上 下
83 / 225

第83話 襲撃

しおりを挟む
 寝床は、専属メイドが使う部屋を借りた。理由は窓がないからだ。窓がなければ、船の上に乗るのと同じような揺れがあるだけだ。貯水池に浮かべた船のように、たまに揺れるだけだ。

 そう、私は今船に乗っている!

 海峡を渡る船だ。

 海ならば全て水だ。水を作り出す必要はない。操作すればそれで済む。沈没する前に水を固めれば全員助けられる。あれはそこそこ魔力を消費するが、水を作るのでなければ魔力を節約できる。何とかできる。


 眠れないかと思ったが、就寝前にザクロが淹れた安眠効果のあるお茶が効いたのか、予想よりは眠れた。

 ただし、朝食を共にとやってきたレオンの楽しそうな顔にはイライラした。こちらの個室ならばもう抱き着いたりなどしない。そう知ってからは残念な顔になっていた。ざまあみるがいい。

 抱き着かずとも、隣に座らせたが。

「思ったよりも早くに克服されてしまわれましたね」

 こちらにも残念そうにする者がいた。

 レオンは操舵室の様子を見に行くと席を外している。

「残念ながら、苦手なものがあるからと、それを配慮してくれる方がいませんでしたから。自分で何とかできるようにするしかなかったもので」

 ぬるぬるした食べ物が苦手だと知った小姑が毎食にそういうものを出す様になったことがある。初めは泣きたくなるほど嫌だったが、一週間せずに慣れてしまった。無論、婚約者は特別に私に出されるそれを止めようとはしなかった。むしろ、歓迎していると勘違いしていたくらいだ。


 婚約者に助けを求められる可愛い性格ではないのも悪いことは知っている。

「レオン様が、帰路は公爵領に向かいその後は馬車で首都に帰る方法を考えておられましたよ」

「……なぜ?」

「それでしたら、半日ほどですが飛行船に乗る時間が減るそうです」

 面白がって、むしろ長引かせるのではと思っていた。


 飛行船に乗らないルートは危険度が高く時間もかかる。完全に使わないことは難しいが、少しでも短くという配慮は……正直ありがたい。

「まあ、リラ様にくっつかれてでれでれしていたので、あまり感謝する必要はないのかもしれませんが」

「確かにそうね」

 少し見直しかけたが、客観的な意見に考えを改める。

「それと王妃様からの言付けがございます。レオン様の妹君が嫁がれたマービュリアでは決して魔法を……」

 ザクロが何かを言いかけた時、船が大きく揺れてお茶がこぼれた。服が濡れる前に魔法でカップに戻す。

 揺れだけでなく何やら物騒な音が聞こえ始める。

 頭に、墜落と言う言葉が浮かび、さっと血の気が引いた。

「リラ様、確認をしてまいります。内鍵をおかけください」

 すぐにザクロが出ていく。震えが出ている状態で内鍵を閉めに行くのも怖い。ここは侍女室でもあるが、いざという時の退避部屋でもある。

 立ち上がるのすら恐れてへっぴり腰になる。ドアまでたどり着く前にザクロが戻ってきた。

「海賊船がこちらを攻撃しているようです」

「海賊!?」

 聞きなれない言葉に唖然とする。

「相手も飛行船なの?」

「いえ、下の海からこちらに対して魔法で攻撃を加えてきています。風魔法で防いでいますが、最悪の場合も考えておかなければなりません」

「……海?」

 もう昼を過ぎたころだ。既に陸地は終わっていつの間にか海上に出たのか。そう聞いて、すっと震えが止まった。

 本来の私の部屋に出て無駄に広い窓から下を見れば、下一面には水が広がっていた。

「リラ様、大丈夫ですか?」

 問いかけを聞き流し、窓に近づいて下を見る。二隻の船が浮かんでいるのが見えた。その一隻から炎が噴き出し、何かが近づく。それが不自然な方向に逸れた。風魔法で向き変えたのだろう。だがそれに対する反動で船がまた大きく揺れた。

