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第五章

71:俺、普通に過ごしている

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「タオルをかぶっているから平気だ。眼帯の予備もロッカーにあるし」
「なら。こっち」
 時雨が尚を自然と抱き寄せ、抱えあげた。
 頭から被ったバスタオルを手で押さえていたので、反射的に時雨の身体に尚の足が絡む。
 すいすいと時雨が泳ぎだす。
「尚は水を怖がらないね」
「昔、川遊びはさせてもらえたんだ。タダだから」
「ある意味貴重。都会の子は、そういうのしたことがないから、いざ、川遊びを始めるとはしゃいで大惨事を起こす」
「俺、バスタオルを被っておばけみたい」
「可愛いおばけだよ」
「よくアニメにシーツをかぶったようなおばけ出てくるよな?あれって中身どうなってるんだろ?透明なのかな?」
 自分の場合はめくったら醜悪なものが出てくる。
 精神までめくれるならもっとだ。
 深刻な顔をしていたらしい。
 時雨が顔を覗き込んでくる。
「プールから上がったら、神様スタンプいくつか消そうか。昼に支度しているときに開いたらね、また新しいのが出来てた」
「はは。大股開きをやらかしたことかな?それとも、眼帯が外されてて喚いたことかな。もしくは時雨さんの足で……」
「その不幸、買い取るよ。全部」
「売らないよ。小っ恥ずかしいけれど、すっきりしたらこの夏の思い出まで消えちゃう。こういうのって感情込みのものだろ」
「じゃあ、他のを売って。尚が小さい頃の不幸。それを僕はどんどん買い取る。いいでしょ?」
「そのうち。痛っ」
 頭に何かトンッとぶつかってきた。
「今、翠雨がビートボールをぶつけてきた。あ、氷雨もプールに入った。大丈夫かな、あんなに酔っていて」
「眼帯取ってこようかな。まだまだ遊びたいし」
「うん。待ってる」
 時雨が尚をプールサイドに上げてくれた。
 眼帯が無かったら気が狂うと思っていた。
 そんなこと全然、無かった。
 時雨の前でも、タオルは被っていたけれど普通でいられた。
「俺、普通に過ごしている」
 プールを見ると、氷雨と翠雨が「悪尚、早く!」と言いながらさっそくビーチボールで遊んでいる。
 プールサイドに浮かんで両腕を折って枕にし顔を乗せていた時雨と目が合って、彼がひらっと手を振ってきた。

 決行三日前。
 それも、もう夕方だ。
 尚は一人で借りていたアパートに来ていた。
 昼ぐらいからずっとバタバタしていた。
 ボロアパートに空き巣被害があって、尚の部屋にも入られたのだ。
 見知らぬ番号から携帯に電話がかかってきて、あまりにもしつこく鳴らすものだから出たら深川警察署だった。
 立ち会いで現場検証され、ついでに尚も指紋を取られた。
 なんでこんなタイミングで。
 しかも、金目のものなど無さそうなボロアパートに?
 プロの空き巣ではなさそうだと警察も言っていたけれど、気味が悪いのはたしかだ。
 最後にケチが付いた。
 いや、こんな部屋、ケチしかつけようがないのだが。
 時雨と出会った晩のことだけはいい思い出にしておきたかった。
 それでも、退去者専用のゴミ捨て場に、粗大ゴミのシールを貼り、コタツテーブルと布団を一組出せば、空き巣の気持ち悪さは薄れていく。
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