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第一章

3:じゃあ、僕とキスしてみる?

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「だから、このように散財させていただきました。大丈夫!大丈夫!千ドルぐらい儲かったから」
 イヤホンを突き返そうとすると、阻まれた。
「つれないなあ。こっちは唇が腫れ上がるほど、頑張らせてもらったっていうのに」
 質屋はコンビニ袋から新品のリップクリームの包装を破って、尚に差し出してきた。
 確かに唇はヒリヒリするが。
 尚は、はっとする。
 つまりそれって……。
「あの……まさかですけど」
「そうだね、そのまさかだね。もう一回、イヤホンを耳に突っ込んでちゃんと聞いてよ」
 質屋が不満げな顔でまた携帯をいじり始める。
 録音された二人の声が耳に響く。
『他の不幸?俺、二十九歳だけどキスしたことない』
 身体中の血が一気に冷えた気がした。
 いくら酒のせいとはいえ、どうして見ず知らずの他人にこんな個人的なことを……。
 いや、近所だと言っていたから見ず知らずじゃない。余計、最悪だ。
 イヤホンを外しかけると、質屋が無言で尚の耳に蓋をしてくる。
『まあまあ。機会はあるって』
 質屋が尚をなだめ、
『絶対にないっ!!』
と尚が子供のように言い返していた。
 さらに、すすり泣きまで聞こえてくる。
『絶対ねえ?じゃあ、僕とキスしてみる?』
 ふいに、質屋の声が甘くなった。
 話の潮目が変わろうとしているのが、恋愛未経験の尚でも分かった。
『……いいの?』
 聞いていて唖然とした。
 いいの、じゃないだろ?
 相手は男だぞ!
 暫く、無音があった。
『あっ』
という尚のカスレ声がして、あとは、息遣いと、チュッ、クチュという淫靡な音。
『ほら、できた。---身体の震え、すごいね?』
『感動して』
 しゃくりあげるような尚の声に、『なら、もっとしようか?布団に寝転がっていい?』と質屋が問いかける。
『朝まで?』
『いいよ』
 また、『んっ』や『ああっ』という鼻から抜けるような尚の声。
 そこで、質屋が急激にボリュームを下げる。
「ちなみに、キスのおねだりは本当に明け方まで続き、僕は腕枕をずっとし続けました。ようやく寝入ったので、コンビニに買い出しに行きました。しかし、目覚めた相手は何も覚えておらず、一晩尽くした僕を不審者扱い。心が折れそうです」
 尚は唇を押さえ、男から顔をそらした。
 恥ずかしすぎて、まともに顔が見られない。
 そんな反応をする自分に驚きだ。
 された行為を気持ちが悪いではなく、心が浮つくような羞恥と感じるなんて。 
「聞きたいんだけど。左目の眼帯って、ファッションでしているわけじゃないよね?昨晩、暑そうだったから外そうとしたら、ものすごく抵抗された。見てこれ」
 質屋が浴衣の袖をめくり上げた。
 腕には、ミミズ腫れが走っている。
 謝らなければ。
 だが、尚は、眼帯を押さえるだけで精一杯だった。
 キスの衝撃だけていっぱいいっぱいなのに、目の件まで加わって、一切の余裕を無くす。
「す、すみ……すみません」
「ま、いいんだけどね」
 キスした気安さがそうさせるのか、質屋は尚の頭を一撫でしてくる。
 動揺が止まない。
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