 下から、また火が吹く。

 窓に手をついて、大砲の進路に水球を作り出す。重力に逆らった射出に対して、更に空気よりも抵抗の強い水をあてがえばすぐに止まった。粗悪な鉄の塊のようだ。

 立て続けに打たれるそれを、わかる範囲で全て受け止める。裏側にも船があるようで、そちらは風魔法で防いでいるらしくまた揺れた。

「……ザクロ。質問なのだけど、飛行船が海に墜落した場合、どうなるのかしら」

「不時着できた場合、水に浮くことができる形状ですのでそのまま岸までたどり着けば問題はありません。最悪の場合は、空中で大破し海に投げ出されることとなります。また、近くに海賊船がいる場合、無事に着水できても襲撃される可能性が高くなります」

 つまり、相手はこちらの生死に対しては何も考えていないということだ。

「そう」

「リラ様、海賊は望んで乗り込んでいる者ばかりではございません。殲滅はお避け下さい」

 王妃様がつけてくれたメイドはこちらのしようとする行動を察知したようで、慌てたように忠告した。

「そう……」

 短く返して、水の中に留めていた鉄くずを海賊船に向けて射出する。下から上への攻撃は重力が反発するが、上から下への攻撃は重力が味方する。

 最初は狙いを外したが、何発目かで炎が出ていた所を中心に攻撃ができるようになった。まだ船は浮かんでいる。海水を動かし、波と言うにはあまりに不自然なそれが船を横なぎにして、二隻がひっくり返る。

「裏の船が続けて攻撃をしないならば見逃しましょう。仲間を助けるか、そのまま見捨てるかまでは私の責任ではありません」

 何も腹が立ったからと大量殺人をしたいわけではない。このまま沈めてもいいが、横倒しになったまま、沈まないように水を操作する。無論ずっと続けてやるつもりはない。

 避難用の小舟が小魚のように浮かび始めるのが見えた。

「リラっ」

 部屋に駆け込んできたレオンがこちらの名を呼ぶ。彼は焦ると私を呼び捨てにする時がある。それを一々咎めはしまい。未だにこちらに殿を付けてくれているのは律儀だと思っているくらいだ。

「腹が立ったので勝手をしてしまいました」

 窓に手を置いたまま振り返る。

「航空法などに触っていないといいのですか」

 ふと、我に返ると法律的に問題なかったろうかと心配になる。ここは国境に当たる海で、一国で管理されている場所ではない。無論、上空に対しての攻撃は違法だろうが、やり返してもいいかは別だ。

「映像記録をしていましたから、正当防衛にできるでしょう。マービュリア国の海軍に確認したところ、海賊であるため早急にこちらへ向かうという返答もありました」

「そうですか」

「その……あれは、リラ殿が?」

「今は沈没を留めて逃げる猶予を与えています。相手へ猶予時間を教える方法があればいいのですが」

 死にたくなければ逃げて欲しい。運悪く頭を打って死んでいたとしても、それはその船に乗っていた時点で運が悪かったと諦めてもらえたらいいが……。

「……こちらから、もう一隻に勧告をしておきます。あと少しだけ時間を」

「わかりました。あちらが攻撃を続ければ魔法を止めますが、少なくともレオン様がこちらに戻るまでは維持します」

 確認するとレオンが走り去っていく。ザクロがきっちりとドアを閉じ、鍵もかけた。

「王妃様からのお言葉は……、マービュリア国では決して水魔法を使わないようにとのものでした」

 ザクロが、神妙な面持ちで言うが、もう遅い。

「……以後、気を付けます」

 一応、まだマービュリア国には入っていないと言い訳をしたい。後、もっと先に言ってくれればよかったのに。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

みんながみんな「あの子の方がお似合いだ」というので、婚約の白紙化を提案してみようと思います

下菊みこと
恋愛
ちょっとどころかだいぶ天然の入ったお嬢さんが、なんとか頑張って婚約の白紙化を狙った結果のお話。 御都合主義のハッピーエンドです。 元鞘に戻ります。 ざまぁはうるさい外野に添えるだけ。 小説家になろう様でも投稿しています。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...