60 / 163
season1
60話:止まらないカート
しおりを挟む
エスカレーターの段差でカートはバウンドして、その度にガコンガコン衝撃がきて俺の頭は激しく揺さぶられた。
平日の午前中だったので客はほとんどいないらしく、幸いぶつからずにすぐ下のフロアに来ることができたが、勢いはまったく止まらない。
「やべぇ、柱にぶつかる……!」
俺が必死で身をよじると、カートが傾いて回避することに成功した。
「危なかった~。なるほど、こうすりゃ曲がるのか……お、あれは!」
視界に俺が普段食っているお菓子が並んでいたので、通りすがりに片手で引っつかんでカートの隙間に入れる。
――よし、なんとか買い物ができそうだぞ。
勢いよく走るカートに身を任せ、俺は目に付いた物を適当に手に取っていく。
本当はコーディネートしないといけないんだが、選んでいる余裕は無い。
「すまん、ジェル。この状況でコーデはさすがのお兄ちゃんも無理だ……」
通りすがりの人がギャーと叫ぶ中、器用に人を避けながらカートは俺を乗せたままガラガラガラと音を立てて走っていく。
「おーい! びっくりさせてごめんな~! ……うぉっと!」
カートはそのままガタンガタンガタンと下りエスカレーターを滑り降りて、まったく止まる気配が無い。
次のフロアは玩具売り場だった。
前方に俺の大好きなアニメのコーナーがあるじゃないか。
「あっ、あれは……!」
ゆっくり手に取る暇もなくカートは無慈悲に通り過ぎていく。しかし俺の目は確実にある物を捉えていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ! パン男ロボDXじゃねぇかぁぁぁぁ~!」
ずっと欲しかったけど、売り切れで買えなかったやつだ。これは何が何でも買って帰りたい。
「くそ、止まれ! 止まれー! ダメか……」
カートはまったく止まってくれそうにないし、俺の尻も引っかかったままで脱出できそうに無い。だったらこのまま買うしかない。
さすがに逆走はできないが、周回は可能だ。
このフロアを1周すれば、再び同じ売り場にたどりつけるだろう。
「どぅおりゃぁぁぁぁぁぁ~‼」
俺は叫び声をあげながら思いっきり体を傾けて、角を曲がった。
数分後、俺の手にはパン男ロボDXがあった。俺は勝ったぞ……!
ロボを掲げた俺の目の前に、レジカウンターが飛び込んできた。
ちょうどいい、お会計をしよう。
「――あ、でもこれ止まらねぇんじゃ。あぁぁぁぁぁぁ! ……おっ?」
あと少しでレジにぶつかる……というギリギリのところでカートが止まった。
「い、いらっしゃいませ……」
店員さんはかなり動揺している感じだったが、カートに乗ったパンツ一丁の俺にちゃんと接客してくれた。
「――あ、すまん。お菓子以外は今すぐ使うんで値札外してくれるか?」
「ブフォッ! ……は、はい。かしこまりました。お、お会計は1万9990円になります」
「お、ちょうど足りた。これで頼む」
俺はパンツに挟んでいた2万円を差し出した。
「ブッ……ゲホゲホッ! あ、ありが……とうございましたっ」
買い物を終えた俺は、レジカウンターの端を掴んでカートから何とか抜け出した。
店員さんはうつむいて、口元をひくひくさせながら手を前で握り締めている。
「おう、サンキューな!」
俺はとりあえずカートを返却場所に返して、買った物を鏡の前で身に着けることにした。
