心から信頼している友のために、磔にされたまでは良かったのですが、

2.

「ふざけるな、こんなことが許されてたまるか！」

　エリオッタは激怒した。
　必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
　かの王は無意に民を虐げ、殺し、楽しんでいると耳にしたからだ。
　このままでは、国は滅び、再び血生臭い争いで満ちると思った。

　だが、
　だが。
　エリオッタには政治が分からなかった。
　読み書きはできるが、その程度。
　圧倒的、能力不足。
　ただの羊飼いの身である彼としては、身を焦がす正義の心を持ってはいても、
　それを実現するための頭脳がなかった。
　故に、周囲は彼の言動を嘲り、謗る。

「愚者が何を言っている」

「羊を扱うことで手一杯な男に、人を扱う王の気持ちがわかるか」

　だけれど、その言葉は彼の心を曇らせることはない。
　どころか、さらに燃え上がらせる。
「では、逆に聞こう。あなた方はそれでいいのか」

　続けて言う。

「私よりも知恵があり、金もあるあなた方は、かの王の蛮行を許すのか」

　黙る周囲に対して、さらに続ける。

「私には分からぬ。かの王の気持ちが、かの王の目的が、かの王の理想が。だからこそ、私は行かねばならぬ」

「ーーそれは、私の花嫁姿を見ることよりも、重要なこと？」

　沈黙を破ったのは、他ならぬ彼の妹、ロゼリアの言葉だった。
　唇を噛み締め、自身の兄に反抗する。
　彼女は、もうすぐ結婚するのだ。
　相手は、村の有力者。
　エリオッタも認める人格者。
　その結婚に何も不満はない。
　どころか、祝福の気持ちでいっぱいだ。
　だが、
　そうは言っても、かの王を一刻も早く消すという天命にも似たものを感じたエリオットは。
　口には出さながいが、頭の中ではすでに決めていた。
　その、残酷な結論を。

「私にとって一番大事な日。それは兄さんにとってもそうではないの？」

　今度は、エリオッタの方が沈黙した。
　返すべき言葉が見つからない、という風。
　だけれど、ロゼリアは兄と同じように言葉を続ける。

「家族でもない、顔も知らない人のことが、私のことよりも大事なことなの？」

　一方的に言う。
　責めるように、
　詰めるように。

「それは違う」

　と、エリオッタは口を開く。

「お前も大事だ。見ず知らずの民の命も当然大事だ。そして、かの王を野放しにしては、いづれお前の幸福も曇る」

　だから、と彼は続ける。

「だから私は行く。お前の彼方の幸せを守るため、私は行くのだ」

「……そっか」　

その言葉に、彼女は短く言う。

「兄さんは頑固だからね」

「そうだ。お前の兄だからな」

「じゃあ、一つだけ約束して」

　ロゼリアは指をピンと立てて、兄に言う。

「必ず戻ってきて。私の花嫁姿を、必ず見届けて」

「わかった」

　エリオッタは笑った。
　そして、妹の前から姿を消した。
　目的地は、かの王が住まう都。
　エリオッタは走り出す。