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season1
7話:契約の代償
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なるほど、契約というからには対価が必要ということなのでしょう。
しかし、何を奉納すればよいのでしょうか。
「なに、たいした物じゃない。アンタの持ち物を何かもらえればいい」
持ち物と言われ何を差し出すべきか考えていると、彼は壁を指差しました。
「そこの壁に飾ってある装飾品はどう? あれはアンタの物だよね」
「よくわかりましたね。ワタクシはブローチ集めが趣味なんですよ」
「ずいぶんたくさんあるなぁ」
「そうでしょう。全部で100個ありますよ」
視線の先には、大小さまざまなデザインのブローチがありました。
スーツに合わせる為の格調高いものから、花の形や動物の形の可愛らしいものまで、丁寧に吟味して買い集めた品です。
「じゃ、これを奉納してくれないかな?」
「えぇっ! まさか全部持っていく気ですか⁉」
「そんなには要らない。1つでいいよ」
――あぁ、驚いた。全部持っていかれたらどうしようかと思いました。
ブローチは100個もあります。その中からたった1つならそんな痛手ではありません。そんなことでいいのでしょうか。
「1つでいいんですか? いいですよ、たくさんありますしお好きなのをどうぞ」
「どれでもいいんだね?」
「はい、どうぞ」
どうせ物の良し悪しなどわかるはずはないだろうし、1つくらいならまぁいいかと、ワタクシはすっかりたかをくくっていました。
「うん……じゃ、これがいいな」
彼はコレクションをしばらく眺めたのち、蝶の形をしたブローチをひとつ選びました。
「え、まさかそれを選ぶとは……」
ワタクシは思わず息をのみました。
それはおそらく宝飾にまったく興味の無い人にとっては、価値などわからない品でしょう。
実はフランスの有名宝飾デザイナーが手がけたアンティーク品で、市場にはまず出回らないとても高価なお品なのです。
まさか100個もある中から、とっておきの物を選ばれるとは思っていなかったので本当に驚きました。
「あなた、それが一番高価な物と知っていたのですか?」
「高価かどうかなんて知らない。でも良い物はわかるさ。これ、とても好きだ」
「好き……?」
「うん。他のも良いと思うけど、これが一番好き。色の組み合わせも良いしデザインにストーリー性があって良いな。繊細な細工で作り手のこだわりを感じるね」
――そう、そうなのですよ。
これは一番良い物で、ワタクシのお気に入りなのです。
自慢の品を褒められたうれしさで、ワタクシは思わず彼の手をとりました。
「そうでしょうそうでしょう! お分かりいただけますか……!」
「え、なに、どうしたの急に……」
「せっかくなのでそのお品の来歴をお話いたしましょう! あぁそうだ。お酒ももっとお持ちいたしましょうね!」
「あ、うん。ありがとう」
――それからブローチについて語ること1時間。
作品が作られた時代背景や、ジュエリーの歴史、さらには細工の技法や金属加工についてなど、かなり専門的な話もしましたが彼はまったく嫌がるどころか、興味深く熱心に聞いてくれたのです。
「すごいな。たくさん勉強してるね。この品がとても貴重な物なのがよくわかったよ」
「ありがとうございます。感覚的な良し悪しだけでなく、できればそのお品が誕生した背景も知っていただきたくて……」
「知識が無くても楽しめる物は世の中にたくさんある。でも知識があるともっと楽しくなるってことだよね」
「その通りです。――よかったらこちらもご覧になりませんか?」
「うん、どれどれ? これも素敵だね。いつ頃に作られたものなの?」
「こちらはヴィクトリア時代の物でしてね……」
その後もワタクシは熱心に話しこんでいました。
じっくり話してみると彼は知識も豊富な話のわかる人物で、気が付けばすっかり打ち解けていたのです。
「……よし、これで契約成立だね。あらためて名乗ろう。僕はシラノモリノミコトだよ」