「えーっと、サングラスに……これはハワイで首にかけてもらうお花のネックレス、あぁ。レイってやつだな。パン男ロボにも付けてやろう。後はワンチャンのパペットにサンダルにお菓子……まるでビーチからワープしてきたみたいに見えるな」
適当に引っ掴んできたわりにはちゃんとコーデしてるじゃねぇか。さすが俺。
「――おい、キミ。ちょっといいかな?」
鏡の前でポーズを取っていると、警察によく似た制服姿のオッサンが声をかけてきた。やべぇ、警備員呼ばれたのか。
捕まって家族を呼び出されたら、ジェルが来てしまう。
店内をカートで爆走したのがバレたら、きっとこっぴどく叱られるだろう。それはマズい。
「ごめんなさぁぁぁぁぁ~い‼」
俺は全力で走って店を飛び出した。
とりあえず警備員は追ってこなかったが……
「そういや俺、どうやって家に帰ったらいいんだ? もしかして徒歩か?」
残金はさっきのお釣りの10円玉のみ。これじゃ電車やバスには乗れない。
タクシーもこの格好じゃ止まってくれそうにねぇな……
俺は浮かれた姿のまま、歩いて家に帰る破目になった。
「……まぁ、いいか! パン男ロボDXが買えたしな!」
――家に帰ったら服を着てロボで遊ぼう。
行き交う人たちから冷たい視線が飛んできたが、俺の足取りは軽かった。
平日の午前中だったので客はほとんどいないらしく、幸いぶつからずにすぐ下のフロアに来ることができたが、勢いはまったく止まらない。
「やべぇ、柱にぶつかる……!」
俺が必死で身をよじると、カートが傾いて回避することに成功した。
「危なかった~。なるほど、こうすりゃ曲がるのか……お、あれは!」
視界に俺が普段食っているお菓子が並んでいたので、通りすがりに片手で引っつかんでカートの隙間に入れる。
――よし、なんとか買い物ができそうだぞ。
勢いよく走るカートに身を任せ、俺は目に付いた物を適当に手に取っていく。
本当はコーディネートしないといけないんだが、選んでいる余裕は無い。
「すまん、ジェル。この状況でコーデはさすがのお兄ちゃんも無理だ……」
通りすがりの人がギャーと叫ぶ中、器用に人を避けながらカートは俺を乗せたままガラガラガラと音を立てて走っていく。
「おーい! びっくりさせてごめんな~! ……うぉっと!」
カートはそのままガタンガタンガタンと下りエスカレーターを滑り降りて、まったく止まる気配が無い。
次のフロアは玩具売り場だった。
前方に俺の大好きなアニメのコーナーがあるじゃないか。
「あっ、あれは……!」
ゆっくり手に取る暇もなくカートは無慈悲に通り過ぎていく。しかし俺の目は確実にある物を捉えていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ! パン男ロボDXじゃねぇかぁぁぁぁ~!」
ずっと欲しかったけど、売り切れで買えなかったやつだ。これは何が何でも買って帰りたい。
「くそ、止まれ! 止まれー! ダメか……」
カートはまったく止まってくれそうにないし、俺の尻も引っかかったままで脱出できそうに無い。だったらこのまま買うしかない。
さすがに逆走はできないが、周回は可能だ。
このフロアを1周すれば、再び同じ売り場にたどりつけるだろう。
「どぅおりゃぁぁぁぁぁぁ~‼」
俺は叫び声をあげながら思いっきり体を傾けて、角を曲がった。
数分後、俺の手にはパン男ロボDXがあった。俺は勝ったぞ……!
