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第83話 襲撃
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寝床は、専属メイドが使う部屋を借りた。理由は窓がないからだ。窓がなければ、船の上に乗るのと同じような揺れがあるだけだ。貯水池に浮かべた船のように、たまに揺れるだけだ。
そう、私は今船に乗っている!
海峡を渡る船だ。
海ならば全て水だ。水を作り出す必要はない。操作すればそれで済む。沈没する前に水を固めれば全員助けられる。あれはそこそこ魔力を消費するが、水を作るのでなければ魔力を節約できる。何とかできる。
眠れないかと思ったが、就寝前にザクロが淹れた安眠効果のあるお茶が効いたのか、予想よりは眠れた。
ただし、朝食を共にとやってきたレオンの楽しそうな顔にはイライラした。こちらの個室ならばもう抱き着いたりなどしない。そう知ってからは残念な顔になっていた。ざまあみるがいい。
抱き着かずとも、隣に座らせたが。
「思ったよりも早くに克服されてしまわれましたね」
こちらにも残念そうにする者がいた。
レオンは操舵室の様子を見に行くと席を外している。
「残念ながら、苦手なものがあるからと、それを配慮してくれる方がいませんでしたから。自分で何とかできるようにするしかなかったもので」
ぬるぬるした食べ物が苦手だと知った小姑が毎食にそういうものを出す様になったことがある。初めは泣きたくなるほど嫌だったが、一週間せずに慣れてしまった。無論、婚約者は特別に私に出されるそれを止めようとはしなかった。むしろ、歓迎していると勘違いしていたくらいだ。
婚約者に助けを求められる可愛い性格ではないのも悪いことは知っている。
「レオン様が、帰路は公爵領に向かいその後は馬車で首都に帰る方法を考えておられましたよ」
「……なぜ?」
「それでしたら、半日ほどですが飛行船に乗る時間が減るそうです」
面白がって、むしろ長引かせるのではと思っていた。
飛行船に乗らないルートは危険度が高く時間もかかる。完全に使わないことは難しいが、少しでも短くという配慮は……正直ありがたい。
「まあ、リラ様にくっつかれてでれでれしていたので、あまり感謝する必要はないのかもしれませんが」
「確かにそうね」
少し見直しかけたが、客観的な意見に考えを改める。
「それと王妃様からの言付けがございます。レオン様の妹君が嫁がれたマービュリアでは決して魔法を……」
ザクロが何かを言いかけた時、船が大きく揺れてお茶がこぼれた。服が濡れる前に魔法でカップに戻す。
揺れだけでなく何やら物騒な音が聞こえ始める。
頭に、墜落と言う言葉が浮かび、さっと血の気が引いた。
「リラ様、確認をしてまいります。内鍵をおかけください」
すぐにザクロが出ていく。震えが出ている状態で内鍵を閉めに行くのも怖い。ここは侍女室でもあるが、いざという時の退避部屋でもある。
立ち上がるのすら恐れてへっぴり腰になる。ドアまでたどり着く前にザクロが戻ってきた。
「海賊船がこちらを攻撃しているようです」
「海賊!?」
聞きなれない言葉に唖然とする。
「相手も飛行船なの?」
「いえ、下の海からこちらに対して魔法で攻撃を加えてきています。風魔法で防いでいますが、最悪の場合も考えておかなければなりません」
「……海?」
もう昼を過ぎたころだ。既に陸地は終わっていつの間にか海上に出たのか。そう聞いて、すっと震えが止まった。
本来の私の部屋に出て無駄に広い窓から下を見れば、下一面には水が広がっていた。
「リラ様、大丈夫ですか?」
問いかけを聞き流し、窓に近づいて下を見る。二隻の船が浮かんでいるのが見えた。その一隻から炎が噴き出し、何かが近づく。それが不自然な方向に逸れた。風魔法で向き変えたのだろう。だがそれに対する反動で船がまた大きく揺れた。
下から、また火が吹く。
窓に手をついて、大砲の進路に水球を作り出す。重力に逆らった射出に対して、更に空気よりも抵抗の強い水をあてがえばすぐに止まった。粗悪な鉄の塊のようだ。
立て続けに打たれるそれを、わかる範囲で全て受け止める。裏側にも船があるようで、そちらは風魔法で防いでいるらしくまた揺れた。
「……ザクロ。質問なのだけど、飛行船が海に墜落した場合、どうなるのかしら」
「不時着できた場合、水に浮くことができる形状ですのでそのまま岸までたどり着けば問題はありません。最悪の場合は、空中で大破し海に投げ出されることとなります。また、近くに海賊船がいる場合、無事に着水できても襲撃される可能性が高くなります」
つまり、相手はこちらの生死に対しては何も考えていないということだ。
「そう」
「リラ様、海賊は望んで乗り込んでいる者ばかりではございません。殲滅はお避け下さい」
