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season2
107話:俺はジェルにいたずらしました
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部屋に入った瞬間、爽やかな空気に包まれる。
特にエアーフレッシュナーなんか置いてないはずなんだが、男の部屋とは思えない澄んだ空気なのが不思議だ。
部屋の中は特に変わった様子もなく、白を基調とした清潔な雰囲気で、いつも通り錬金術の道具やたくさんの本でいっぱいだった。
なにやら難しい文字がたくさん書かれた羊皮紙が置いてあるテーブルに近づくと、小さな薬品棚から薬草の匂いがする。
そこだけ見ると、いかにも錬金術師の工房と思わせるような空間なのに、真っ白な壁には地名の入った提灯やキーホルダーが並んでいる。
どれも俺が日本の観光地で面白がって買ってきて、ジェルにプレゼントした物だ。
最初の1個はうれしそうに受け取ってくれたが、提灯が3個目になったあたりから彼は渋い顔をするようになった。
それでもこうやって、綺麗に並べて飾ってくれているのはうれしい。
「何も変わったところはありませんねぇ。じゃあ、次はアレクの部屋に行きますか」
「あぁ、そうだな」
そりゃあ何も無いだろうよ。原因はさっき食べたキッシュなんだから。
そう思いながら、俺は自分の部屋に入る。
俺の部屋はとにかく物が多い。旅行先で買ってきた変な木彫りの民芸品とか、陶器でできた置物が棚いっぱいに並んでいる。
隣の棚はアニメコーナーで、俺の大好きなアニメのDVDとブルーレイがコレクションしてある。
DVDもブルーレイも両方買うのが俺の流儀だ。
壁にはパン男ロボのポスターが貼られていて、テーブルの上にはロボの玩具がいっぱいで、そこだけ見ると子ども部屋みたいだと思う。
俺がそんなことを思っている間も、ジェルはしっかり目を見開いて部屋の中をぐるりと見渡している。
「おや、あれは……?」
彼はベッドの上に何か見つけたらしく、ずるずる滑り落ちながらも必死でシーツに捕まってよじ登った。
「――アレク。どうしてあなたの部屋に、魔女の業界誌があるんですかね?」
「やべぇ、雑誌を元に戻しておくのをすっかり忘れてた!」
ジェルは開いたまま放置されていた雑誌の記事を読んで、怒りでフーフー言いながら尻尾を大きく膨らませている。
今ジェルの頭の中では、俺が作ったキッシュとグリマルキン草が結びついているに違いない。
これはやばい。絶対怒られるやつだ。
俺は猛スピードでリビングに逃げ出した。
リビングの中まで必死に走って、小物が収納されているアンティークの棚の上に飛びついてよじ登る。
「ここなら大丈夫だな」
この高さなら、運動神経ゼロなジェルにはきっと登れないだろう。
しかしその後しばらく経っても、彼はまったく追ってくる気配が無かった。どうしたんだろうか。
「ふぁぁぁぁ……」
しばらく棚の上でじっとしていると、なんだか退屈で眠くなってきた。
まぁここは安全だろうし、少しくらいなら寝てもいいかもしれない。
俺は睡魔に勝てず静かに目を閉じた。
それからどれくらい経ったんだろうか。
背中を撫でられるような感触がして目を覚ますと、俺は白い手に抱きかかえられていた。
ふわりと甘い、ローズの香りが俺の鼻をくすぐる。
これはジェルの愛用しているハンドクリームの匂いだ。
見上げた俺の視界に、サラサラの金髪と慈愛に満ちた優しい青い眼差しが映った。
「ジェル……元に戻ったのか」
「えぇ、グリマルキン草のせいとわかれば、対処は難しいものではありませんから」
どうやら自分の部屋で元に戻る薬を調合して、人間の姿に戻ったらしい。
「でも慣れない猫の手で薬を調合するのは大変でしたけどね」
ジェルは、俺の喉を指先でくすぐりながら微笑んでいる。
「……怒ってないのか?」
「怒ってないわけじゃないですよ? でも元に戻ってリビングに行ってみたらアレクはスヤスヤ寝ちゃってたし。それに――」
