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第二章
28:俺は……そういうことされたことがない。親切めいたこと
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いや、同年代から見たら笑ってしまうような稚拙な行為なのだろうが。
下半身の付け根が活発になっていて、悔しい気分だった。
所属させられていた新興宗教では、オナニーすら固く禁じられていた。
バレたら、強烈に辱められる罰が待っていた。
脱会したのだからもう関係ないはずなのに、何度も受けた辱めのせいで恐怖のようなものが身体を未だに巣食っている。
だから、他人に身体を触られるということは、尚にとっては一大事なのだ。
「なのに、あいつは」
事情を語っていないのだからしょうがないことなのだが、尚の身体の変化にはやけに察しがいい。
昨晩だって、指がぶつかったのではなく、触れてきたのかもしれない。
引き際だって完璧で。
尚はその部分をパンツ越しにそっと触る。
朝の隆起が収まるのを待ってようやく起き出した。
蚊帳をめくって這い出す。
夜には閉まって引き戸が全て空けられていて、縁側と手入れされた緑の庭が見えた。
長方形の庭は灰色がかった玉砂利が敷き詰められていて、紅葉の木が右奥にポツンと植わっている。余計なものを削ぎ落とした洗練された絵みたいな。
今は夏なので紅葉も青いが、秋も深まれば綺麗な紅色に代わって、灰色の玉砂利の上に見事な彩りを添えそうだ。
庭は東京二十三区の一軒家には珍しい駆け回れるほどの大きさだ。
隣は仏間で、扉がピッタリと閉じられた仏壇があり、棚にはメロンが二個お供えされていた。
手前には熨斗のかかったままのお中元の箱が数個積み上がっている。
仏間の隣は居間のようで、背の低い座敷テーブルには、お茶碗や箸が並べられ、焼き魚や卵焼きなどが並んでいる。そして立派な座椅子が向かい合って二個。片一方の背もたれには浴衣がかかっている。
ちゃんとした時雨の暮らしぶりを、尚は不思議な気持ちで眺めていた。
その奥は、台所だった。
背中に白いバツ印のたすき掛けをした時雨が立っていて何かを刻んでいた。
採光用のすりガラスの分厚い窓は、透明以外に赤や青のガラスもはめ込まれていてステンドグラスみたいで綺麗だ。
時代でいったら大正時代みたいに、洋風と和風が混じり合ったモダンさだ。
時雨の背中側にある元は食卓用テーブルだったらしいそこは、醤油やぽん酢などの調味料の瓶が所狭しと並んでいる。
尚の気配に気付いてか手を止め時雨が、
「おはよう。尚」
と振り返る。
「朝ごはん。ちょっと待ってね」
当然のことのように時雨が言うので、尚は一瞬、あっけにとられる。
「いや、俺、帰るし」
「あんな暑い部屋に?」
時雨が台所から、タオルで手を拭いながら出てきて、居間まで出てきて、座椅子の背もたれにかかっていた浴衣を尚に渡してきた。
「まずはお風呂入っておいで。これ、日中着の浴衣ね。僕のだけど一回しか袖を通していないからほぼ新品。着方は後で教える。朝ごはんは、食べやすい和食にしておいた。あ、風呂場は笑っちゃうほど小さいけれど、床のタイルが昔風でいい味出していると思う……尚、何で肩を震わせているの?泣いている?」
「怒ってんだよ!こういうこと、止めろって。あんたにとっては遊びでも」
時雨がじっと見つめてくる。
「教えておく。一夜限りのどうでもいい相手に、普通、翌朝のごはんは作らない。さっさと別れる」
「じゃあ、不幸絡み?もう、あんたには売らないし」
「そういう理由で朝ごはん作ったわけじゃない。昨日、一緒の時間を過ごせて楽しかったから」
「尾行が?甘味処が?」
「うん。あと、夜も。だから、尚のために朝ごはん、腕によりをかけて作った」
「俺は……そういうことされたことがない。親切めいたこと」
「なら免疫付ければ?」
「時雨教には入らないし、不幸だってこれ以上売らない」
「もしかして、僕に夢中?って聞いたらまた掴みかかってくるだろうから、クレさん紹介するね。クレさん!」
時雨が庭に向かって叫ぶと、白い猫が縁側に飛び乗って伸びをした。
片目が青、そしてもう片目が緑の見事なオッドアイだ。
「近所の銭湯で飼われている猫」
尚の側までトトトッと寄ってきて、尚の足にゴロゴロいいながらまとわりつく。
「クレさんが、よろしくって。尚、ご飯食べたら、高校野球の第一試合を見よう。その後、ちょっと僕の仕事を手伝ってくれない?」
時雨は、座敷テーブルの下から、分厚いファイルを取り出す。
「これ、不幸買い取りセンターにやってきたお客の中で、話をまとめられてない人の分。話は全部録音してあるからいつでも取りかかれる」
「……」
「なーお」
「猫みたいに呼ぶなっ」
「出来るとことまででいいんだけどなあ」
「俺にだって、やらなきゃいけないことある」
「一人分でも片付けてくれたら、とっても助かるんだけどなあ。ちなみに昼はそうめんです」
また押し切られそうな勢いだ。
「にゃおん」
白猫が鳴いて、尚を先導するように少し歩いては止まり、しっぽを優雅に揺らす。
