それは非売品です！～残念イケメン兄弟と不思議な店～

season１

2話：初めてのお客様

　兄のアレクサンドルの頼みでお店を始めることになったワタクシは、彼と一緒に開店準備をしていました。

「これは壮観ですねぇ……」

　我が家の一角を改築して小さな店を作り、そこに厳選したコレクションを運び込みました。

　装飾の施されたアンティークの家具を並べ、壁側には動物の剥製と植物の標本を展示して、棚には珍しい魔術書や錬金術で使う薬品の瓶を置いて……好きな物を並べるのは楽しいものです。

「おい、ジェル。このドラゴンの牙も売り物にしちゃって大丈夫か？」

「そうですね。せっかくなのでドラゴンスレイヤーの隣に並べておきましょう」

「了解。よいしょっと……」

　アレクは白く輝く大きな牙を、竜殺しの剣の隣に並べました。
　ワタクシ達はアンティークの他にも神話に登場するような珍しいアイテムや、いわく付きの品もたくさん持っているのです。
　
「ところで、アレク。この格好、どうですかね？」

　ワタクシは両手を広げて、お客様をお迎えする為に用意した今の自分の服装をアレクにアピールしました。
　真っ白のシャツに、紺のジャケットとクロスタイを合わせた現代の執事風のスタイルです。

「おう、いいんじゃねぇか。似合ってるぞ」
　
「……さて、お店もワタクシも準備ができました。お客様第１号はどんな人でしょうねぇ」

「そういや、どうやってお客さんが来るんだ？　この店は結界を張って外から見えないようにしてるんだろ？」

　そう、この店はワタクシの魔術で特殊な結界を張っているのです。
　そのおかげで、店やそれに繋がっている家も外からは見えないし存在しません。

　そんな状況でも特定のお客さんだけが来れるように、ワタクシはある特別な仕掛けをしていました。

「うちにある商品たちに、お客さんを呼んでもらうことにしました」

「どういうこった？」

「魔術を使って『店の商品と縁が深い人』が招かれるように条件付けしてみたのです」

「じゃあ、たとえばだけど、この古い本が商品だとどうなるんだ？」

　アレクは手元にあった１冊の本を手に取りました。

「そうですねぇ。前の持ち主が来店するかもしれませんし、もしかしたらその本の著者がやってくるかもしれません」

「変な仕組みにしたもんだな」

「アレクが言ったんですよ。“ジェルが売ってあげてもいいと思った人にだけ売ってあげればいい”って。つまり、ワタクシ達よりも相応しい持ち主が現れた場合は素直にお譲りしようと思うのですよ」

　そんな奇妙な条件付けをしたせいなのか、当店に初めてお客様が来たのはオープンしてから、なんと１か月後のことだったのです。

　その日、ワタクシは誰も来ないのを良いことに、紅茶を飲みながら店のカウンターでのんびり読書していました。

「ここは……どこであるか？」

　カチャカチャと金属のぶつかる音が聞こえて顔を上げると、金や宝石で豪華に飾りつけられた鎧を身にまとった金髪の美しい男性がワタクシを見下ろしています。

「ひゃっ、い、いらっしゃいませっ！」
　
　予想外のお客様にワタクシは慌てて立ち上がり、ここがアンティークの店であることと、自分が店主のジェルマンであることを伝えました。

「つまりここは店で、そなたは店主であると」

「はい、そうです。よろしければご自由にご覧くださいませ」

「なるほど、興味深いな。見せてもらおう」

　白熱灯の光でキラキラと全身の装飾を輝かせながら、男性はゆっくり店内を見ています。
　ワタクシはその隙に、店の奥の扉を開けてアレクを呼びました。

「アレク～、お客様がついに来ましたよ～！」

　その声を聞きつけたアレクは店にやってきて、きらびやかな男性を見て目を丸くしています。

「なんで鎧なんか着てるんだ、あの人……」

「今時珍しいですよね」

「いや、あきらかにおかしいだろ。……とりあえず、お兄ちゃん接客してくるわ」

　アレクは商品を熱心に見ている彼に近寄り、爽やかな笑顔で話しかけました。

「よぉ、いらっしゃい。何か気になるものでも見つかった？」

「うむ。ひとつ聞きたいのだが……先ほどからこれは私の気配に反応して動いているようなのだ。これはいかなる物であるか」

　男性の手には、音に反応してゆらゆらと動く花の形をした玩具がありました。
　どうやら、アレクが面白がって買ってきた玩具が紛れ込んでいたようです。

「あぁ、そいつは音に反応して動くんだよ」

「なるほど。索敵さくてきに使う兵器であったか。興味深い」

　彼はアレクの言葉を勝手に解釈して頷いています。

「兵器って……まぁそういう使い方もできるんじゃねぇかな」

　アレクは訂正するのが面倒なのか、適当に相槌をうちました。
　そんな投げやりな接客でいいんでしょうかねぇ。

「ところで、あの棚の上の箱から私の力を感じるのだが……あの箱の中にある物を見せてもらってもいいだろうか」

　男性が指し示した棚の上にあったのは、手の平に乗る程度の指輪でも入ってそうな白い小箱でした。

「なんだっけなぁ、これ。――あぁ、たぶん俺がアイルランドに寄った時に買った鉱石だ」

　アレクが蓋を開けると樹脂製と思われる標本ケースが入っており、ケースの中で何かが赤く光っています。

　それは５cm程度の小さくて赤い透明の石のような物でした。両端は鋭く尖っていてガラスの破片のようにも見えます。

「おお、これはまさしく、ずっと探していた我が槍の破片。これをさっきの兵器と一緒に譲ってもらえないだろうか」

「売って欲しいってさ。どうする、ジェル？」

　話を振られたので、ワタクシは思い切って聞いてみることにしました。

「あの、それは鉱石のように見えますが、貴方はそれが何なのかご存知なのですか？」

「これは鉱石では無い。ゲイボルグと言う我が槍の一部だ。この槍でつけた傷は直らず、刺された者は必ず死ぬ。いわゆる神器だ」

「ゲイボルグ……！　失礼ですが、貴方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか？」

「我が名はクー・フーリンだ」

「……やはりそうでしたか。ならばこれはお譲りいたしましょう」

「対価はこれで良いだろうか？」

　クー・フーリンと名乗った男は自分の髪や鎧に付けられていた装飾をいくつか外して、ワタクシに差し出します。
　ルーペを取り出してそれを鑑定してみると、なかなか品質の良さそうな宝石が付いている上に土台も金のようです。

「承知いたしました。ではこれと交換ということで」

「うむ。大切に保管していてくれたことを感謝する。……それでは世話になった。さらばだ」

　彼は商品を受け取ると、爽やかに微笑んで去って行きました。

「なぁ、ジェル。クー・フーリンって誰だ？」

　アレクが疑問に思うのも無理はありません。確かに店の商品と縁が深い人が招かれるように条件付けはしましたが、その人選はワタクシも完全に予想外でしたから。

「ケルト神話に登場する英雄ですよ。まさかいきなりそんな大物が招かれるとは思いませんでした……」

「おいおい、神話の英雄が槍と一緒に玩具まで買って行ったけど、よかったのか？」

「ふふ、そういえばそうでしたね」

　英雄の傍で花の玩具がゆらゆらと動いているのを想像して、ワタクシはこのお店を始めたことが少し楽しくなってしまったのでした。