ジェルは俺の背中にブラシを当てて、毛をすきながら言った。
「せっかく目の前にモフモフの猫ちゃんがいるなら、堪能したいじゃないですか」
そう言えばジェルは、毛がふわふわした生き物が好きだもんな。
ひと通りブラシで毛を整えられた後、俺はぞんぶんに撫で回された。
なんか変な感じだが、全身をマッサージされたと思えば悪くはない。
「さて。モフモフを楽しませてもらったし、これで示談といたしましょうか」
ジェルは紐を通した白い厚紙を持ってきて、それにマジックペンで「俺はジェルにいたずらしました」と書いた。
それを俺の首にかけてソファーに座らせると、ジェルはスマホを持ってその光景を笑いながら撮影する。
「アハハ、可愛い! ほらほら、もっと反省してる表情にしてくださいよ!」
ちくしょう。猫耳のジェルをからかって遊ぶつもりが、すっかり俺の方が良い玩具にされてるじゃねぇか。
「ふふ。せっかくだから、一緒に撮りましょうね。反省している猫ちゃんとツーショットです!」
すっかりノリノリのジェルはそう言って、俺の手前で床に座り込んで、スマホをインカメラにして自撮りをするように腕を伸ばす。
「ほら、アレク。撮りますから、こっち見てください!」
「あっ……なんか体がむずむずする」
そう思ったら、俺の視界は急に高くなった。
どうやら時間が経って、グリマルキン草の効き目が切れたらしい。
その瞬間、カシャリとシャッター音が聞こえた。
ジェルがスマホ画面越しに俺の姿を確認する。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 猫ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」
こうして、俺たちの猫化事件はあっけなく終息した。
後に残ったのは「俺はジェルにいたずらしました」と書かれた紙を首からかけた、全裸の俺とジェルのツーショット写真だけだ。
――もしジェルのスマホの画像フォルダにその写真があったとしても、それはそういう経緯なんで、どうか変な目で見ないでやってほしい。
特にエアーフレッシュナーなんか置いてないはずなんだが、男の部屋とは思えない澄んだ空気なのが不思議だ。
部屋の中は特に変わった様子もなく、白を基調とした清潔な雰囲気で、いつも通り錬金術の道具やたくさんの本でいっぱいだった。
なにやら難しい文字がたくさん書かれた羊皮紙が置いてあるテーブルに近づくと、小さな薬品棚から薬草の匂いがする。
そこだけ見ると、いかにも錬金術師の工房と思わせるような空間なのに、真っ白な壁には地名の入った提灯やキーホルダーが並んでいる。
どれも俺が日本の観光地で面白がって買ってきて、ジェルにプレゼントした物だ。
最初の1個はうれしそうに受け取ってくれたが、提灯が3個目になったあたりから彼は渋い顔をするようになった。
それでもこうやって、綺麗に並べて飾ってくれているのはうれしい。
「何も変わったところはありませんねぇ。じゃあ、次はアレクの部屋に行きますか」
「あぁ、そうだな」
そりゃあ何も無いだろうよ。原因はさっき食べたキッシュなんだから。
そう思いながら、俺は自分の部屋に入る。
俺の部屋はとにかく物が多い。旅行先で買ってきた変な木彫りの民芸品とか、陶器でできた置物が棚いっぱいに並んでいる。
隣の棚はアニメコーナーで、俺の大好きなアニメのDVDとブルーレイがコレクションしてある。
DVDもブルーレイも両方買うのが俺の流儀だ。
壁にはパン男ロボのポスターが貼られていて、テーブルの上にはロボの玩具がいっぱいで、そこだけ見ると子ども部屋みたいだと思う。
俺がそんなことを思っている間も、ジェルはしっかり目を見開いて部屋の中をぐるりと見渡している。
「おや、あれは……?」
彼はベッドの上に何か見つけたらしく、ずるずる滑り落ちながらも必死でシーツに捕まってよじ登った。
「――アレク。どうしてあなたの部屋に、魔女の業界誌があるんですかね?」
