上 下
21 / 169
第二章

21:ラストオーダー終わちゃう

しおりを挟む
「はい。これ、尚用の変装帽子。僕、もう被らないからあげるよ」
 後部座席の中を探っていた時雨が、急にキャップを尚の頭にかぶせてきた。
 夏場の直射日光を防げるのはありがたいが、この男の持ち物だと思うと、
「困る」
「いいから、いいから」
と言いながら時雨もキャップをかぶる。そして、黒縁のメガネ。
 その姿はなんだか、芸能人がお忍びで街を歩いているみたいで変なオーラがある。実際、道行く女がチラチラ見ている。たまに、男もだ。
 時雨が歩き出しながら、尚に携帯を見せてくる。
「千代田線湯島駅にまず行くよ。ストーカーはニ番出口を使用し、予定が無い限り十七時三十分から十八時の間に乗るらしい。顔はこれね」
 携帯で見せられた男の画像は、少し目つきがきつい、だがそれだけしか特徴がない中肉中背の男だった。
「近くの業務スーパーに勤めているみたい」
 尚は、何だかドキドキする。
 尾行なんて映画の話みたいだ。
「湯島は初?湯島天神があるよ。あと、ドン・キホーテ」
「ドン・キホーテはどこにでもある」  
 ニ番出口すぐ側にあるチェーンの喫茶店前でこんなおしゃべりをしていると、
「来た」
と時雨が急に声を潜めた。
 画像のあの男だ。
 携帯をいじりながら尚たちの側を通り過ぎていき、ニ番出口の階段を下っていった。
 全くこちらには注目していない。
「行こう」
と時雨が歩き初め、尚も後に続く。
 ホームには電車が着かけていて、男は北綾瀬行きの方向に乗った。尚も時雨もぎりぎりのところで飛び乗る。
 電車に乗っている間、時雨は一言も話さなかったし、尚も緊張し放しだった。
 ストーカーは二十分ほど電車に乗り、北千住という駅で降りていった。そこから時雨が携帯で動画撮影を始める。 
 北千住の西口改札を出ると、またドン・キホーテ。
 時雨が余裕が出てきたのか指さして無言で笑う。
 今はユーチューバーもすっかり市民権を得たので、携帯で撮影していても誰も注目してこない。
 ストーカーは商店街を通り抜け、古びたマンションへ入っていく。
 エレベーターに乗られたら降りた回数が分かっても部屋番号が押さえられないなと思っていたら、ありがたいことに外階段だった。
 少し距離を空けて、足音を立てないようにストーカーの後をついて登っていくと、彼は三階で階段を上がるのを止め、廊下を歩き出す。
 そして突き当りの部屋のドアを空けて入っていた。
 少し時間を置いてその部屋まで行った時雨は、携帯をしまう。
 そして戻ってきた。
「あとはここの住所を入れて、依頼主に動画とともに送信するだけ」
と言いながら階段を駆け下りる。
「おつかれさま。尚」
「貴重な体験した」
「はは。そう言ってくれるなら付き合わせた甲斐があった。さ、上野に戻ろうか。閉店十九時だからぎりぎりかな」
 時雨がちらりとゼンマイ仕掛けで動く高級感ある腕時計の盤面を見る。
 帰りの電車でも特に会話は無かったが、隣座っているのが他人じゃないというだけで、尚は少しだけ嬉しかった。
 相手が、頭のおかしな脅迫者でなければ、もっとよかったのだが。
 贅沢を言ってられない人生だったから、ここでもそれは言わないでおこう。
「じゃあ、俺はここで」
と上野駅で電車を降りたときにそこで別れればよかったのに、時雨が「ラストオーダー終わちゃう」と尚の腕を掴んでさっさと歩き出すものだから、完全に断るタイミングを失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

絶対服従執事養成所〜君に届けたいCommand〜

ひきこ
BL
少数のDomが社会を支配する世界。 Subと診断された者にはDomに仕える執事となるため英才教育が施され、衣食住が保証され幸せに暮らす……と言われているのは表向きで、その実態は特殊な措置によりDomに尽くすべき存在に作り変えられる。 Subの少年ルカも執事になるほかなかったが、当然そこには人権など存在しなかった。 やがてボロボロに使い捨てられたルカと、彼のことをずっと気にかけていた青年との初恋と溺愛とすれ違い(ハッピーエンド)。 ◆Dom/Subユニバース設定の世界観をお借りしたほぼ独自設定のため、あまり詳しくなくても雰囲気で読んでいただけるかと思います。ハードなSM的描写はありません。 ◆直接的な描写はありませんが、受け・攻め どちらも過去にメイン相手以外との関係があります。 ◆他サイト掲載作に全話加筆修正しています。 ※サブタイトルは試験的に付けており、変更の可能性があります ※表紙画像はフリー素材サイトぴよたそ様よりお借りしています

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました

あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。 一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。 21.03.10 ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。 21.05.06 なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。 21.05.19 最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。  最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。  最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。 23.08.16 適当な表紙をつけました

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

僕を抱いて下さい

秋元智也
BL
自慰行為をする青年。 いつもの行為に物足りなさを感じてある日 ネットで出会った人とホテルで会う約束をする。 しかし、どうしても見ず知らずの人を受け入れる のが怖くなってしまい、自分に目隠しをすることにする。 相手には『僕を犯して下さい』とだけメッセージを添えた。

処理中です...