一通り話し終えると、彼はそう言って姿勢を正しました。
「シラノモリ――どんな字を書くんですか?」
「あ、えっと……『白ノ守尊』と書くんだ」
彼はカウンターにあったメモにペンで書きつけます。なかなかに綺麗な字です。
「ほう、白という字なのですね。――ではシロと呼ぶのはどうでしょう?」
「シロってちょっと! 犬みたいに呼ばないでくれる?」
「呼びやすくて良いと思ったのですが」
シラノモリノミコトなんていちいち呼んでられませんし、シロの方がずっとわかりやすいじゃないですか。
「……アンタなぁ」
「アンタではなく、ワタクシの名はジェルマンです。ジェルと呼んでください」
「……ジェル」
「思ったことは遠慮せず言えと言ったのはシロです。一番良い物を持っていくんだからそれくらいは許してください」
ワタクシはそう言いながら彼の為にブローチを箱にしまいました。やはり一番良い物を持っていかれるのは少し悔しいのです。
「契約は契約でしょ? ジェルはどれでもいいって言ったよね?」
「まぁそうですけど……」
「その代わりこれからはずっと僕が守ってあげる。――だからよろしくね」
箱に入ったブローチをいつまでも未練がましく見ているワタクシを優しくなだめつつ、彼はそれを懐にしまい込みます。
「それじゃ僕、帰るよ。次は普通に遊びに来るから、またお酒用意しておいてよね」
「はい、またお待ちしています!」
「――こんなところで居酒屋経営なんて大変だろうけど、僕応援してるよ」
「……え」
「だって、ずっと練習してたじゃない。お通し入りますとか生一丁とか……」
「えぇぇぇぇぇぇっ⁉ うちアンティークの店なんですけど⁉」
彼はワタクシの反応を見て大笑いした後、笑顔で「またね」と言って帰って行きました。
どうやらからかわれたらしい、と気付いたのはドアが閉まった後だったのです。
それ以来、シロとあだ名がついた氏神様は時々遊びに来るようになりました。
お酒が大好きなのできっとアレクともすぐに打ち解けることでしょう。
――ブローチは減ってしまったけど、友人ができたのはうれしいなぁ。
そう思いながらワタクシは99個になったブローチを眺めるのでした。
しかし、何を奉納すればよいのでしょうか。
「なに、たいした物じゃない。アンタの持ち物を何かもらえればいい」
持ち物と言われ何を差し出すべきか考えていると、彼は壁を指差しました。
「そこの壁に飾ってある装飾品はどう? あれはアンタの物だよね」
「よくわかりましたね。ワタクシはブローチ集めが趣味なんですよ」
「ずいぶんたくさんあるなぁ」
「そうでしょう。全部で100個ありますよ」
視線の先には、大小さまざまなデザインのブローチがありました。
スーツに合わせる為の格調高いものから、花の形や動物の形の可愛らしいものまで、丁寧に吟味して買い集めた品です。
「じゃ、これを奉納してくれないかな?」
「えぇっ! まさか全部持っていく気ですか⁉」
「そんなには要らない。1つでいいよ」
――あぁ、驚いた。全部持っていかれたらどうしようかと思いました。
ブローチは100個もあります。その中からたった1つならそんな痛手ではありません。そんなことでいいのでしょうか。
「1つでいいんですか? いいですよ、たくさんありますしお好きなのをどうぞ」
「どれでもいいんだね?」
「はい、どうぞ」
どうせ物の良し悪しなどわかるはずはないだろうし、1つくらいならまぁいいかと、ワタクシはすっかりたかをくくっていました。
「うん……じゃ、これがいいな」
彼はコレクションをしばらく眺めたのち、蝶の形をしたブローチをひとつ選びました。
「え、まさかそれを選ぶとは……」
ワタクシは思わず息をのみました。
それはおそらく宝飾にまったく興味の無い人にとっては、価値などわからない品でしょう。
実はフランスの有名宝飾デザイナーが手がけたアンティーク品で、市場にはまず出回らないとても高価なお品なのです。
まさか100個もある中から、とっておきの物を選ばれるとは思っていなかったので本当に驚きました。
「あなた、それが一番高価な物と知っていたのですか?」
