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season1

60話:止まらないカート

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エスカレーターの段差でカートはバウンドして、その度にガコンガコン衝撃がきて俺の頭は激しく揺さぶられた。

 平日の午前中だったので客はほとんどいないらしく、幸いぶつからずにすぐ下のフロアに来ることができたが、勢いはまったく止まらない。

「やべぇ、柱にぶつかる……!」

 俺が必死で身をよじると、カートが傾いて回避することに成功した。
 
「危なかった~。なるほど、こうすりゃ曲がるのか……お、あれは!」

 視界に俺が普段食っているお菓子が並んでいたので、通りすがりに片手で引っつかんでカートの隙間に入れる。

 ――よし、なんとか買い物ができそうだぞ。

 勢いよく走るカートに身を任せ、俺は目に付いた物を適当に手に取っていく。
 本当はコーディネートしないといけないんだが、選んでいる余裕は無い。

「すまん、ジェル。この状況でコーデはさすがのお兄ちゃんも無理だ……」

 通りすがりの人がギャーと叫ぶ中、器用に人を避けながらカートは俺を乗せたままガラガラガラと音を立てて走っていく。 

「おーい! びっくりさせてごめんな~! ……うぉっと!」

 カートはそのままガタンガタンガタンと下りエスカレーターを滑り降りて、まったく止まる気配が無い。 

 次のフロアは玩具売り場だった。
 前方に俺の大好きなアニメのコーナーがあるじゃないか。

「あっ、あれは……!」

 ゆっくり手に取る暇もなくカートは無慈悲に通り過ぎていく。しかし俺の目は確実にある物を捉えていた。

「あぁぁぁぁぁぁぁ! パン男ロボDXじゃねぇかぁぁぁぁ~!」

 ずっと欲しかったけど、売り切れで買えなかったやつだ。これは何が何でも買って帰りたい。

「くそ、止まれ! 止まれー! ダメか……」
 
 カートはまったく止まってくれそうにないし、俺の尻も引っかかったままで脱出できそうに無い。だったらこのまま買うしかない。
 さすがに逆走はできないが、周回は可能だ。
 このフロアを1周すれば、再び同じ売り場にたどりつけるだろう。

「どぅおりゃぁぁぁぁぁぁ~‼」

 俺は叫び声をあげながら思いっきり体を傾けて、角を曲がった。

 数分後、俺の手にはパン男ロボDXがあった。俺は勝ったぞ……!
 ロボを掲げた俺の目の前に、レジカウンターが飛び込んできた。
 ちょうどいい、お会計をしよう。

「――あ、でもこれ止まらねぇんじゃ。あぁぁぁぁぁぁ! ……おっ?」

 あと少しでレジにぶつかる……というギリギリのところでカートが止まった。
 
「い、いらっしゃいませ……」

 店員さんはかなり動揺している感じだったが、カートに乗ったパンツ一丁の俺にちゃんと接客してくれた。

「――あ、すまん。お菓子以外は今すぐ使うんで値札外してくれるか?」

「ブフォッ! ……は、はい。かしこまりました。お、お会計は1万9990円になります」

「お、ちょうど足りた。これで頼む」

 俺はパンツに挟んでいた2万円を差し出した。

「ブッ……ゲホゲホッ! あ、ありが……とうございましたっ」

 買い物を終えた俺は、レジカウンターの端を掴んでカートから何とか抜け出した。
 店員さんはうつむいて、口元をひくひくさせながら手を前で握り締めている。

「おう、サンキューな!」

 俺はとりあえずカートを返却場所に返して、買った物を鏡の前で身に着けることにした。

「えーっと、サングラスに……これはハワイで首にかけてもらうお花のネックレス、あぁ。レイってやつだな。パン男ロボにも付けてやろう。後はワンチャンのパペットにサンダルにお菓子……まるでビーチからワープしてきたみたいに見えるな」

 適当に引っ掴んできたわりにはちゃんとコーデしてるじゃねぇか。さすが俺。

「――おい、キミ。ちょっといいかな?」

 鏡の前でポーズを取っていると、警察によく似た制服姿のオッサンが声をかけてきた。やべぇ、警備員呼ばれたのか。
 捕まって家族を呼び出されたら、ジェルが来てしまう。
 店内をカートで爆走したのがバレたら、きっとこっぴどく叱られるだろう。それはマズい。
 
「ごめんなさぁぁぁぁぁ~い‼」

 俺は全力で走って店を飛び出した。
 とりあえず警備員は追ってこなかったが……

「そういや俺、どうやって家に帰ったらいいんだ? もしかして徒歩か?」

 残金はさっきのお釣りの10円玉のみ。これじゃ電車やバスには乗れない。
 タクシーもこの格好じゃ止まってくれそうにねぇな……

 俺は浮かれた姿のまま、歩いて家に帰る破目になった。

「……まぁ、いいか! パン男ロボDXが買えたしな!」

 ――家に帰ったら服を着てロボで遊ぼう。

 行き交う人たちから冷たい視線が飛んできたが、俺の足取りは軽かった。

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