王妃様がつけてくれたメイドはこちらのしようとする行動を察知したようで、慌てたように忠告した。
「そう……」
短く返して、水の中に留めていた鉄くずを海賊船に向けて射出する。下から上への攻撃は重力が反発するが、上から下への攻撃は重力が味方する。
最初は狙いを外したが、何発目かで炎が出ていた所を中心に攻撃ができるようになった。まだ船は浮かんでいる。海水を動かし、波と言うにはあまりに不自然なそれが船を横なぎにして、二隻がひっくり返る。
「裏の船が続けて攻撃をしないならば見逃しましょう。仲間を助けるか、そのまま見捨てるかまでは私の責任ではありません」
何も腹が立ったからと大量殺人をしたいわけではない。このまま沈めてもいいが、横倒しになったまま、沈まないように水を操作する。無論ずっと続けてやるつもりはない。
避難用の小舟が小魚のように浮かび始めるのが見えた。
「リラっ」
部屋に駆け込んできたレオンがこちらの名を呼ぶ。彼は焦ると私を呼び捨てにする時がある。それを一々咎めはしまい。未だにこちらに殿を付けてくれているのは律儀だと思っているくらいだ。
「腹が立ったので勝手をしてしまいました」
窓に手を置いたまま振り返る。
「航空法などに触っていないといいのですか」
ふと、我に返ると法律的に問題なかったろうかと心配になる。ここは国境に当たる海で、一国で管理されている場所ではない。無論、上空に対しての攻撃は違法だろうが、やり返してもいいかは別だ。
「映像記録をしていましたから、正当防衛にできるでしょう。マービュリア国の海軍に確認したところ、海賊であるため早急にこちらへ向かうという返答もありました」
「そうですか」
「その……あれは、リラ殿が?」
「今は沈没を留めて逃げる猶予を与えています。相手へ猶予時間を教える方法があればいいのですが」
死にたくなければ逃げて欲しい。運悪く頭を打って死んでいたとしても、それはその船に乗っていた時点で運が悪かったと諦めてもらえたらいいが……。
「……こちらから、もう一隻に勧告をしておきます。あと少しだけ時間を」
「わかりました。あちらが攻撃を続ければ魔法を止めますが、少なくともレオン様がこちらに戻るまでは維持します」
確認するとレオンが走り去っていく。ザクロがきっちりとドアを閉じ、鍵もかけた。
「王妃様からのお言葉は……、マービュリア国では決して水魔法を使わないようにとのものでした」
ザクロが、神妙な面持ちで言うが、もう遅い。
「……以後、気を付けます」
一応、まだマービュリア国には入っていないと言い訳をしたい。後、もっと先に言ってくれればよかったのに。
そう、私は今船に乗っている!
海峡を渡る船だ。
海ならば全て水だ。水を作り出す必要はない。操作すればそれで済む。沈没する前に水を固めれば全員助けられる。あれはそこそこ魔力を消費するが、水を作るのでなければ魔力を節約できる。何とかできる。
眠れないかと思ったが、就寝前にザクロが淹れた安眠効果のあるお茶が効いたのか、予想よりは眠れた。
ただし、朝食を共にとやってきたレオンの楽しそうな顔にはイライラした。こちらの個室ならばもう抱き着いたりなどしない。そう知ってからは残念な顔になっていた。ざまあみるがいい。
抱き着かずとも、隣に座らせたが。
「思ったよりも早くに克服されてしまわれましたね」
こちらにも残念そうにする者がいた。
レオンは操舵室の様子を見に行くと席を外している。
「残念ながら、苦手なものがあるからと、それを配慮してくれる方がいませんでしたから。自分で何とかできるようにするしかなかったもので」
ぬるぬるした食べ物が苦手だと知った小姑が毎食にそういうものを出す様になったことがある。初めは泣きたくなるほど嫌だったが、一週間せずに慣れてしまった。無論、婚約者は特別に私に出されるそれを止めようとはしなかった。むしろ、歓迎していると勘違いしていたくらいだ。
婚約者に助けを求められる可愛い性格ではないのも悪いことは知っている。
「レオン様が、帰路は公爵領に向かいその後は馬車で首都に帰る方法を考えておられましたよ」
「……なぜ?」
「それでしたら、半日ほどですが飛行船に乗る時間が減るそうです」
面白がって、むしろ長引かせるのではと思っていた。
飛行船に乗らないルートは危険度が高く時間もかかる。完全に使わないことは難しいが、少しでも短くという配慮は……正直ありがたい。
「まあ、リラ様にくっつかれてでれでれしていたので、あまり感謝する必要はないのかもしれませんが」
「確かにそうね」
少し見直しかけたが、客観的な意見に考えを改める。
「それと王妃様からの言付けがございます。レオン様の妹君が嫁がれたマービュリアでは決して魔法を……」
ザクロが何かを言いかけた時、船が大きく揺れてお茶がこぼれた。服が濡れる前に魔法でカップに戻す。
揺れだけでなく何やら物騒な音が聞こえ始める。
