上 下
106 / 163
season2

107話:俺はジェルにいたずらしました

しおりを挟む
 部屋に入った瞬間、爽やかな空気に包まれる。
 特にエアーフレッシュナーなんか置いてないはずなんだが、男の部屋とは思えない澄んだ空気なのが不思議だ。

 部屋の中は特に変わった様子もなく、白を基調とした清潔な雰囲気で、いつも通り錬金術の道具やたくさんの本でいっぱいだった。

 なにやら難しい文字がたくさん書かれた羊皮紙が置いてあるテーブルに近づくと、小さな薬品棚から薬草の匂いがする。

 そこだけ見ると、いかにも錬金術師の工房と思わせるような空間なのに、真っ白な壁には地名の入った提灯やキーホルダーが並んでいる。

 どれも俺が日本の観光地で面白がって買ってきて、ジェルにプレゼントした物だ。
 最初の1個はうれしそうに受け取ってくれたが、提灯が3個目になったあたりから彼は渋い顔をするようになった。
 それでもこうやって、綺麗に並べて飾ってくれているのはうれしい。

「何も変わったところはありませんねぇ。じゃあ、次はアレクの部屋に行きますか」

「あぁ、そうだな」

 そりゃあ何も無いだろうよ。原因はさっき食べたキッシュなんだから。
 そう思いながら、俺は自分の部屋に入る。

 俺の部屋はとにかく物が多い。旅行先で買ってきた変な木彫りの民芸品とか、陶器でできた置物が棚いっぱいに並んでいる。

 隣の棚はアニメコーナーで、俺の大好きなアニメのDVDとブルーレイがコレクションしてある。
 DVDもブルーレイも両方買うのが俺の流儀だ。

 壁にはパン男ロボのポスターが貼られていて、テーブルの上にはロボの玩具がいっぱいで、そこだけ見ると子ども部屋みたいだと思う。

 俺がそんなことを思っている間も、ジェルはしっかり目を見開いて部屋の中をぐるりと見渡している。

「おや、あれは……?」

 彼はベッドの上に何か見つけたらしく、ずるずる滑り落ちながらも必死でシーツに捕まってよじ登った。

「――アレク。どうしてあなたの部屋に、魔女の業界誌があるんですかね?」

「やべぇ、雑誌を元に戻しておくのをすっかり忘れてた!」

 ジェルは開いたまま放置されていた雑誌の記事を読んで、怒りでフーフー言いながら尻尾を大きく膨らませている。
 
 今ジェルの頭の中では、俺が作ったキッシュとグリマルキン草が結びついているに違いない。

 これはやばい。絶対怒られるやつだ。 
 俺は猛スピードでリビングに逃げ出した。

 リビングの中まで必死に走って、小物が収納されているアンティークの棚の上に飛びついてよじ登る。

「ここなら大丈夫だな」

 この高さなら、運動神経ゼロなジェルにはきっと登れないだろう。

 しかしその後しばらく経っても、彼はまったく追ってくる気配が無かった。どうしたんだろうか。

「ふぁぁぁぁ……」

 しばらく棚の上でじっとしていると、なんだか退屈で眠くなってきた。
 まぁここは安全だろうし、少しくらいなら寝てもいいかもしれない。
 俺は睡魔に勝てず静かに目を閉じた。

 それからどれくらい経ったんだろうか。
 背中を撫でられるような感触がして目を覚ますと、俺は白い手に抱きかかえられていた。

 ふわりと甘い、ローズの香りが俺の鼻をくすぐる。
 これはジェルの愛用しているハンドクリームの匂いだ。

 見上げた俺の視界に、サラサラの金髪と慈愛に満ちた優しい青い眼差しが映った。

「ジェル……元に戻ったのか」

「えぇ、グリマルキン草のせいとわかれば、対処は難しいものではありませんから」

 どうやら自分の部屋で元に戻る薬を調合して、人間の姿に戻ったらしい。
 
「でも慣れない猫の手で薬を調合するのは大変でしたけどね」

 ジェルは、俺の喉を指先でくすぐりながら微笑んでいる。

「……怒ってないのか?」

「怒ってないわけじゃないですよ? でも元に戻ってリビングに行ってみたらアレクはスヤスヤ寝ちゃってたし。それに――」

 ジェルは俺の背中にブラシを当てて、毛をすきながら言った。

「せっかく目の前にモフモフの猫ちゃんがいるなら、堪能たんのうしたいじゃないですか」

 そう言えばジェルは、毛がふわふわした生き物が好きだもんな。

 ひと通りブラシで毛を整えられた後、俺はぞんぶんに撫で回された。 
 なんか変な感じだが、全身をマッサージされたと思えば悪くはない。

「さて。モフモフを楽しませてもらったし、これで示談といたしましょうか」

 ジェルは紐を通した白い厚紙を持ってきて、それにマジックペンで「俺はジェルにいたずらしました」と書いた。

 それを俺の首にかけてソファーに座らせると、ジェルはスマホを持ってその光景を笑いながら撮影する。

「アハハ、可愛い! ほらほら、もっと反省してる表情にしてくださいよ!」

 ちくしょう。猫耳のジェルをからかって遊ぶつもりが、すっかり俺の方が良い玩具にされてるじゃねぇか。

「ふふ。せっかくだから、一緒に撮りましょうね。反省している猫ちゃんとツーショットです!」

 すっかりノリノリのジェルはそう言って、俺の手前で床に座り込んで、スマホをインカメラにして自撮りをするように腕を伸ばす。

「ほら、アレク。撮りますから、こっち見てください!」

「あっ……なんか体がむずむずする」

 そう思ったら、俺の視界は急に高くなった。
 どうやら時間が経って、グリマルキン草の効き目が切れたらしい。

 その瞬間、カシャリとシャッター音が聞こえた。

 ジェルがスマホ画面越しに俺の姿を確認する。



「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 猫ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 こうして、俺たちの猫化事件はあっけなく終息した。

