上 下
8 / 51
一章

7.ありのままの貴方を

しおりを挟む
歓喜の余り、アンドレアはパトリシアを抱きしめる。
皿を置いて、代わりに彼女の体を抱きしめる。
筋力も低く、ただの肉塊であるそれの抱擁は、痛くはないが不快ではあった。
独特の匂いが、パトリシアの鼻を犯す。

けれどーー
彼女は感覚を殺し、
心を殺し、
彼の抱擁を受け入れる。

当たり前のことだ、条件つきとはいえ、放逐されたとはいえ、2人は婚約者同士なのだ。
その愛や恋が一方通行であろうと、過去の諍いがあろうと、抱き合うのに不思議はない。
世間で言うところの『常識』で言えば。

「苦しいです、アンドレア様。お気持ちと、言葉だけで十分です」

「ーーあ、ごめん。そんな風に言われたことなくて、つい、嬉しくて、ごめんっ」

項垂れるアンドレアを、彼女は優しく撫でた。
優しく、慈愛に満ちた母のように。
内心では、愚鈍、哀れ、惨めと、悪態をつきつつも。
その一切の感情を表に出さず、彼女は慰める。

「思えば、過去の私含め、皆さんが厳し過ぎたのです。アンドレア様の重圧を理解せず、ただ領主としてあるべき姿、理想像だけを押し付けて。アンドレア様だって、領主になりたくてなった訳ではないのでしょう?世襲だから、周りに相応しい人がいないから。ーーなるしかなかった、ほかの選択肢が存在しなかった」

そこは私と一緒だ、
と内心で彼女は呟いた。
けれど、この男と私では天と地ほどの開きがある。

現状を受け入れるだけーー否、受け流すだけのこいつと、現状を打破すべく持ちうる手札は全て使い、無ければ創るという私とでは。
圧倒的にかけ離れている。
離れ過ぎている。
理解しようがないだろう。

「でも、今の私なら理解してあげられます。多少、違いはあれど、私も選び難きを選んで生きてきた身、アンドレア様と似たような状況もありました。これまでは、色々と悲しい出来事がありすぎて、心の整理ができなくて、辛くあたってしまいました」

「いや、そんなことない、そんなことないよ。言葉遣いは激しかったけど、あの時の言葉は、僕を思って言ってくれたんだろう?なら、責めるべきは君自身ではなく、僕であるべきだ」

お前の自己批判は当てにならない。
そこに並ぶ肉料理と同じく、一夜の夢の如く消える代物。

大人しく、言葉を噤んでいればいい。
ただ、目の前の料理を口に運べばいい。

そんな風に、内心毒づくも。
彼女は笑顔を崩さない。
声に不快感をのせない。

「違います。悪いのは私です。ありのままの、貴方を愛そうとしなかったこの私。自分の都合、世間の理想だけを求めて、目の前にいる貴方を無視していた私。なので、貴方は何も罪の意識を感じなくていいのです」

「パトリシア……パトリシアっぁ」

「よしよし、泣かないでください、アンドレア様。貴方はやればできる方ですし、今はまだその時じゃないだけです」

再度泣きじゃくるアンドレアを、優しく撫でる。
大きな幼児の姿がそこにいた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と溺愛のrequiem~

一ノ瀬 彩音
恋愛
婚約者に裏切られた貴族令嬢。 貴族令嬢はどうするのか? ※この物語はフィクションです。 本文内の事は決してマネしてはいけません。 「公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と復讐のrequiem~」のタイトルを変更いたしました。 この作品はHOTランキング9位をお取りしたのですが、 作者(著者)が未熟なのに誠に有難う御座います。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...