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season1

22話:子育て開始

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 そして、その翌日。
 約束通り、ジンは様子を見に来てくれました。
 
「ジェル子ちゃん~、アレクちゃんの様子はどう……って、ちょっと! ジェル子ちゃん、その格好どうしたのよ⁉」



 ジンが驚くのも仕方ないかもしれません。
 ――今のワタクシは髪を縛って上下スウェットのトレーナーとズボンですから。

「うぅ……まことに遺憾ですが、正装で子育ては無理です!」

 アレクがワタクシの身体をアスレチック感覚でよじ登るので、ブローチやピンなどは危なくて外しました。それでもネクタイを毟り取られるわ、ボタンを口に入れるわ、髪を引っ張るわでとてもじゃないけどあんな服、着ていられません。

「まぁ、そうかもしれないわねぇ~」

「それでアレクのクローゼットから、何とか着れそうなのを拝借した次第です」

「これはジェル子ちゃんにも着替えが要るわね……」

 さらに数日後。

「ジェル子ちゃん~、様子見にきたわよ……あら、ジェル子ちゃんちょっと痩せた――というよりやつれた?」

「……かもしれません」

 ――予想以上に子育ては大変でした。

 まず食事。アレクに食べてもらおうと、ハンバーグやスパゲッティなど子どもの好きそうな物を頑張って用意してるんですよ。
 そもそも準備だって、アレクが邪魔するから1品作るのすら大変なんです。

 それなのに彼は、ちゃんと食べてくれません。ちょっと目を離したら口の中にご飯が入っているのに寝てしまいます。起こして食べさせるのもひと苦労です。

 そして食事中はあんなにウトウトしてるのに、夜になったらまったく寝てくれない。
 オヤツが食べたい、おんぶして、パン男が見たい、などとワガママ放題です。

 お風呂も大変。我が家は西洋式の比較的浅いバスタブですが、アレクだけでは入れませんから抱っこして入らないといけません。シャワーが顔にかかるのを嫌がってグズるので、髪や身体を洗うのもなかなか大変です。

 その間、ワタクシ自身が身体を洗ったりする余裕はありませんので、アレクを寝かしつけた後で入りなおし。
 念の為に魔術を使ってベッドの周囲に防御結界は張りますが、それでもアレクがいつ目を覚ますか気が気で無いので、急いでシャワーで済ませないといけないのです。

「ジェル子ちゃんかなりキツそうだけど大丈夫? よかったら数日だけでもうちで預かろうか?」

「いえ、大丈夫です」

 こんな大変なことを他の誰かにお願いするなんて……とてもじゃないけどできません。

 ――それに。

「ママン、だっこ~」

「ハイハイ」

 大変だけど、可愛いんです。ママンと呼ばれているうちにその気になってしまったんでしょうか。いつの間にか幼いアレクに対して、言葉では上手く説明できない感情が芽生えていました。

 ギュッとしがみついてくる彼を抱き上げ頭を撫でてやると、幸せそうにキャッキャッと笑い頬をすりよせてきます。

「んまぁ……尊いわぁ……」

「おとなしくしている分には天使なんですけどねぇ」

 ワタクシは苦笑いしましたが、きっとその笑顔は幸せそうであったに違いありません。

 それからさらに数日経つと、ワタクシも少し育児に慣れてきました。
 
「アーレーク! さぁ、お休みの時間ですよ~!」

「やぁーだー! まだ遊ぶー!」

 就寝時間になったので、ジタバタするアレクを抱え上げてワタクシの部屋へ連れて行き、ベッドに寝かしつけます。

「さぁ、絵本でも読みましょうか? それとも何かお話しましょうか?」

 すると彼は急に無理難題を言ってきました。

「ねー、ママン。子守唄歌って~!」

「子守唄……?」

「テレビで見た。ママンはママンだから子守唄を歌うんだぞ!」

 子守唄なんて歌ったことも無いですし、そもそもどんな歌なのか知らないので困ってしまいました。

「ママン、子守唄は~?」

 彼の顔がどんどん不機嫌になっていきます。なんて理不尽なと思いますが、子どもとはそういうものなので仕方ありません。
 ふと、以前に文献で読んだ『魔物を眠らせる魔法の呪文』のことが頭をよぎりました。

「ふむ……結果が同じなら過程は少々違っても問題ないですよね」

「ママン……?」

 ワタクシは本棚から魔術書を取り出し、一応子守唄になるように適当にメロディをつけて詠唱を始めました。

「闇~深きものよぉ~ 夜の帳を~今ここにぃ~♪」

「ママン……そのお歌、なんか怖いぞ」

「ヒュプノスの名においてぇ~……闇夜にぃ~♪ その身を委ね~ん♪」

「ママン、子守唄いらない。パン男が見たい」

 ママンがせっかく歌ったのにこの仕打ち。しかもちっとも効いてないし。ワタクシはため息をつきました。

 終始そんな感じで振り回されっぱなしですが、幼いアレクとの生活は楽しく、ワタクシの腕の中で安心しきった顔ですやすやと眠るあどけない顔を見ていると、いつも温かい気持ちになるのでした。
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