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season1
1話:アンティークの店「蜃気楼」
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「なぁ、ジェル。もし永遠に生きられるなら何がしたい?」
「ワタクシはこの世にある本を全部読みたいです。全部読んで世界で一番の物知りになってみせますよ」
「お兄ちゃんは世界のすべてをこの目で見てみたいな。俺も世界で一番の物知りになってみせるよ」
____________________
2週間ほどヨーロッパを巡っていた兄のアレクサンドルが帰って来たのは、桜舞うある日のことでした。
「ただいま、ジェル」
「おかえりなさい。……ふふ、アレクったら。頭に桜の花びらがついていますよ」
リビングで本を読みながら紅茶を飲んでいたワタクシは、手を伸ばして彼の黒髪に付いていた薄いピンクの花弁をつまみました。
「町のいたるところに桜の木があるのってやっぱり良いよなぁ。日本に住んで本当よかったって思うよ」
「ワタクシ達が日本に来て100年……いや、もっとになりますかねぇ。もう自分が何歳か数えるのも面倒になってきました」
――そう、ワタクシ達はひょんなことから不老不死が叶い、もう300年以上も生きています。
世界中を旅してみて、最終的に日本が気に入って移住したのです。
幸い、兄とワタクシは過去に錬金術師としてそれなりに財を築いていましたので、生活に困ることもありません。
現在は老いを知らぬのを良いことに、お互い自由気ままに好きなことをして共に暮らしています。
しかし、そんなワタクシ達にもひとつ問題が発生しました。
自分達が社会的には無職である、ということです。
「最近さぁ、旅先で知り合った人に何やってる人かって聞かれた時にちょっと困るんだよなぁ」
「錬金術師とか、貴族と名乗るんじゃダメなんですか?」
「昔ならそれでよかったんだけどなぁ。今はそんなこと言ったら変な顔されるぞ」
「じゃあ、ニートでいいんじゃないですか? 最近はワタクシ達みたいに仕事をもたない人はそう呼ばれているらしいですよ」
ワタクシの率直な意見にアレクは渋い顔をしました。
「それだと社会的な信用がなぁ……」
「じゃあ、適当に社会的に信用がありそうな職業を言っておけばいいんじゃないですか?」
「それじゃ詐欺だし、良心がとがめるんだよ。……ちなみに俺って、何やってる人に見える?」
ワタクシはアレクをまじまじと見ました。
クセのあるウルフカットの黒髪に、透き通った青い瞳の男らしい端整な顔だちはどこか母性本能をくすぐるような甘さがあります。
すらりとした背丈で、胸元が大きく開いた紫のブラウスに黒いベストをスタイル良く着こなしていて、いわゆる「ハンサム」だとか「イケメン」などと称される部類なのでしょう。
「なんでしょうねぇ……歓楽街に居そうな感じはありますが」
「え、そこはファッションモデルとかそういうんじゃねぇのかよ!」
「モデルになりたかったら、もうちょっと髪の毛を整えなさい。ボサボサじゃないですか」
アレクの髪は、くせっ毛で外側に向かって跳ね放題なのです。
ちゃんと手入れをすればかなり見栄えが良くなりそうなのですが、いかんせん彼は素材は良いのにそこら辺は無頓着でした。
「そりゃあ、俺だってジェルみたいに金髪サラサラストレートなら張り切って手入れするけどさぁ……」
アレクとワタクシは2歳違いの兄弟なのですが、見た目は完全に正反対なのです。
ワタクシは背が低く小柄で、男らしい彼に比べて顔立ちも中性的な上に髪も長めなので、女性と間違えられることもよくありました。
「それで、えっと……何の話でしたっけ?」
「だから、職業だよ。要するに、俺は無職だと困るんだ。だから表向きだけでいいから世界中を旅してても怪しまれないような、そういう仕事を俺達で始めないかって話だよ」
「世界中を旅してても怪しまれないような。……たとえば輸入業者のバイヤーですかね」
「それいいな! よし、実際にお店も作っちゃおうぜ。お兄ちゃんが何か適当に買い付けするからジェルが売ってくれよ」
アレクはずいぶん簡単に言いますが、錬金術師として人生の大半を費やしてきたワタクシがいきなり商売なんてできるはずがありません。
しかも何か適当にって、彼は何を買うつもりなのでしょう。
「そんなの事業として成り立ちませんよ。失敗するに決まってるじゃないですか」
「あくまで表向きでいいからさ。収支は気にしなくていいよ。ジェルの好きな物をいっぱい並べて、ジェルが理想とするお店にすればいい」
「好きな物ですか……」
ワタクシの好きな物は、紅茶と魔術書と骨董品。それに宝石、絵画や美術品とか――
「……でも、好きな物は売りたくないです。全部アレクとワタクシの大事なコレクションですから」
「じゃあ、嫌なら売らなくてもいいさ。ジェルが売ってあげてもいいと思った人にだけ売ってあげればいい」
「それじゃまるで、お店屋さんごっこですね」
「それでもいいんじゃないか?」
そこまで言うなら、やってみてもいいかもしれません。生きていく上で身分というのが必要なのはわかりますし。
「…………ワタクシが店主でいいですか?」
「あぁ、お兄ちゃんは店員さんでいいぞ。よろしくな、店主のジェルマン」