「やべぇ、雑誌を元に戻しておくのをすっかり忘れてた!」
ジェルは開いたまま放置されていた雑誌の記事を読んで、怒りでフーフー言いながら尻尾を大きく膨らませている。
今ジェルの頭の中では、俺が作ったキッシュとグリマルキン草が結びついているに違いない。
これはやばい。絶対怒られるやつだ。
俺は猛スピードでリビングに逃げ出した。
リビングの中まで必死に走って、小物が収納されているアンティークの棚の上に飛びついてよじ登る。
「ここなら大丈夫だな」
この高さなら、運動神経ゼロなジェルにはきっと登れないだろう。
しかしその後しばらく経っても、彼はまったく追ってくる気配が無かった。どうしたんだろうか。
「ふぁぁぁぁ……」
しばらく棚の上でじっとしていると、なんだか退屈で眠くなってきた。
まぁここは安全だろうし、少しくらいなら寝てもいいかもしれない。
俺は睡魔に勝てず静かに目を閉じた。
それからどれくらい経ったんだろうか。
背中を撫でられるような感触がして目を覚ますと、俺は白い手に抱きかかえられていた。
ふわりと甘い、ローズの香りが俺の鼻をくすぐる。
これはジェルの愛用しているハンドクリームの匂いだ。
見上げた俺の視界に、サラサラの金髪と慈愛に満ちた優しい青い眼差しが映った。
「ジェル……元に戻ったのか」
「えぇ、グリマルキン草のせいとわかれば、対処は難しいものではありませんから」
どうやら自分の部屋で元に戻る薬を調合して、人間の姿に戻ったらしい。
「でも慣れない猫の手で薬を調合するのは大変でしたけどね」
ジェルは、俺の喉を指先でくすぐりながら微笑んでいる。
「……怒ってないのか?」
「怒ってないわけじゃないですよ? でも元に戻ってリビングに行ってみたらアレクはスヤスヤ寝ちゃってたし。それに――」
ジェルは俺の背中にブラシを当てて、毛をすきながら言った。
「せっかく目の前にモフモフの猫ちゃんがいるなら、堪能したいじゃないですか」
そう言えばジェルは、毛がふわふわした生き物が好きだもんな。
ひと通りブラシで毛を整えられた後、俺はぞんぶんに撫で回された。
なんか変な感じだが、全身をマッサージされたと思えば悪くはない。
「さて。モフモフを楽しませてもらったし、これで示談といたしましょうか」
ジェルは紐を通した白い厚紙を持ってきて、それにマジックペンで「俺はジェルにいたずらしました」と書いた。
それを俺の首にかけてソファーに座らせると、ジェルはスマホを持ってその光景を笑いながら撮影する。
「アハハ、可愛い! ほらほら、もっと反省してる表情にしてくださいよ!」
ちくしょう。猫耳のジェルをからかって遊ぶつもりが、すっかり俺の方が良い玩具にされてるじゃねぇか。
「ふふ。せっかくだから、一緒に撮りましょうね。反省している猫ちゃんとツーショットです!」
すっかりノリノリのジェルはそう言って、俺の手前で床に座り込んで、スマホをインカメラにして自撮りをするように腕を伸ばす。
「ほら、アレク。撮りますから、こっち見てください!」
「あっ……なんか体がむずむずする」
そう思ったら、俺の視界は急に高くなった。
どうやら時間が経って、グリマルキン草の効き目が切れたらしい。
その瞬間、カシャリとシャッター音が聞こえた。
ジェルがスマホ画面越しに俺の姿を確認する。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 猫ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」
こうして、俺たちの猫化事件はあっけなく終息した。
後に残ったのは「俺はジェルにいたずらしました」と書かれた紙を首からかけた、全裸の俺とジェルのツーショット写真だけだ。
――もしジェルのスマホの画像フォルダにその写真があったとしても、それはそういう経緯なんで、どうか変な目で見ないでやってほしい。
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