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season2
102話:リュージさんの親孝行
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それは日差しの眩しい、ある夏の日の出来事でした。
アンティークの店「蜃気楼」に珍しいお客さんがやってきたのです。
金の刺繍(ししゅう)が施された青い着物を上品に着こなしている彼は、東洋人らしい細い目をさらに細めて人懐っこい声で挨拶しました。
「アレクさん、ジェルさん。お久しぶりネ!」
「リュージさん……!」
彼は以前に当店の手伝いをすると言ってやってきた人です。
――いや「人」というのは語弊があるでしょう。
なにせその正体は、水を司る偉い龍の神様なのですから。
「会いたかったヨー! 元気してマシタか?」
「あ、ありがとうございます。元気にしてました……」
ワタクシは以前に彼が来店した時のことを思い出しながら、震え声で答えました。
あの時は店の手伝いと称して掃除と洗濯をやらせただけでなく、トイレ掃除までさせてしまったのです。
知らなかったとはいえ、とても恐れ多いことをしてしまったのですから、ワタクシが緊張するのも仕方無いことでしょう。
「リュージ、どうしたんだ? また店の手伝いに来たのか?」
兄のアレクサンドルは、ワタクシの緊張などまったく気にする様子もなく自然に会話に加わってきます。
「アレクさん、違うヨ。今日はジェルさんにお願いがあって来たネー」
「お願い……ですか?」
偉い龍の神様が、ワタクシにいったい何をお願いすると言うのでしょうか。
「あのネ、3日後が私のお母さんの誕生日なのヨ。それで手料理作ってあげたいネ。でも私、料理できナイ。だから私に教えてクダサイ」
「料理ですか……」
まさか、そんなお願いとは。
確かに以前彼に掃除や洗濯のやり方は教えましたが、さらに料理まで教えてほしいと言われるなんて思ってもみませんでした。
「――ダメデスカ? お母さん、掃除や洗濯できるようになったら、とてもビックリしてたヨ。だから今度は料理でビックリさせたいネ」
「すげぇ親孝行じゃねぇか。なぁ、ジェル。力貸してやろうぜ!」
「まぁ、いいですけど……リュージさんにはいろいろ申し訳ないこともしてしまいましたし」
「じゃあ決まりだな。――それでリュージは何を作りたいんだ?」
「小籠包がイイデス。お母さんは小籠包大好きネ!」
小籠包は薄い皮の中に具材とスープが詰まった中華料理です。
作ったことが無いのでどうしようかと思いましたが、スマホでレシピを調べると特に変わった物が必要というわけでもなく、家庭でも作れそうでした。
「そうですね、じゃあレシピを見ながら一緒に作ってみましょうか」
足りない材料はアレクが買ってきてくれたので、すぐ取り掛かることができそうです。
ついでにワタクシのお金で勝手に山ほどのスイーツも買ってこられたのですが、それは手間賃と割り切って叱らないでおきましょう。
「アレクさん、このケーキ美味しいヨ!」
「おい、こっちのコーヒーゼリーも食ってみろ」
「コーヒーなのにゼリーとは不思議ネ! プルプルしてて甘いけど、コーヒーダヨ!」
ダイニングテーブルに大量のスイーツを並べて、仲良く試食会を始めた彼らの意識をこちらに戻すように、ワタクシは両手をパンパン鳴らして料理教室を開始しました。
「はいはい、それじゃ鶏ガラスープを温めて、ゼラチンを溶かしてスープを作りますからキッチンに集合~!」
「ジェルさん、ゼラチンってなんデスカ?」
あぁ、そこから教えないとダメでしたか……。
「えーっと、小籠包を噛んだ時に中から熱々のスープが出てくるのは、このゼラチンというのを溶かしてあるからなんです」
「……?」
リュージさんは意味がわからないのか、首をかしげています。
今まで料理なんてしたことが無い彼にどこまで理解してもらえるかはわかりませんが、説明を続けました。
「液体にゼラチンが入っていると冷やした時に、そのコーヒーゼリーみたいに固まるんですよ。そしてそれを加熱すると溶けて再び液体になります。その理屈を利用して小籠包の中のスープを作るんです」
彼は空になったコーヒーゼリーのカップを見つめ、こくこくと頷きました。
「ゼラチンスゴイデスネ!」
理解してもらえたかどうかはさておき。ワタクシはゼラチンを溶かしたスープを冷まし、その間に具材の用意を彼らにさせました。
リュージさんは、包丁を握るのは初めてなのか、危なっかしい手つきで玉葱を切っていきます。
「これ目が痛くて前が見えないヨ……」
潤んだ細い目をさらに細めて顔をしかめる彼の様子に、アレクが苦笑しました。
「しょうがねぇなぁ。――おい、リュージ、俺に貸してみろ」
アレクは器用に玉葱に切り込みを入れ、回転させてトントントントンと素早く細かく切り刻んでいきます。
「アレクさんスゴク上手ネ!」
「おう、刃物の扱いならお兄ちゃんに任せとけ」
アレクの見事な包丁さばきのおかげで、あっという間に玉葱のみじん切りが完成しました。