「高価かどうかなんて知らない。でも良い物はわかるさ。これ、とても好きだ」
「好き……?」
「うん。他のも良いと思うけど、これが一番好き。色の組み合わせも良いしデザインにストーリー性があって良いな。繊細な細工で作り手のこだわりを感じるね」
――そう、そうなのですよ。
これは一番良い物で、ワタクシのお気に入りなのです。
自慢の品を褒められたうれしさで、ワタクシは思わず彼の手をとりました。
「そうでしょうそうでしょう! お分かりいただけますか……!」
「え、なに、どうしたの急に……」
「せっかくなのでそのお品の来歴をお話いたしましょう! あぁそうだ。お酒ももっとお持ちいたしましょうね!」
「あ、うん。ありがとう」
――それからブローチについて語ること1時間。
作品が作られた時代背景や、ジュエリーの歴史、さらには細工の技法や金属加工についてなど、かなり専門的な話もしましたが彼はまったく嫌がるどころか、興味深く熱心に聞いてくれたのです。
「すごいな。たくさん勉強してるね。この品がとても貴重な物なのがよくわかったよ」
「ありがとうございます。感覚的な良し悪しだけでなく、できればそのお品が誕生した背景も知っていただきたくて……」
「知識が無くても楽しめる物は世の中にたくさんある。でも知識があるともっと楽しくなるってことだよね」
「その通りです。――よかったらこちらもご覧になりませんか?」
「うん、どれどれ? これも素敵だね。いつ頃に作られたものなの?」
「こちらはヴィクトリア時代の物でしてね……」
その後もワタクシは熱心に話しこんでいました。
じっくり話してみると彼は知識も豊富な話のわかる人物で、気が付けばすっかり打ち解けていたのです。
「……よし、これで契約成立だね。あらためて名乗ろう。僕はシラノモリノミコトだよ」
一通り話し終えると、彼はそう言って姿勢を正しました。
「シラノモリ――どんな字を書くんですか?」
「あ、えっと……『白ノ守尊』と書くんだ」
彼はカウンターにあったメモにペンで書きつけます。なかなかに綺麗な字です。
「ほう、白という字なのですね。――ではシロと呼ぶのはどうでしょう?」
「シロってちょっと! 犬みたいに呼ばないでくれる?」
「呼びやすくて良いと思ったのですが」
シラノモリノミコトなんていちいち呼んでられませんし、シロの方がずっとわかりやすいじゃないですか。
「……アンタなぁ」
「アンタではなく、ワタクシの名はジェルマンです。ジェルと呼んでください」
「……ジェル」
「思ったことは遠慮せず言えと言ったのはシロです。一番良い物を持っていくんだからそれくらいは許してください」
ワタクシはそう言いながら彼の為にブローチを箱にしまいました。やはり一番良い物を持っていかれるのは少し悔しいのです。
「契約は契約でしょ? ジェルはどれでもいいって言ったよね?」
「まぁそうですけど……」
「その代わりこれからはずっと僕が守ってあげる。――だからよろしくね」
箱に入ったブローチをいつまでも未練がましく見ているワタクシを優しくなだめつつ、彼はそれを懐にしまい込みます。
「それじゃ僕、帰るよ。次は普通に遊びに来るから、またお酒用意しておいてよね」
「はい、またお待ちしています!」
「――こんなところで居酒屋経営なんて大変だろうけど、僕応援してるよ」
「……え」
「だって、ずっと練習してたじゃない。お通し入りますとか生一丁とか……」
「えぇぇぇぇぇぇっ⁉ うちアンティークの店なんですけど⁉」
彼はワタクシの反応を見て大笑いした後、笑顔で「またね」と言って帰って行きました。
どうやらからかわれたらしい、と気付いたのはドアが閉まった後だったのです。
それ以来、シロとあだ名がついた氏神様は時々遊びに来るようになりました。
お酒が大好きなのできっとアレクともすぐに打ち解けることでしょう。
――ブローチは減ってしまったけど、友人ができたのはうれしいなぁ。
そう思いながらワタクシは99個になったブローチを眺めるのでした。
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