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第四章

49:お前もしつけえな。頭がおかしいラブマ神にくっついてるだけあるわ

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 思い出したくないのに、あんな経験、どうでもいいのに。
「あ、何?ボサッとして。クソ暑いんだから早くしろ」
 挙動不審になる尚を、翠雨は変な生き物を見るような目で見ている。
 翠雨は、男湯と書いた暖簾をさらに潜りながら、
「こっち」
と尚を呼ぶ。
 中は脱衣所で、翠雨は空いている棚に脇に詰まれてあった飴色の藤の脱衣籠を突っ込んで、着ていた浴衣をさっさと脱いでいく。
 いい脱ぎっぷりだ。
 尚も仕方なく着ていた浴衣を脱いで、洗い場の中に入った。
「おおー!」
 銭湯絵はお決まりの青い富士山だったが、天井手前まで目一杯描かれていた。
 黄色いプラスチックの椅子に座り、シャワーで身体を濡らしていた翠雨が、今度は髪を濡らしながら聞いてくる。
「悪尚、こういうの好きなのか?赤富士バージョンとか、宝船とか、松島百景のとかもあるよな」
「見たこと無い」
「今度、みんなで行くか?都内の銭湯巡り。サウナもいいけど、やっぱ銭湯だよな」
「……いや、その」
 尚も翠雨から洗い場一人分離れた場所にプラスチックの椅子を置き腰掛けた。
「行くの、行かねえの?」
「約束できない」
「じゃあ、秋な」
「えっ?人の話、聞いてる?」
「何で、そこまで予定を立てたがらないんだ?口約束でいいよって言っておけばいいじゃないか」
「俺を誘ったって面白くもないだろ」
「オレは、氷雨と行きたいから悪尚を利用したいだけでーす。ラブマ神は知らん。でも、あいつ、お前を特別に扱っているのは確か」
「と、特別?それに、なにそれ、ラブマ神って」
 焦りすぎて、シャワーの湯を頭からかぶってしまった。
 シャンプーボトルは貰ったが、翠雨の側で洗髪する予定は無かった。
 眼帯をしたままでは出来ないからだ。
「だって、してねえだろ?」
「は、はあ?何を」
 尚の声が裏返る。
「何をって、セックス。あいつ、したかったらすぐ手を出すし」
 翠雨の声はもともと大きめだ。風呂場なのさらに響く。
「そのせいで、ここ十年疎遠になった。氷雨はそういう乱れたの嫌うからさ。俺も、乱交大好き時雨さんにあいつがなっちゃってちょっと引いた」
「乱交?!」
「そ、あいつ、誰でも寝ちゃう時期が続いてて。芙蓉を亡くしてショックなのは分かるけれど、氷雨から言わせれば、人間を軽んじている証拠だって」
「神様の方が偉いんじゃ?」
「対等とは言わねえけど、軽んじていいわけでもねえだろ。持ちつ持たれつの関係なんだし」
「……変なの」
「変じゃねえし」
「変だよ」
「お前もしつけえな。頭がおかしいラブマ神にくっついてるだけあるわ」
「確かに、時雨さん、変な人、いや変な神様だけどさ」
「ふうん。乱交大好き時雨さんがショックなのか」
「違う!」
「安心しろって。あいつ、元は一途だからさ。愛した相手が人間なのが初めてで、死なれたのも初めてだったから、衝撃が収まんなかったんじゃね?心理学の本にはそれっぽいことが書いてある」
「人間の心理学が、神様にも適用されんの?」
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