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season3

152話:宮本さんの葛藤

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 その中でも、ひときわ立派な木の根元に寄り添うように座って微笑んでいるのは、赤い髪の可愛らしい女の子です。
 その腕にはめられた翡翠ひすいの腕輪には見覚えがありました。

「おや、あれは炎の精霊ですね。炎の力が強すぎて恋人の桜の木に近づけなくて困っているので魔力を抑える翡翠の腕輪をプレゼントしたあの子ですよ」

「そういえば、そんなことがあったなぁ。――ってことはあの桜の木は彼氏の魔界桜か。いいなぁ……」

「リア充うらやましいでありますね。ねっ、ジェル氏」

「別にワタクシは羨ましいなんて思いませんけども。まぁ幸せそうで良かったんじゃないですかね」

 するとそこへ、見覚えのある小さな姿がやってきました。
 オレンジ色のカボチャ頭のジャック・オー・ランタンのカップルです。
 大きなランタンと小さなランタンは仲良く手を繋いで、桜を見ながら何か話しています。
 どうやら二人でお花見デートに来たのでしょう。

「あっ、ランタンがいちゃつきだしたぞ。おいおい、画面内のリア充チャートがうなぎ上りじゃねぇか」

「別に羨ましくなんて……」

「あっ、チューしたでありますよ!」

「リア充死すべし!!!!」

「やばい、ストップ高だ! ジェル、落ち着け!」

「ジェル氏が限界突破であります!」 

 モニターのスイッチをオフにしようとすると、アレクとキリトに阻止されました。

「ほら、クールダウン、クールダウン。よーしよし、お兄ちゃんがアイス持ってきたから、それ食って落ち着こうな」

「むぐっ……」

 アイスを口に入れながらリア充達の様子を眺めていると、再び画面が切り替わりました。

『ヌン! 微妙に不味い気がする! もう一杯!』

『フォラス様ご推薦の――』

「あぁぁぁぁ!!!! プロテインはもういいんですよ! 広告をスキップする機能は無いんですか⁉」

「だから落ち着けって! 無料サービスってそういうもんだから!」

 イライラしながらモニターをにらみつけると、画面が切り替わって、古いアパートの一室が映し出されました。

「えっ、この部屋は……」

 そこに居たのは着物姿の骸骨《スケルトン》です。

「宮本さんだ!」

「誰でありますか?」

「ジェルが契約してる骸骨だよ。俺も何度か会ったことあるけどすげぇ良い人でさ」

「以前、骨に良い栄養ドリンクが売れずに困ってた時も、快く買い取ってくださいましたからねぇ」

 あの時は、部屋が在庫のダンボールでいっぱいになって困っていたんで、たくさん買い取ってもらえて本当に助かりました。

「しかしこのライブカメラ、プライバシーもクソもありませんねぇ」

 宮本さんは、どうやらこれから食事をするようでした。
 食卓の上にあったのは煮干とチーズ。
 そしてワタクシから買い取った「骨に良い栄養ドリンク」が置かれています。

「あのドリンク、まだ在庫残ってたんだ」

「みたいですねぇ。売れ残ったから自分で消費してるんだと思います」

 しかし、宮本さんは食卓に座り、栄養ドリンクに手を伸ばしかけたかと思うと、ぴたりと手を止めて煮干を食べ始めました。
 そして煮干とチーズを食べ終わりましたが、一向に栄養ドリンクには手をつけようとしません。

「どうしたんでしょうねぇ?」

「飲むのをためらってるんじゃねぇかな。あのドリンク、のたうち回るレベルでクソ不味いから。お兄ちゃんも飲んだ時、死ぬかと思ったし」

「確かにドブ川を煮詰めたみたいな生臭さと、遺伝子レベルで拒否したくなるような苦味とエグみがありますからね……」

「なんでジェル氏はそんな物を売りつけたでありますか」

 しばらくすると、宮本さんは何かを決心したようにドリンクを持って立ち上がりました。

「宮本さん、がんばってください……!」

 ワタクシは祈りながら画面に声をかけました。
 しかし、彼はドリンクを冷蔵庫にしまって、代わりに牛乳を取り出して飲み始めたのです。

「あぁぁぁぁ!!!! そんなに嫌だったんですか⁉」

「まぁ、確かにあのマズさを我慢するくらいなら、普通に牛乳でいいよな……」

 宮本さん宅の冷蔵庫に栄養ドリンクがあと何本残っているかわかりませんが、きっと苦労して消費したに違いありません。

 本当に彼には申し訳ないことをしてしまいました。
 とりあえず近日中に、菓子折りでも持って彼の家を訪問しようと思ったワタクシなのでした。
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