「クレさんが、まず、風呂入れって」
と時雨が翻訳すると、白猫がその通りというようにまた鳴いた。
下半身の付け根が活発になっていて、悔しい気分だった。
所属させられていた新興宗教では、オナニーすら固く禁じられていた。
バレたら、強烈に辱められる罰が待っていた。
脱会したのだからもう関係ないはずなのに、何度も受けた辱めのせいで恐怖のようなものが身体を未だに巣食っている。
だから、他人に身体を触られるということは、尚にとっては一大事なのだ。
「なのに、あいつは」
事情を語っていないのだからしょうがないことなのだが、尚の身体の変化にはやけに察しがいい。
昨晩だって、指がぶつかったのではなく、触れてきたのかもしれない。
引き際だって完璧で。
尚はその部分をパンツ越しにそっと触る。
朝の隆起が収まるのを待ってようやく起き出した。
蚊帳をめくって這い出す。
夜には閉まって引き戸が全て空けられていて、縁側と手入れされた緑の庭が見えた。
長方形の庭は灰色がかった玉砂利が敷き詰められていて、紅葉の木が右奥にポツンと植わっている。余計なものを削ぎ落とした洗練された絵みたいな。
今は夏なので紅葉も青いが、秋も深まれば綺麗な紅色に代わって、灰色の玉砂利の上に見事な彩りを添えそうだ。
庭は東京二十三区の一軒家には珍しい駆け回れるほどの大きさだ。
隣は仏間で、扉がピッタリと閉じられた仏壇があり、棚にはメロンが二個お供えされていた。
手前には熨斗のかかったままのお中元の箱が数個積み上がっている。
仏間の隣は居間のようで、背の低い座敷テーブルには、お茶碗や箸が並べられ、焼き魚や卵焼きなどが並んでいる。そして立派な座椅子が向かい合って二個。片一方の背もたれには浴衣がかかっている。
ちゃんとした時雨の暮らしぶりを、尚は不思議な気持ちで眺めていた。
その奥は、台所だった。
背中に白いバツ印のたすき掛けをした時雨が立っていて何かを刻んでいた。
採光用のすりガラスの分厚い窓は、透明以外に赤や青のガラスもはめ込まれていてステンドグラスみたいで綺麗だ。
時代でいったら大正時代みたいに、洋風と和風が混じり合ったモダンさだ。
時雨の背中側にある元は食卓用テーブルだったらしいそこは、醤油やぽん酢などの調味料の瓶が所狭しと並んでいる。
尚の気配に気付いてか手を止め時雨が、
「おはよう。尚」
と振り返る。
「朝ごはん。ちょっと待ってね」
当然のことのように時雨が言うので、尚は一瞬、あっけにとられる。
「いや、俺、帰るし」
「あんな暑い部屋に?」
時雨が台所から、タオルで手を拭いながら出てきて、居間まで出てきて、座椅子の背もたれにかかっていた浴衣を尚に渡してきた。
「まずはお風呂入っておいで。これ、日中着の浴衣ね。僕のだけど一回しか袖を通していないからほぼ新品。着方は後で教える。朝ごはんは、食べやすい和食にしておいた。あ、風呂場は笑っちゃうほど小さいけれど、床のタイルが昔風でいい味出していると思う……尚、何で肩を震わせているの?泣いている?」
「怒ってんだよ!こういうこと、止めろって。あんたにとっては遊びでも」
時雨がじっと見つめてくる。
「教えておく。一夜限りのどうでもいい相手に、普通、翌朝のごはんは作らない。さっさと別れる」
「じゃあ、不幸絡み?もう、あんたには売らないし」
「そういう理由で朝ごはん作ったわけじゃない。昨日、一緒の時間を過ごせて楽しかったから」
「尾行が?甘味処が?」
「うん。あと、夜も。だから、尚のために朝ごはん、腕によりをかけて作った」
「俺は……そういうことされたことがない。親切めいたこと」
「なら免疫付ければ?」
「時雨教には入らないし、不幸だってこれ以上売らない」
「もしかして、僕に夢中?って聞いたらまた掴みかかってくるだろうから、クレさん紹介するね。クレさん!」
時雨が庭に向かって叫ぶと、白い猫が縁側に飛び乗って伸びをした。
片目が青、そしてもう片目が緑の見事なオッドアイだ。
「近所の銭湯で飼われている猫」
尚の側までトトトッと寄ってきて、尚の足にゴロゴロいいながらまとわりつく。
「クレさんが、よろしくって。尚、ご飯食べたら、高校野球の第一試合を見よう。その後、ちょっと僕の仕事を手伝ってくれない?」
時雨は、座敷テーブルの下から、分厚いファイルを取り出す。
「これ、不幸買い取りセンターにやってきたお客の中で、話をまとめられてない人の分。話は全部録音してあるからいつでも取りかかれる」
「……」
「なーお」
「猫みたいに呼ぶなっ」
「出来るとことまででいいんだけどなあ」
「俺にだって、やらなきゃいけないことある」
「一人分でも片付けてくれたら、とっても助かるんだけどなあ。ちなみに昼はそうめんです」
また押し切られそうな勢いだ。
「にゃおん」
白猫が鳴いて、尚を先導するように少し歩いては止まり、しっぽを優雅に揺らす。
「クレさんが、まず、風呂入れって」
と時雨が翻訳すると、白猫がその通りというようにまた鳴いた。
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