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第80話 リラと飛行船

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 気球船を最初に実行したのは平民だった。正しくは、子爵の傍系家系の平民だ。

 防水布で巨大な袋を作り、人が乗れるサイズの巨大なバスケットをぶら下げた。

 炎魔法を使えたこともあり、男の夢は実現した。ただ、何度目かの飛行を準備していた際、不慮の事故で亡くなっている。

 その技術と特許を買い取り、ソレイユ家が独自に発展させたことで飛行船事業が発展した。研究員は最終的には空気より軽いガスを使うことで、風魔法のみでの飛行を目指したいと言っていたが、コストを考えると炎魔法を使った方が安いし安全だ。ただ、魔法を使えるものがこのまま減少するならば、そう言った代替え案も考えなければならない。

「お手を煩わせてしまいすみません」

「………今頃婚約者殿が歓声を上げる姿を見ていられる予定だったのだが?」

 馴染みの機関員に愚痴を言う。

 公爵家の傍系で現在は準男爵の男だ。雇用人の中で貴族位を増やしすぎないために一定数は平民になるが、ここにいる機関員は魔法が使えることを認定され準男爵位になったものがほとんどだ。

 魔力量は流石に物凄い量ではないので飛び立つ際などは複数人で魔法を使う必要がある。俺の魔力量があれば一人でも問題ないので、他の機関員の魔力を温存できる。合理的なのはわかっているが、リラが喜ぶ姿を間近で見たかった。

「レオン様がようやく婚約されたのは耳にしましたよ!」

「準男爵だって聞きました。それでいいならうちの娘を紹介したってのに」

 爵位は重要だ。それでリラが苦労するとわかっている。

「すまないが、俺は彼女の身分ではなく本人に惹かれてしまったんだ」

 リラ本人に惹かれたのは俺の勝手で、それで苦労するのはリラだ。リラが公爵家に相応しいという理由は今後も作らなければならない。

「さっき、婚約者様を見たけど、めっちゃ美人」

 呼びに来た男が、親指を立てた。それに歓声が上がる。

 仮にも公爵の跡取りがいるのだから、内輪の会話は控えて欲しい。

「公爵様も面食いですからね」

「何も顔だけで選んだわけじゃない。リラ殿は内面もとても綺麗な方だ。後、彼女に妙な事を吹き込んだら、最悪解雇するから気を付けてくれ」

 多少の無礼をとやかく言うつもりはない。彼らは貴族よりも技術者よりだ。礼儀作法よりも能力が重視される。だが、リラに対しての無礼は別だ。

「レオン様のいいところだけをお伝えしますから安心してください」

「それは……自然な感じで頼む」

 自分で自分を褒めるのは恰好が悪いが、他者からの賞賛は評価をあげる。

 当初と違い、今は嫌われていないのは確かだ。だが、シーモア卿の足元にも及んでいいない。少しずつでいい。好感度を上げたい。

「それで、ご婚約者様は何の属性の魔法を?」

「……普通、貴族間ではそういうことは質問をしないものだ。リラ殿にも不躾に聞かないでくれ。ああ……魔法は使えるからな」

 ここにいる者たちは、専属の機関員もいれば、研究員を兼ねている者もいる。階級差別より魔力差別主義者がいることも承知しているので魔法が使えないわけではないとだけは伝えておく。

 リラの魔力量と力を知れば、研究への協力を要請しかねない。

 リラから何かを搾取したいと取れる行動は極力避けたいのだ。

「ご婚姻が成立してから、色々と、お願いしますね」

 微妙な微笑みで返された。

 ソレイユ公爵家は他の公爵家よりも資金的にも発展しているが、その理由は魔法と科学技術を融合させた分野で金を得ているからだ。

 父が代表をしているが、実際の主導権を持っているのは第一夫人のビオラ母上だ。父は母の趣味に金を出しているだけだ。

 ビオラ母上の魔力量は桁違いに多く、ある程度発散しないと体に悪い。その余剰魔力を利用して始めた研究が色々ある。無論母さんも協力するし、二人を見るために父も研究施設に向かうため二人とも研究材料にされ、俺も手伝うことが当たり前になった。

 婚約者の立場では機密が多いので見せられないが、正式に結婚すればリラも手伝いに駆り出してもいいだろうと考えているのだろう。

 その不敬をよその公爵家ですれば、物理的に首が飛ぶ。

「はぁ……リラ殿は心が広い方だが、俺はリラ殿に対する不敬には広い心を持てない。お前たちはリラ殿には近づいてくれるな」

 言うと、クレームが飛んでくるが忠告はした。

「レオン様、侍女が来ています。知らせがあると」

 声をかけられ、適当に挨拶をして機関室を出る。機関室のすぐ外に王妃様がつけてくれたメイドが立っていた。

「どうかしましたか?」

 リラも一緒かと思ったが、一人だけだ。

「緊急ではないですが……。折角ですのでレオン様に対応をお任せしたいのです」

「?」

 首を傾げるとすっと踵を返して歩き出す。

 王妃様が拘置所に入れられたリラにつけてくれたのと同じ侍女だ。普段は王妃様かリリアン様についている。王太子からは侍女としての技量は普通だが、身辺警護や有事対応には長けていると聞いている。正式には聞いていないが、おそらく毒の検知もできる優れた人材だろう。

 付いていけば、リラに用意した一番いい部屋へ着いた。

「何か問題が?」

 入る前に確認する。

「面白……失礼、できればレオン様にお見せしたいものがございます」

 一応微笑みを浮かべているのに無表情に見える顔で言うと、返事も聞かずにノックをしてドアを開けた。

「リラ様、失礼いたします」

「どこに行っていたのっ、ひ、一人にするなんて」

 ノックをして開けると、怒っているのにか細い声がした。

「お心細そうでしたので、こういう時こそ、ご婚約者様に頼られてはいかがかと」

 中に入ると、リラが椅子にしがみついて、半べそを掻いていた。こちらを見て、背もたれを掴む手を放して、何でもないように正面を向いたが、机を掴むのに変えただけだ。

「もう、機関室は、よろしいのですか」

 机を掴む手が震えているのに、顔はいつものすまし顔に戻っている。

「……もしや、高所が苦手でしたか?」

 リラに怖いものがあると言うことが意外過ぎて、そういった気を遣うことすら考えていなかった。

「木登りくらい、したことはありますっ」

 きっと睨まれるが、飛行船は木登り登れる程度の高さではない。後、令嬢は普通木には登らない。

「ふぇ」

 風で揺れて、リラが小さく声を漏らした。

 マリウス王太子が、このメイドを、職務に誠実だがたまに悪ふざけもする。それでも、大変よく仕事ができると太鼓判を押していたのを思い出す。

 確かに、大変よく仕事ができる。クララでは、一緒に泣いていたかもしれない。

 リラの横に腰掛けて、固定された机を掴む手を握ってみると黙ってぎゅっと握り返された。

「こ、怖くなんてないですわよ。ちょっと……ちょっと、あまりに高く飛んだのでびっくりしただけですから」

 手がガタガタと震えている。

 これは確かに面白……婚約者として一緒にいるべき状況だ。

「その、抱き着いても構いませんからね。その方が落ち着くでしょう」

「随分、嬉しそうですねっ」

 涙目で睨み上げられた。父とは違う妙な性癖に目覚めそうなので、自嘲して欲しい。


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