こんな風に普段からもっと手伝ってくれれば、ワタクシも助かるんですけどねぇ……
アンティークの店「蜃気楼」に珍しいお客さんがやってきたのです。
金の刺繍(ししゅう)が施された青い着物を上品に着こなしている彼は、東洋人らしい細い目をさらに細めて人懐っこい声で挨拶しました。
「アレクさん、ジェルさん。お久しぶりネ!」
「リュージさん……!」
彼は以前に当店の手伝いをすると言ってやってきた人です。
――いや「人」というのは語弊があるでしょう。
なにせその正体は、水を司る偉い龍の神様なのですから。
「会いたかったヨー! 元気してマシタか?」
「あ、ありがとうございます。元気にしてました……」
ワタクシは以前に彼が来店した時のことを思い出しながら、震え声で答えました。
あの時は店の手伝いと称して掃除と洗濯をやらせただけでなく、トイレ掃除までさせてしまったのです。
知らなかったとはいえ、とても恐れ多いことをしてしまったのですから、ワタクシが緊張するのも仕方無いことでしょう。
「リュージ、どうしたんだ? また店の手伝いに来たのか?」
兄のアレクサンドルは、ワタクシの緊張などまったく気にする様子もなく自然に会話に加わってきます。
「アレクさん、違うヨ。今日はジェルさんにお願いがあって来たネー」
「お願い……ですか?」
偉い龍の神様が、ワタクシにいったい何をお願いすると言うのでしょうか。
「あのネ、3日後が私のお母さんの誕生日なのヨ。それで手料理作ってあげたいネ。でも私、料理できナイ。だから私に教えてクダサイ」
「料理ですか……」
まさか、そんなお願いとは。
確かに以前彼に掃除や洗濯のやり方は教えましたが、さらに料理まで教えてほしいと言われるなんて思ってもみませんでした。
「――ダメデスカ? お母さん、掃除や洗濯できるようになったら、とてもビックリしてたヨ。だから今度は料理でビックリさせたいネ」
「すげぇ親孝行じゃねぇか。なぁ、ジェル。力貸してやろうぜ!」
「まぁ、いいですけど……リュージさんにはいろいろ申し訳ないこともしてしまいましたし」
「じゃあ決まりだな。――それでリュージは何を作りたいんだ?」
「小籠包がイイデス。お母さんは小籠包大好きネ!」
小籠包は薄い皮の中に具材とスープが詰まった中華料理です。
作ったことが無いのでどうしようかと思いましたが、スマホでレシピを調べると特に変わった物が必要というわけでもなく、家庭でも作れそうでした。
「そうですね、じゃあレシピを見ながら一緒に作ってみましょうか」
足りない材料はアレクが買ってきてくれたので、すぐ取り掛かることができそうです。
ついでにワタクシのお金で勝手に山ほどのスイーツも買ってこられたのですが、それは手間賃と割り切って叱らないでおきましょう。
「アレクさん、このケーキ美味しいヨ!」
「おい、こっちのコーヒーゼリーも食ってみろ」
「コーヒーなのにゼリーとは不思議ネ! プルプルしてて甘いけど、コーヒーダヨ!」
ダイニングテーブルに大量のスイーツを並べて、仲良く試食会を始めた彼らの意識をこちらに戻すように、ワタクシは両手をパンパン鳴らして料理教室を開始しました。
「はいはい、それじゃ鶏ガラスープを温めて、ゼラチンを溶かしてスープを作りますからキッチンに集合~!」
「ジェルさん、ゼラチンってなんデスカ?」
あぁ、そこから教えないとダメでしたか……。
「えーっと、小籠包を噛んだ時に中から熱々のスープが出てくるのは、このゼラチンというのを溶かしてあるからなんです」
「……?」
リュージさんは意味がわからないのか、首をかしげています。
今まで料理なんてしたことが無い彼にどこまで理解してもらえるかはわかりませんが、説明を続けました。
「液体にゼラチンが入っていると冷やした時に、そのコーヒーゼリーみたいに固まるんですよ。そしてそれを加熱すると溶けて再び液体になります。その理屈を利用して小籠包の中のスープを作るんです」
彼は空になったコーヒーゼリーのカップを見つめ、こくこくと頷きました。
「ゼラチンスゴイデスネ!」
理解してもらえたかどうかはさておき。ワタクシはゼラチンを溶かしたスープを冷まし、その間に具材の用意を彼らにさせました。
リュージさんは、包丁を握るのは初めてなのか、危なっかしい手つきで玉葱を切っていきます。
「これ目が痛くて前が見えないヨ……」
潤んだ細い目をさらに細めて顔をしかめる彼の様子に、アレクが苦笑しました。
「しょうがねぇなぁ。――おい、リュージ、俺に貸してみろ」
アレクは器用に玉葱に切り込みを入れ、回転させてトントントントンと素早く細かく切り刻んでいきます。
「アレクさんスゴク上手ネ!」
「おう、刃物の扱いならお兄ちゃんに任せとけ」
アレクの見事な包丁さばきのおかげで、あっという間に玉葱のみじん切りが完成しました。
こんな風に普段からもっと手伝ってくれれば、ワタクシも助かるんですけどねぇ……
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