み見すると、唇が音を発せようとしていた。
 この先のことはなんとなく分かる。
 ようやくいけて感極まって、またキスをして。
 そのあと、勇気を出して申し出たのだ。
 薬を塗ってくれと。
 落ち窪んだ左目に。
 そして、だいたいの話はそこで終わる。

 ふと、顔を上げると明るい場所にいた。
 木の幹にもたれて、リュックを抱きかかえて尚は座っていた。
「俺……何で、外に」
 風呂で恥ずかしい行為をし終わった後、時雨に左目に薬を塗ってもらって、新しい浴衣を時雨が着付けてくれて……。そこで記憶は途切れている。
 どうやってここにたどり着いたのか、全く思い出せない。
 目の前ではたくさんの人が通り過ぎて行く。彼らの行き先は巨大な建物のようだ。
 見たことがある。
 ここは十万人が収容できる大ホール。
「飛騨の救世教団の本部だ」
 尚は立ち上がった。あたりを見回してみる。
「時雨さん?」
 先程まで濃い時間を一緒に過ごしていた男がいない。
「俺、救世教団に潜入した後、疲れ果てて夢を見ていたのか?確か、狭間って場所に連れて行かれて……」
 尚は抱きかかえていたリュックのファスナーを開ける。
 白木の短刀と携帯が入っているのが見えた。
 日付を確認する。
 星天祭の日だ。
 だが、間もなく時間は夜に差し掛かろうとしてる時間帯だった。
 なのに、真昼のような明るさだ。
 考え込んでいる尚の側を、たくさんの信者が通り過ぎていく。
 皆、楽しそうだ。
 幸せで堪らないという顔をしている。
「あの。今日って?」
 念のため聞いてみると、瞬時に返事が帰ってきた。
「星天祭ですよ!」
「そうです。教祖様の誕生を祝う星天祭」
「何、言ってるんですか?おかしな質問しないください」
 皆、口調はきついのに、笑顔。しかも、ハンコで押したように唇の端を同じ角度でつり上げた笑顔をしている。
 ホールの入り口に出てきた関係者が拡声器を使って案内を始めた。
「間もなくですよー!間もなく星天祭が始まりますよー。急いでください!」
 周りが、軍隊のようにザッ、ザッと揃った足音をたてて走り始める。
 しかも、先程の張り付いた笑顔のまま。
 脱会擦る前までは尚は十年近く教団本部の寮に母親とともに住んでいた。だから星天祭は何度も体験している。
 あの頃の自分は、きっとこんな不自然な笑顔だったに違いない。
「気持ちが悪い」
 やや大きな声で独り言を言うが、誰一人反応しなかった。
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