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第三章

37:はい。確かにあなたの不幸、買い取りました。後は?

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「行ったこと無いから分からない。じゃあ、行こうよの展開は無しで」
「行こうよじゃなく、行かなきゃ、だよ?お祭りって神様に感謝する祭典だよ。あー。余計行きたくなくなるか」
 墓穴を掘ったなと思っていると、尚がまた鎖骨に顎を埋めるほどうつむく。そして、「いいよ」と言った。
「え?尚、なんて?」
「一緒に行ってやってもいいよって言ってんだよ。動画、昨日と今日の分で二つ消してくれるなら。そして、その足で帰る。毎回、結果として楽しかったし。競馬も甘味処も。それだけ」 
「おお!素尚さん!せっかくだから浴衣のいいヤツ貸すね」
「あのさ」
 昼寝から完全に目覚めたようで、かけてやったタオルケットを畳みながら尚が聞いてくる。時雨ほどテンションが高くないのが残念だ。
「その、翠雨って人、なんで俺まで誘ってくるの?いつ、俺のこと知ったの?」
 さすがに朝に猫の姿で会っているよとは言えなくて「さっき連絡したときに、お客さんがいてって尚のことをちょっと話したからかなあ」と時雨はなんとかごまかした。

「リュックは置いてきなさいって」
「いいだろ。別に」
 現在は夕方。
 時雨と尚は玄関先で言い争い中だ。
「せっかくお出かけ用の浴衣を着たのに、リュックって!!センス無さすぎ。尚のアパートは目と鼻の先でしょ。お祭りから戻ったら、リュックを持って帰ればいいでしょうが。メロン一個持たせたいし。お腹痛くするからいらないって?ちょっとずつ食べればいいでしょ。小さくカットしてタッパーに入れてあげるから」
 メロンの土産が効いたのか、尚が玄関横の靴棚の上にリュックを置いた。
「神様スタンプだけリュックから出して。人混みで並の人間だって疲れるんだから、備えておこう」
「いいって」
「よくない。二十九歳まで生きてきて、カルピス二杯目っていう不幸はぜひとも買い取る」
 そういうと、人混みに少し不安があったのが、尚は嫌そうに神様スタンプを時雨に出してきた。
 どうしてここまで嫌がる?
 楽になれるのに。
 お金だって貯まるのに。
 そこだけは尚の態度が時雨は解せない。
 時雨は、カードを開き先頭のドクロを指で押さえる。
「はい。確かにあなたの不幸、買い取りました。後は?」
「無い」
「念のためこれ、持っていくからね」
 時雨は神様スタンプカードをひらひらさせる。
「帰りは道が混む。具合が悪くなってもタクシーもなかなか捕まらない場合があるから」
「タクシー?門前仲町まで、下駄でだって歩ける」
「行くのは築地本願寺の納涼盆踊り大会だけど?歩くと四十分かかるからそれは勘弁して」
「あんた、神様設定の人だろ?!なのに、何で寺?!神様に感謝する祭典って言っていたくせに節操ない」
「だって、お祭りだよ?寺も神社も関係ないよ。それはそれ。これはこれ」
「ああ。もう!話が通じない!翠雨さんと氷雨さん、だっけ?俺、初対面の人が苦手だからあんまり会話出来ないからな」
「大丈夫。翠雨が勝手に喋って盛り上げてくれるから」
 清澄通りでタクシーを拾い、日比谷線築地駅付近で降りる。
 女性は浴衣姿も多いが、男性となるとぐっと少なくなる。
「いいよね。男同士の浴衣姿って」
とすれ違いざま女子高生の通行人らに言われ、時雨は「ほらほら。いいって」と尚に耳打ちする。
「いいのは、時雨さんだけだろ」
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