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第六章

108:再入信にあたっての尚さんの決意表明をお願いします

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 耳元で女性アナウンサーのような声が響く。
 イヤホンをされてるようだ。
 男がマイクを尚の口元に持ってきた。
「……佐伯、尚、……です」
 まるで誰かに言わされているような感覚だった。
 出されたドリンクに強力な薬が混ぜられていたのか、それとも酸素マスクに仕込まれていたのか。
『なぜ、ここにやって来たのか答えてください』
「再入信のために来ました」
『なぜ、脱会した救世教団に戻ろうとしたのか答えてください』
「世間は冷たく、救世教団を離れて教祖様の暖かさを知ったからです」
 すると、男がマイクを自分に向けて話し出す。
「みなさん。この若者は、俗世にまみれましたが、改心し、救世教団に戻って参りました。教祖様を心から慕い一生を教団のために尽くすと言ってくれました。尚さんは、以前、教団にいた頃も、不真面目な信者では無かったのですよ。むしろ、その逆です。お母様の勧めもあって十二歳の頃に腎臓を、十五歳の頃には左目の眼球を献金代わりに差し出しました」
『母の勧めもありましたが、最終的には自分の意思でした、と伝えてください』
とイヤホンからまた声がする。
 そして、口元にまたマイクが。
「最終的には自分の意思です。腎臓と眼球は一個ずつ無くなりましたが、教団に尽くせたことは僕の最高の体験でした。少しも惜しいとは思いません」
「素晴らしい。信者の鏡ですね」
と男が言った。
 そして、背後のスクリーンに尚が映し出された。
 半生記のようだ。幼少の頃、飛騨の宗教本部で取られた写真、今朝そこにやってきた自分の動画、そして、門前仲町のボロアパート内部。まだ荷物が置かれている。引っ越し前だ。
 部屋なんていつ撮りやがったと尚は呻いた。
 当然、男はその声をマイクでは拾ってくれない。
『再入信にあたっての尚さんの決意表明をお願いします』
「……」
『お願いします』
 クソッ。
 相手は相当策を練っているようだ。何通りもあるのかもしれない。
 だが、こちらはシンプルに一つだけ。
「僕は、もう片方の目も献金代わりに捧げようと思います」
 尚が言い切ると、会場がざわつく。
 まるで、波のようだった。
「気持ちは変わらないのですか?それは、目が見えなくなることなんですよ?」
「これからは心の目で見ます。楽しみです」
「本当に、いいのですか?すぐに手術を始められるよう、医師団が待機しています」
「構いません」
 マイクを引こうとする男に、尚は何とか身体を起こしてくらいつく。
「だから、教祖に会わせてください。今、ここで」
「それは、後日時間を取ってじっくりと」
 終始笑っている男の目が冷たく光る。
 余計なことを言うんじゃない、馬鹿野郎がとでも言いたげな瞳だ。
「これから手術が始まるんでしょう?その前に教祖様の顔を」
「心の目で見ましょう。時間をたっぷり取ってくださるそうですから」
「手術前にもお顔を見たいのです。許されるのならば、抱擁も」
「ですから、尚さん」
 男は困り顔だ。会場もざわめきが大きくなり始める。
「大きな物を捧げれば、大きな喜びが帰ってくると教祖様に教わりました。実は僕、腎臓を捧げたときも、左目を捧げたときも教祖様とはお会いできていません。視力を完全に失ってからお会いするなんて悲しすぎるし、矛盾しています」
 こうまで言えば、教祖は尚を会わざるをえない。
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