こうして、兄とワタクシは日本でちょっと風変わりなアンティークの店「蜃気楼」を始めることになったのです。
「ワタクシはこの世にある本を全部読みたいです。全部読んで世界で一番の物知りになってみせますよ」
「お兄ちゃんは世界のすべてをこの目で見てみたいな。俺も世界で一番の物知りになってみせるよ」
____________________
2週間ほどヨーロッパを巡っていた兄のアレクサンドルが帰って来たのは、桜舞うある日のことでした。
「ただいま、ジェル」
「おかえりなさい。……ふふ、アレクったら。頭に桜の花びらがついていますよ」
リビングで本を読みながら紅茶を飲んでいたワタクシは、手を伸ばして彼の黒髪に付いていた薄いピンクの花弁をつまみました。
「町のいたるところに桜の木があるのってやっぱり良いよなぁ。日本に住んで本当よかったって思うよ」
「ワタクシ達が日本に来て100年……いや、もっとになりますかねぇ。もう自分が何歳か数えるのも面倒になってきました」
――そう、ワタクシ達はひょんなことから不老不死が叶い、もう300年以上も生きています。
世界中を旅してみて、最終的に日本が気に入って移住したのです。
幸い、兄とワタクシは過去に錬金術師としてそれなりに財を築いていましたので、生活に困ることもありません。
現在は老いを知らぬのを良いことに、お互い自由気ままに好きなことをして共に暮らしています。
しかし、そんなワタクシ達にもひとつ問題が発生しました。
自分達が社会的には無職である、ということです。
「最近さぁ、旅先で知り合った人に何やってる人かって聞かれた時にちょっと困るんだよなぁ」
「錬金術師とか、貴族と名乗るんじゃダメなんですか?」
「昔ならそれでよかったんだけどなぁ。今はそんなこと言ったら変な顔されるぞ」
「じゃあ、ニートでいいんじゃないですか? 最近はワタクシ達みたいに仕事をもたない人はそう呼ばれているらしいですよ」
ワタクシの率直な意見にアレクは渋い顔をしました。
「それだと社会的な信用がなぁ……」
「じゃあ、適当に社会的に信用がありそうな職業を言っておけばいいんじゃないですか?」
「それじゃ詐欺だし、良心がとがめるんだよ。……ちなみに俺って、何やってる人に見える?」
ワタクシはアレクをまじまじと見ました。
クセのあるウルフカットの黒髪に、透き通った青い瞳の男らしい端整な顔だちはどこか母性本能をくすぐるような甘さがあります。
すらりとした背丈で、胸元が大きく開いた紫のブラウスに黒いベストをスタイル良く着こなしていて、いわゆる「ハンサム」だとか「イケメン」などと称される部類なのでしょう。
「なんでしょうねぇ……歓楽街に居そうな感じはありますが」
「え、そこはファッションモデルとかそういうんじゃねぇのかよ!」
「モデルになりたかったら、もうちょっと髪の毛を整えなさい。ボサボサじゃないですか」
アレクの髪は、くせっ毛で外側に向かって跳ね放題なのです。
ちゃんと手入れをすればかなり見栄えが良くなりそうなのですが、いかんせん彼は素材は良いのにそこら辺は無頓着でした。
「そりゃあ、俺だってジェルみたいに金髪サラサラストレートなら張り切って手入れするけどさぁ……」
アレクとワタクシは2歳違いの兄弟なのですが、見た目は完全に正反対なのです。
ワタクシは背が低く小柄で、男らしい彼に比べて顔立ちも中性的な上に髪も長めなので、女性と間違えられることもよくありました。
「それで、えっと……何の話でしたっけ?」
「だから、職業だよ。要するに、俺は無職だと困るんだ。だから表向きだけでいいから世界中を旅してても怪しまれないような、そういう仕事を俺達で始めないかって話だよ」
「世界中を旅してても怪しまれないような。……たとえば輸入業者のバイヤーですかね」
「それいいな! よし、実際にお店も作っちゃおうぜ。お兄ちゃんが何か適当に買い付けするからジェルが売ってくれよ」
アレクはずいぶん簡単に言いますが、錬金術師として人生の大半を費やしてきたワタクシがいきなり商売なんてできるはずがありません。
しかも何か適当にって、彼は何を買うつもりなのでしょう。
「そんなの事業として成り立ちませんよ。失敗するに決まってるじゃないですか」
「あくまで表向きでいいからさ。収支は気にしなくていいよ。ジェルの好きな物をいっぱい並べて、ジェルが理想とするお店にすればいい」
「好きな物ですか……」
ワタクシの好きな物は、紅茶と魔術書と骨董品。それに宝石、絵画や美術品とか――
「……でも、好きな物は売りたくないです。全部アレクとワタクシの大事なコレクションですから」
「じゃあ、嫌なら売らなくてもいいさ。ジェルが売ってあげてもいいと思った人にだけ売ってあげればいい」
「それじゃまるで、お店屋さんごっこですね」
「それでもいいんじゃないか?」
そこまで言うなら、やってみてもいいかもしれません。生きていく上で身分というのが必要なのはわかりますし。
「…………ワタクシが店主でいいですか?」
「あぁ、お兄ちゃんは店員さんでいいぞ。よろしくな、店主のジェルマン」
こうして、兄とワタクシは日本でちょっと風変わりなアンティークの店「蜃気楼」を始めることになったのです。
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