ロボを掲げた俺の目の前に、レジカウンターが飛び込んできた。
ちょうどいい、お会計をしよう。
「――あ、でもこれ止まらねぇんじゃ。あぁぁぁぁぁぁ! ……おっ?」
あと少しでレジにぶつかる……というギリギリのところでカートが止まった。
「い、いらっしゃいませ……」
店員さんはかなり動揺している感じだったが、カートに乗ったパンツ一丁の俺にちゃんと接客してくれた。
「――あ、すまん。お菓子以外は今すぐ使うんで値札外してくれるか?」
「ブフォッ! ……は、はい。かしこまりました。お、お会計は1万9990円になります」
「お、ちょうど足りた。これで頼む」
俺はパンツに挟んでいた2万円を差し出した。
「ブッ……ゲホゲホッ! あ、ありが……とうございましたっ」
買い物を終えた俺は、レジカウンターの端を掴んでカートから何とか抜け出した。
店員さんはうつむいて、口元をひくひくさせながら手を前で握り締めている。
「おう、サンキューな!」
俺はとりあえずカートを返却場所に返して、買った物を鏡の前で身に着けることにした。
「えーっと、サングラスに……これはハワイで首にかけてもらうお花のネックレス、あぁ。レイってやつだな。パン男ロボにも付けてやろう。後はワンチャンのパペットにサンダルにお菓子……まるでビーチからワープしてきたみたいに見えるな」
適当に引っ掴んできたわりにはちゃんとコーデしてるじゃねぇか。さすが俺。
「――おい、キミ。ちょっといいかな?」
鏡の前でポーズを取っていると、警察によく似た制服姿のオッサンが声をかけてきた。やべぇ、警備員呼ばれたのか。
捕まって家族を呼び出されたら、ジェルが来てしまう。
店内をカートで爆走したのがバレたら、きっとこっぴどく叱られるだろう。それはマズい。
「ごめんなさぁぁぁぁぁ~い‼」
俺は全力で走って店を飛び出した。
とりあえず警備員は追ってこなかったが……
「そういや俺、どうやって家に帰ったらいいんだ? もしかして徒歩か?」
残金はさっきのお釣りの10円玉のみ。これじゃ電車やバスには乗れない。
タクシーもこの格好じゃ止まってくれそうにねぇな……
俺は浮かれた姿のまま、歩いて家に帰る破目になった。
「……まぁ、いいか! パン男ロボDXが買えたしな!」
――家に帰ったら服を着てロボで遊ぼう。
行き交う人たちから冷たい視線が飛んできたが、俺の足取りは軽かった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
あやかし旅籠 ちょっぴり不思議なお宿の広報担当になりました
水縞しま
キャラ文芸
旧題:あやかし旅籠~にぎやか動画とほっこり山菜ごはん~
第6回キャラ文芸大賞【奨励賞】作品です。
◇◇◇◇
廃墟系動画クリエーターとして生計を立てる私、御崎小夏(みさきこなつ)はある日、撮影で訪れた廃村でめずらしいものを見つける。つやつやとした草で編まれたそれは、強い力が宿る茅の輪だった。茅の輪に触れたことで、あやかしの姿が見えるようになってしまい……!
廃村で出会った糸引き女(おっとり美形男性)が営む旅籠屋は、どうやら経営が傾いているらしい。私は山菜料理をごちそうになったお礼も兼ねて、旅籠「紬屋」のCM制作を決意する。CMの効果はすぐにあらわれお客さんが来てくれたのだけど、客のひとりである三つ目小僧にねだられて、あやかし専門チャンネルを開設することに。
デパコスを愛するイマドキ女子の雪女、枕を返すことに執念を燃やす枕返し、お遍路さんスタイルの小豆婆。個性豊かなあやかしを撮影する日々は思いのほか楽しい。けれど、私には廃墟を撮影し続けている理由があって……。
愛が重い美形あやかし×少しクールなにんげん女子のお話。
ほっこりおいしい山菜レシピもあります。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
「お前のような奴はパーティーに必要ない」と追放された錬金術師は自由に生きる~ポーション作ってたらいつの間にか最強になってました~
平山和人
ファンタジー
錬金術師のカイトは役立たずを理由にパーティーから追放されてしまう。自由を手に入れたカイトは世界中を気ままに旅することにした。
しかし、カイトは気づいていなかった。彼の作るポーションはどんな病気をも治す万能薬であることを。
カイトは旅をしていくうちに、薬神として崇められることになるのだが、彼は今日も無自覚に人々を救うのであった。
一方、カイトを追放したパーティーはカイトを失ったことで没落の道を歩むことになるのであった。
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」
GOM
キャラ文芸
ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。
そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。
GOMがお送りします地元ファンタジー物語。
アルファポリス初登場です。
イラスト:鷲羽さん
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる