【完結】神様はそれを無視できない

第二章

26:セックスしようなんて一言も言っていない

「窒息するぐらい深いキスだからね」
「……奥」
「なら、手前か。あれ、何だこれ？硬いのが」
「それ、歯ブラシか洗顔料」
「あ、そうなんだね」
　時雨がするりと起き上がり、携帯のほのかな光を尚のリュックに晒す。　
　少しの間ゴソゴソという音がして、「へえ」と一言。
　少し遅れて、
「あ、あった。多分これだ」
と尚の元に戻ってきた。
　開いたカードは、ドクロマークでほとんど埋め尽くされている。
「尚は、誰かと一緒に遊んでみたかったんだよね？」
「違う」
「尚は、誰かと外食を楽しんでみたかったんだよね？」
「違うって」
　否定するのに、時雨は神様スタンプカードの先頭にいるドクロを二つ指で押さえ、「はい。確かにあなたの不幸、買い取りました」と言う。
　その瞬間から、この前と同じくすっと息がしやすくなって、血の巡りが良くなっていることを尚はありありと感じる。息だってしやすい。
「止めろって言ったのに」
「お詫びします。何でもいいよ」
　そう言われ、神様スタンプカードを尚のリュックに戻し再び隣に横たわった時雨の手を尚は勇気を出して腰骨へと持っていく。
　だが、時雨が沈黙したので、すぐ手を離した。
　身体をぐいっとずらし、布団から畳へと転がろうとする。
　離したはずの時雨の手が伸びてきて、再び布団へ。
「お酒、入ってないのに、今夜は素直」
「何も言ってないだろ」
「まだ言葉じゃ伝えられないところもかわいい」
「かわいいって相手を見下している証拠じゃないか」
「漢字で可能の可に愛って書くって知ってた？あいすべしって意味。かわいいの感じ方は人それぞれなんだから決めつけはよくないよ。あ、猫平気？アレルギーとか無い？」
　会話の流れから嫌な雰囲気になりそうだなと尚は思っていたので、拍子抜けした。
「猫？？」
「平気なら、クレさんが遊びに来たら仲良くしてね。オッドアイの短毛の白猫。姿が豪華だからクレオパトラ。略してクレさん」
「ネーミングセンス、凄すぎ」
「声にも元気が出てきた。だいぶ楽になったね」
「うん。だから、家、帰る」
「尚は、やっぱりかわいいね」
「は？」
「反対のことを言うからかわいい」
　尚はムキになった。
「からかうのやめてくれって前言ったよなっ！？あんたにとってこういうことは、ネットで買物するぐらい手軽なことなのかもしれないけれど、俺は経験が無いんだってっ！！」
「喜んで相手するよ？」
「死ねっ！簡単に言うなっ！何も知らないくせにっ！」
「僕は神様だけど、透視能力があるわけじゃない。語ろうともせずに、察しろは乱暴だ」
「そっくりそのまま返してやる。相手のことを知りもしないくせに、セ、セックスしようって誘ってくる奴、最低だ」
「僕、そこまで言ってない」
「はあ？」
「セックスしようなんて一言も言っていない」
　時雨は携帯を光らせ、真顔で尚に手を見せてくる。
「直接素肌を触ろうかっていう意味だった」
「この野郎！！」