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一章
7.ありのままの貴方を
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歓喜の余り、アンドレアはパトリシアを抱きしめる。
皿を置いて、代わりに彼女の体を抱きしめる。
筋力も低く、ただの肉塊であるそれの抱擁は、痛くはないが不快ではあった。
独特の匂いが、パトリシアの鼻を犯す。
けれどーー
彼女は感覚を殺し、
心を殺し、
彼の抱擁を受け入れる。
当たり前のことだ、条件つきとはいえ、放逐されたとはいえ、2人は婚約者同士なのだ。
その愛や恋が一方通行であろうと、過去の諍いがあろうと、抱き合うのに不思議はない。
世間で言うところの『常識』で言えば。
「苦しいです、アンドレア様。お気持ちと、言葉だけで十分です」
「ーーあ、ごめん。そんな風に言われたことなくて、つい、嬉しくて、ごめんっ」
項垂れるアンドレアを、彼女は優しく撫でた。
優しく、慈愛に満ちた母のように。
内心では、愚鈍、哀れ、惨めと、悪態をつきつつも。
その一切の感情を表に出さず、彼女は慰める。
「思えば、過去の私含め、皆さんが厳し過ぎたのです。アンドレア様の重圧を理解せず、ただ領主としてあるべき姿、理想像だけを押し付けて。アンドレア様だって、領主になりたくてなった訳ではないのでしょう?世襲だから、周りに相応しい人がいないから。ーーなるしかなかった、ほかの選択肢が存在しなかった」
そこは私と一緒だ、
と内心で彼女は呟いた。
けれど、この男と私では天と地ほどの開きがある。
現状を受け入れるだけーー否、受け流すだけのこいつと、現状を打破すべく持ちうる手札は全て使い、無ければ創るという私とでは。
圧倒的にかけ離れている。
離れ過ぎている。
理解しようがないだろう。
「でも、今の私なら理解してあげられます。多少、違いはあれど、私も選び難きを選んで生きてきた身、アンドレア様と似たような状況もありました。これまでは、色々と悲しい出来事がありすぎて、心の整理ができなくて、辛くあたってしまいました」
「いや、そんなことない、そんなことないよ。言葉遣いは激しかったけど、あの時の言葉は、僕を思って言ってくれたんだろう?なら、責めるべきは君自身ではなく、僕であるべきだ」
お前の自己批判は当てにならない。
そこに並ぶ肉料理と同じく、一夜の夢の如く消える代物。
大人しく、言葉を噤んでいればいい。
ただ、目の前の料理を口に運べばいい。
そんな風に、内心毒づくも。
彼女は笑顔を崩さない。
声に不快感をのせない。
「違います。悪いのは私です。ありのままの、貴方を愛そうとしなかったこの私。自分の都合、世間の理想だけを求めて、目の前にいる貴方を無視していた私。なので、貴方は何も罪の意識を感じなくていいのです」
「パトリシア……パトリシアっぁ」
「よしよし、泣かないでください、アンドレア様。貴方はやればできる方ですし、今はまだその時じゃないだけです」
再度泣きじゃくるアンドレアを、優しく撫でる。
大きな幼児の姿がそこにいた。
皿を置いて、代わりに彼女の体を抱きしめる。
筋力も低く、ただの肉塊であるそれの抱擁は、痛くはないが不快ではあった。
独特の匂いが、パトリシアの鼻を犯す。
けれどーー
彼女は感覚を殺し、
心を殺し、
彼の抱擁を受け入れる。
当たり前のことだ、条件つきとはいえ、放逐されたとはいえ、2人は婚約者同士なのだ。
その愛や恋が一方通行であろうと、過去の諍いがあろうと、抱き合うのに不思議はない。
世間で言うところの『常識』で言えば。
「苦しいです、アンドレア様。お気持ちと、言葉だけで十分です」
「ーーあ、ごめん。そんな風に言われたことなくて、つい、嬉しくて、ごめんっ」
項垂れるアンドレアを、彼女は優しく撫でた。
優しく、慈愛に満ちた母のように。
内心では、愚鈍、哀れ、惨めと、悪態をつきつつも。
その一切の感情を表に出さず、彼女は慰める。
「思えば、過去の私含め、皆さんが厳し過ぎたのです。アンドレア様の重圧を理解せず、ただ領主としてあるべき姿、理想像だけを押し付けて。アンドレア様だって、領主になりたくてなった訳ではないのでしょう?世襲だから、周りに相応しい人がいないから。ーーなるしかなかった、ほかの選択肢が存在しなかった」
そこは私と一緒だ、
と内心で彼女は呟いた。
けれど、この男と私では天と地ほどの開きがある。
現状を受け入れるだけーー否、受け流すだけのこいつと、現状を打破すべく持ちうる手札は全て使い、無ければ創るという私とでは。
圧倒的にかけ離れている。
離れ過ぎている。
理解しようがないだろう。
「でも、今の私なら理解してあげられます。多少、違いはあれど、私も選び難きを選んで生きてきた身、アンドレア様と似たような状況もありました。これまでは、色々と悲しい出来事がありすぎて、心の整理ができなくて、辛くあたってしまいました」
「いや、そんなことない、そんなことないよ。言葉遣いは激しかったけど、あの時の言葉は、僕を思って言ってくれたんだろう?なら、責めるべきは君自身ではなく、僕であるべきだ」
お前の自己批判は当てにならない。
そこに並ぶ肉料理と同じく、一夜の夢の如く消える代物。
大人しく、言葉を噤んでいればいい。
ただ、目の前の料理を口に運べばいい。
そんな風に、内心毒づくも。
彼女は笑顔を崩さない。
声に不快感をのせない。
「違います。悪いのは私です。ありのままの、貴方を愛そうとしなかったこの私。自分の都合、世間の理想だけを求めて、目の前にいる貴方を無視していた私。なので、貴方は何も罪の意識を感じなくていいのです」
「パトリシア……パトリシアっぁ」
「よしよし、泣かないでください、アンドレア様。貴方はやればできる方ですし、今はまだその時じゃないだけです」
再度泣きじゃくるアンドレアを、優しく撫でる。
大きな幼児の姿がそこにいた。
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