 後に残ったのは「俺はジェルにいたずらしました」と書かれた紙を首からかけた、全裸の俺とジェルのツーショット写真だけだ。

 ――もしジェルのスマホの画像フォルダにその写真があったとしても、それはそういう経緯なんで、どうか変な目で見ないでやってほしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【悲報】最弱ジョブ「弓使い」の俺、ダンジョン攻略中にSランク迷惑パーティーに絡まれる。~配信中に最弱の俺が最強をボコしたらバズりまくった件~

果 一
ファンタジー
 《第17回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を賜りました》 俺こと、息吹翔の通う学校には、Sランクパーティーのメンバーがいる。名前は木山豪気。ハイレベルな強さを持つ“剣士”であり、世間的にも有名である――ただし悪い意味で。  人を見下し、学校のアイドルを盗撮し、さらには平気で他のダンジョン冒険者を襲う、最低最悪の人間だった。しかも俺が最弱ジョブと言われる「弓使い(アーチャー)」だとわかるや否や、ガムを吐き捨てバカにしてくる始末。 「こいつとは二度と関わりたくないな」  そう思った矢先、ダンジョン攻略中に豪気が所属するSランクパーティーと遭遇してしまい、問答無用で攻撃を受けて――  しかし、豪気達は知らない。俺が弓捌きを極め、SSランクまで到達しているということを。  そして、俺も知らない。豪気達との戦いの様子が全国配信されていて、バズリまくってしまうということを。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。 ※本作はカクヨム・小説家になろうでも公開しています。両サイトでのタイトルは『【悲報】最弱ジョブ「弓使い」の俺、ダンジョン攻略中にSランク迷惑パーティーに絡まれる。~全国配信されていることに気付かず全員返り討ちにしたら、バズリまくって大変なことになったんだが!?~』となります。

あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り
キャラ文芸
物心が付く前に両親を亡くした『秋風 花梨』は、過度な食べ歩きにより全財産が底を尽き、途方に暮れていた。 そんな中、とある小柄な老人と出会い、温泉旅館で働かないかと勧められる。 怪しく思うも、温泉旅館のご飯がタダで食べられると知るや否や、花梨は快諾をしてしまう。 そして、その小柄な老人に着いて行くと――― 着いた先は、妖怪しかいない永遠の秋に囲まれた温泉街であった。 そこで花梨は仕事の手伝いをしつつ、人間味のある妖怪達と仲良く過ごしていく。 ほんの少しずれた日常を、あなたにも。

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

転校生は朝ドラ女優!?

小暮悠斗
キャラ文芸
若者に絶大な人気を誇る若手女優――新田結衣には夢があった。 普通の生活がしてみたい。国民的女優の仲間入りを果たしつつある彼女に普通の生活など送れるはずもなく、多忙な日々を送っていた。そんな中、結衣は周囲を巻き込み自分の夢をかなえる手段を思いつく。 問題は山積みのまま。  朝ドラ女優の二重生活が幕を開ける!! ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。  小説サイト「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

霊能師高校迷霊科~迷える霊を救う、たった一つの方法~

柚木ゆず
キャラ文芸
 迷霊、それは霊の一種。強い怨みを抱いて死んだ為に成仏できず霊となったが、心優しいが故に復讐を躊躇い悩む、可哀想な幽霊。そのまま放っておけば、暴霊(ぼうれい)となって暴れだしてしまう幽霊。  そんな霊を救える唯一の存在が、迷霊師。  これは迷霊師を目指す少年と少女の、人の醜さと優しさに満ちた物語――。

【中華ファンタジー】天帝の代言人~わけあって屁理屈を申し上げます~

あかいかかぽ
キャラ文芸
注意*主人公は男の子です 屁理屈や言いがかりにも骨や筋はきっとある!? 道士になるべく育てられていた少年、英照勇。 ある冬の夜、殺し屋に命を狙われて、たまたま出会った女侠に助けられたものの、彼女が言うには照勇は『皇孫』らしいのだ……。 は? そんなの初耳なんですけど……?。 屁理屈と言いがかりと詭弁と雄弁で道をひらく少年と、わけあり女侠と涙もろい詐欺師が旅する物語。 後宮が出てこない、漂泊と変転をくりかえす中華ファンタジー。 一応女性向けにしています。

遊女の私が水揚げ直前に、お狐様に貰われた話

新条 カイ
キャラ文芸
子供の頃に売られた私は、今晩、遊女として通過儀礼の水揚げをされる。男の人が苦手で、嫌で仕方なかった。子供の頃から神社へお参りしている私は、今日もいつもの様にお参りをした。そして、心の中で逃げたいとも言った。そうしたら…何故かお狐様へ嫁入りしていたようで!?

女装する美少女?からエスケープ!

木mori
キャラ文芸
99代目閻魔大王の、をねゐさんから突如100代目候補として指名された日乃本都(みやこ)、男子高校生。何者かに呪いをかけられて巨乳女子高生になってしまった。男子へ復帰するには、犯人を探し出して呪いを解かせるか、閻魔大王になって、強大な魔力で呪い解除するしかない!都に男子復帰の未来はあるのか?

処理中です...