上 下
54 / 169
第四章

54:俺、これから死ぬ流れですかね?あと少し生きたいんですけど

しおりを挟む
 畳に突っ伏し、尚は呻くように言った。
「酒のせいで昔を思い出しちゃったみたいで」
「救世教団にいたときのことをか?」
 尚は顔を上げる。
「俺は時雨さんに、新興宗教組織にいたとは言ったけれど、名前までは告げていない」
 すると、時雨が「ふっ」と笑う。
「あの大股開きの罰。脱会した信者が虐待として訴えて、何件も裁判になっている」
「……そんな、いつ?何で、氷雨さんはそんなことを知っているですか?」
 尚はニュースをあまり見ることがない。
 物心ついた時に、母親が救世教団に入信し、テレビは捨てられてしまった。
 脱会してから少しは見ることもあったが、バラエティの馬鹿騒ぎもドラマも楽しめなかった。
 携帯にも、政治家の贈収賄やサッカーのワールドカップの話題が流れてくるが、別世界の話は興味が持てない。
「それは、俺が神様だからだ。情報を集めようと思えば入ってくる。だが、救世教団は政治家やマスコミとも繋がっているから、情報統制が容易だ。だから、お前の耳や目には入らなかった」
「裁判、勝ったんですか?」
「ああ。賠償金も相当額だったと記憶している」
「俺以外にも戦ってる人がいたんだ」
 尚はその声が漏れないよう口元を覆った。
「お前も物凄いトラウマになっているだろうが、まだマシな方。精神的苦痛で性器が使い物にならなくなったとか、神経組織までぶっ壊されたとか聞いたことがあるからな。虐待を他者と較べて軽い、重い言われたくないだろうし、こういう慰め方もどうかと思うが、俺はこういう言い方しか知らん。時雨は時雨でどうお前を慰めようかと思っているだろうし、翠雨は今頃、医学書でもめくってるんじゃないか?」
「……そんなの……おかしい」
と尚は呻いた。
「時雨さんにも翠雨さんにも言ったけれど、なんで、そんなに優しくしてくれるんですか?今朝のことだって、こいつ、他人の足でオナってって笑えばいいのに。昨晩のことなんて、こいつ、股開いてあそこを叩いてだなんてマゾかよって言えばいいのに」
「言われて喜ぶタイプなのか?」
「……違いますけど」
 尚は身を守るようにして両手で頭を抱える。
「せっかく銭湯連れて行ってもらって、左目のことだって心配してもらったけれど、ついてきたら殺すって捨て台詞を吐いて出てきてしまった」
「俺たちは神様で、出会うべくして出会った人間を助ける。それは息を吸って吐くのと同じぐらい意識せずに出来ることだ。お前がそれを、何か裏がある、騙されると思って俺たちの親切を受け取るのを恐れているだけ。でも、それはお前の処世術。だから、今まで生きてこれた。満身創痍でもなんとか」
「あの……満身創痍って何ですか?」
「今のお前みたいの状態。身も心もボロボロな」
 伏せたまま顔を上げられずにいると、頭に氷雨の手が置かれた。
 犬でも撫でるみたいに、ぐいぐいと撫でられる。
 時雨の優しい手とは少し違うが、これもまた気持ちがいい。
「お前は頑張って生きてきた。極論、それだけだ」
「俺、これから死ぬ流れですかね?あと少し生きたいんですけど」
「俺は死神じゃないんだが。あれは、西洋の神の担当領域」
 冗談なんか、本気なのか、一定の調子で喋る氷雨の声色では尚には分かりかねた。
「まあ、飲め」
 顔を上げると、酒のようにカルピスを勧められた。
 一口、飲んで、
「濃っ!」
「俺的にはかなり薄めたはずなんだがな。通報レベルで濃いってよく言われる」
 尚のコップに水を足し、氷雨は立ち上がる。
「お前はここでゆっくりしていろ。クレが来てうるさかったら、そこに追いやっておけ」
 時雨が示したのは、絞ったホイップクリームみたいな形をし、前面に口のような穴の空いた変な入れ物だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

処理中です...