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第二章
21:ラストオーダー終わちゃう
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「はい。これ、尚用の変装帽子。僕、もう被らないからあげるよ」
後部座席の中を探っていた時雨が、急にキャップを尚の頭にかぶせてきた。
夏場の直射日光を防げるのはありがたいが、この男の持ち物だと思うと、
「困る」
「いいから、いいから」
と言いながら時雨もキャップをかぶる。そして、黒縁のメガネ。
その姿はなんだか、芸能人がお忍びで街を歩いているみたいで変なオーラがある。実際、道行く女がチラチラ見ている。たまに、男もだ。
時雨が歩き出しながら、尚に携帯を見せてくる。
「千代田線湯島駅にまず行くよ。ストーカーはニ番出口を使用し、予定が無い限り十七時三十分から十八時の間に乗るらしい。顔はこれね」
携帯で見せられた男の画像は、少し目つきがきつい、だがそれだけしか特徴がない中肉中背の男だった。
「近くの業務スーパーに勤めているみたい」
尚は、何だかドキドキする。
尾行なんて映画の話みたいだ。
「湯島は初?湯島天神があるよ。あと、ドン・キホーテ」
「ドン・キホーテはどこにでもある」
ニ番出口すぐ側にあるチェーンの喫茶店前でこんなおしゃべりをしていると、
「来た」
と時雨が急に声を潜めた。
画像のあの男だ。
携帯をいじりながら尚たちの側を通り過ぎていき、ニ番出口の階段を下っていった。
全くこちらには注目していない。
「行こう」
と時雨が歩き初め、尚も後に続く。
ホームには電車が着かけていて、男は北綾瀬行きの方向に乗った。尚も時雨もぎりぎりのところで飛び乗る。
電車に乗っている間、時雨は一言も話さなかったし、尚も緊張し放しだった。
ストーカーは二十分ほど電車に乗り、北千住という駅で降りていった。そこから時雨が携帯で動画撮影を始める。
北千住の西口改札を出ると、またドン・キホーテ。
時雨が余裕が出てきたのか指さして無言で笑う。
今はユーチューバーもすっかり市民権を得たので、携帯で撮影していても誰も注目してこない。
ストーカーは商店街を通り抜け、古びたマンションへ入っていく。
エレベーターに乗られたら降りた回数が分かっても部屋番号が押さえられないなと思っていたら、ありがたいことに外階段だった。
少し距離を空けて、足音を立てないようにストーカーの後をついて登っていくと、彼は三階で階段を上がるのを止め、廊下を歩き出す。
そして突き当りの部屋のドアを空けて入っていた。
少し時間を置いてその部屋まで行った時雨は、携帯をしまう。
そして戻ってきた。
「あとはここの住所を入れて、依頼主に動画とともに送信するだけ」
と言いながら階段を駆け下りる。
「おつかれさま。尚」
「貴重な体験した」
「はは。そう言ってくれるなら付き合わせた甲斐があった。さ、上野に戻ろうか。閉店十九時だからぎりぎりかな」
時雨がちらりとゼンマイ仕掛けで動く高級感ある腕時計の盤面を見る。
帰りの電車でも特に会話は無かったが、隣座っているのが他人じゃないというだけで、尚は少しだけ嬉しかった。
相手が、頭のおかしな脅迫者でなければ、もっとよかったのだが。
贅沢を言ってられない人生だったから、ここでもそれは言わないでおこう。
「じゃあ、俺はここで」
と上野駅で電車を降りたときにそこで別れればよかったのに、時雨が「ラストオーダー終わちゃう」と尚の腕を掴んでさっさと歩き出すものだから、完全に断るタイミングを失った。
後部座席の中を探っていた時雨が、急にキャップを尚の頭にかぶせてきた。
夏場の直射日光を防げるのはありがたいが、この男の持ち物だと思うと、
「困る」
「いいから、いいから」
と言いながら時雨もキャップをかぶる。そして、黒縁のメガネ。
その姿はなんだか、芸能人がお忍びで街を歩いているみたいで変なオーラがある。実際、道行く女がチラチラ見ている。たまに、男もだ。
時雨が歩き出しながら、尚に携帯を見せてくる。
「千代田線湯島駅にまず行くよ。ストーカーはニ番出口を使用し、予定が無い限り十七時三十分から十八時の間に乗るらしい。顔はこれね」
携帯で見せられた男の画像は、少し目つきがきつい、だがそれだけしか特徴がない中肉中背の男だった。
「近くの業務スーパーに勤めているみたい」
尚は、何だかドキドキする。
尾行なんて映画の話みたいだ。
「湯島は初?湯島天神があるよ。あと、ドン・キホーテ」
「ドン・キホーテはどこにでもある」
ニ番出口すぐ側にあるチェーンの喫茶店前でこんなおしゃべりをしていると、
「来た」
と時雨が急に声を潜めた。
画像のあの男だ。
携帯をいじりながら尚たちの側を通り過ぎていき、ニ番出口の階段を下っていった。
全くこちらには注目していない。
「行こう」
と時雨が歩き初め、尚も後に続く。
ホームには電車が着かけていて、男は北綾瀬行きの方向に乗った。尚も時雨もぎりぎりのところで飛び乗る。
電車に乗っている間、時雨は一言も話さなかったし、尚も緊張し放しだった。
ストーカーは二十分ほど電車に乗り、北千住という駅で降りていった。そこから時雨が携帯で動画撮影を始める。
北千住の西口改札を出ると、またドン・キホーテ。
時雨が余裕が出てきたのか指さして無言で笑う。
今はユーチューバーもすっかり市民権を得たので、携帯で撮影していても誰も注目してこない。
ストーカーは商店街を通り抜け、古びたマンションへ入っていく。
エレベーターに乗られたら降りた回数が分かっても部屋番号が押さえられないなと思っていたら、ありがたいことに外階段だった。
少し距離を空けて、足音を立てないようにストーカーの後をついて登っていくと、彼は三階で階段を上がるのを止め、廊下を歩き出す。
そして突き当りの部屋のドアを空けて入っていた。
少し時間を置いてその部屋まで行った時雨は、携帯をしまう。
そして戻ってきた。
「あとはここの住所を入れて、依頼主に動画とともに送信するだけ」
と言いながら階段を駆け下りる。
「おつかれさま。尚」
「貴重な体験した」
「はは。そう言ってくれるなら付き合わせた甲斐があった。さ、上野に戻ろうか。閉店十九時だからぎりぎりかな」
時雨がちらりとゼンマイ仕掛けで動く高級感ある腕時計の盤面を見る。
帰りの電車でも特に会話は無かったが、隣座っているのが他人じゃないというだけで、尚は少しだけ嬉しかった。
相手が、頭のおかしな脅迫者でなければ、もっとよかったのだが。
贅沢を言ってられない人生だったから、ここでもそれは言わないでおこう。
「じゃあ、俺はここで」
と上野駅で電車を降りたときにそこで別れればよかったのに、時雨が「ラストオーダー終わちゃう」と尚の腕を掴んでさっさと歩き出すものだから、完全に断るタイミングを失った。
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