頭に、墜落と言う言葉が浮かび、さっと血の気が引いた。
「リラ様、確認をしてまいります。内鍵をおかけください」
すぐにザクロが出ていく。震えが出ている状態で内鍵を閉めに行くのも怖い。ここは侍女室でもあるが、いざという時の退避部屋でもある。
立ち上がるのすら恐れてへっぴり腰になる。ドアまでたどり着く前にザクロが戻ってきた。
「海賊船がこちらを攻撃しているようです」
「海賊!?」
聞きなれない言葉に唖然とする。
「相手も飛行船なの?」
「いえ、下の海からこちらに対して魔法で攻撃を加えてきています。風魔法で防いでいますが、最悪の場合も考えておかなければなりません」
「……海?」
もう昼を過ぎたころだ。既に陸地は終わっていつの間にか海上に出たのか。そう聞いて、すっと震えが止まった。
本来の私の部屋に出て無駄に広い窓から下を見れば、下一面には水が広がっていた。
「リラ様、大丈夫ですか?」
問いかけを聞き流し、窓に近づいて下を見る。二隻の船が浮かんでいるのが見えた。その一隻から炎が噴き出し、何かが近づく。それが不自然な方向に逸れた。風魔法で向き変えたのだろう。だがそれに対する反動で船がまた大きく揺れた。
下から、また火が吹く。
窓に手をついて、大砲の進路に水球を作り出す。重力に逆らった射出に対して、更に空気よりも抵抗の強い水をあてがえばすぐに止まった。粗悪な鉄の塊のようだ。
立て続けに打たれるそれを、わかる範囲で全て受け止める。裏側にも船があるようで、そちらは風魔法で防いでいるらしくまた揺れた。
「……ザクロ。質問なのだけど、飛行船が海に墜落した場合、どうなるのかしら」
「不時着できた場合、水に浮くことができる形状ですのでそのまま岸までたどり着けば問題はありません。最悪の場合は、空中で大破し海に投げ出されることとなります。また、近くに海賊船がいる場合、無事に着水できても襲撃される可能性が高くなります」
つまり、相手はこちらの生死に対しては何も考えていないということだ。
「そう」
「リラ様、海賊は望んで乗り込んでいる者ばかりではございません。殲滅はお避け下さい」
王妃様がつけてくれたメイドはこちらのしようとする行動を察知したようで、慌てたように忠告した。
「そう……」
短く返して、水の中に留めていた鉄くずを海賊船に向けて射出する。下から上への攻撃は重力が反発するが、上から下への攻撃は重力が味方する。
最初は狙いを外したが、何発目かで炎が出ていた所を中心に攻撃ができるようになった。まだ船は浮かんでいる。海水を動かし、波と言うにはあまりに不自然なそれが船を横なぎにして、二隻がひっくり返る。
「裏の船が続けて攻撃をしないならば見逃しましょう。仲間を助けるか、そのまま見捨てるかまでは私の責任ではありません」
何も腹が立ったからと大量殺人をしたいわけではない。このまま沈めてもいいが、横倒しになったまま、沈まないように水を操作する。無論ずっと続けてやるつもりはない。
避難用の小舟が小魚のように浮かび始めるのが見えた。
「リラっ」
部屋に駆け込んできたレオンがこちらの名を呼ぶ。彼は焦ると私を呼び捨てにする時がある。それを一々咎めはしまい。未だにこちらに殿を付けてくれているのは律儀だと思っているくらいだ。
「腹が立ったので勝手をしてしまいました」
窓に手を置いたまま振り返る。
「航空法などに触っていないといいのですか」
ふと、我に返ると法律的に問題なかったろうかと心配になる。ここは国境に当たる海で、一国で管理されている場所ではない。無論、上空に対しての攻撃は違法だろうが、やり返してもいいかは別だ。
「映像記録をしていましたから、正当防衛にできるでしょう。マービュリア国の海軍に確認したところ、海賊であるため早急にこちらへ向かうという返答もありました」
「そうですか」
「その……あれは、リラ殿が?」
「今は沈没を留めて逃げる猶予を与えています。相手へ猶予時間を教える方法があればいいのですが」
死にたくなければ逃げて欲しい。運悪く頭を打って死んでいたとしても、それはその船に乗っていた時点で運が悪かったと諦めてもらえたらいいが……。
「……こちらから、もう一隻に勧告をしておきます。あと少しだけ時間を」
「わかりました。あちらが攻撃を続ければ魔法を止めますが、少なくともレオン様がこちらに戻るまでは維持します」
確認するとレオンが走り去っていく。ザクロがきっちりとドアを閉じ、鍵もかけた。
「王妃様からのお言葉は……、マービュリア国では決して水魔法を使わないようにとのものでした」
ザクロが、神妙な面持ちで言うが、もう遅い。
「……以後、気を付けます」
一応、まだマービュリア国には入っていないと言い訳をしたい。後、もっと先に言ってくれればよかったのに。
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