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一章

5.自笑の悪役

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破り捨てた紙の感触を思い出しながら、パトリシアは思った。

どうして、正攻法でやろうとしていたのか、と。
それは、今まで自身がやろうとしていた方法に、ではない。
本来のーー生来のパトリシアならば、自身の幸せを掴むために、わざわざ旦那であるアンドレア・エーテルザットの改良、なんて面倒な手段をとらないからだ。

生来の彼女であれば、彼を亡き者にしていたはずだ。
それでなくとも、自身の自由意思で動くような傀儡に仕立て上げていた筈だ。
無論、アンドレアの努力や想いによるものではなく、物理的・精神的強制力をもった方法でやっていた筈だ。

「……っ、あはっ」

彼女は薄く笑った。
手で口元を隠し、
かつてのように、自然に、悪魔のように。
何かを嘲るように笑った。

そこにはパトリシア以外誰もいない。
様子を見にきたのであろうアンドレアは、手紙を破り捨てた彼女の行動に疑問符を浮かべつつも、それ以上は何も考えず、後にした。
そこで、言葉をかければ、その後の彼の不幸はなかったのかもしれない。
……いや、それは甘い予測だろう。
だが、少なくとも遅らせることはできたはずだ。
彼女が彼女に戻ることを、遅らせることぐらいはできた筈だ。

しかし、彼は何もしないしできなかった。
手も握らせてくれない伴侶との会話よりも、無言で幸せを与えてくれる甘いお菓子の方が、大事だったからだ。
だから、パトリシアは悪くない。
アンドレアの方が悪い。

ーーいや、一概に決めつけるのも良くない。
彼という男を、最愛の女性よりも重要視させる食べ物が悪いのかもしれない。
アンドレアは、哀れな被害者の一人に過ぎないのかもしれない。

ーーけれど、そう簡単に結論づけるのも如何なものか。
食べ物というのは、料理というのは人に誰かに食べられるためにある。
故に、それらは悪意をもって彼ら彼女らに接している訳ではない。
そのように生まれたから、そうなるしかない。
選択肢を、そもそも与えられていない。
ならば、本当に悪いのはこの世界なのかもしれない。

そこに思い至ったところで、彼女は思考を止めた。

「私としたことが、ショックで自分を見失っていたようですね」

彼女は1人、呟くように言いながら、くるんと回る。

「いや、ショックを受けてしまうということ自体、通常の私ではありえないことですし」

軽やかに、しなやかなに、ステップを踏む。

「恋は盲目、ということでしょう。異国の言葉は身に染みます」

誰もいない部屋で、

「ですが、それも終わりです。この大きな瞳は開かれました」

誰のためでもない、

「少女の時代は終わりです。恋に生きるのも、当然お終い」

ただ、自分がそうしたいからという理由で踊る。
くるくると、
たんたんと。

「誰かの為ではなく、自分のために、生きましょう」

純粋な欲望、
無垢な心。

「これまで通り、今まで通り」

混じり気がないが故に、彼女の踊りは美しい。
たとえ、それを見たいと望む観客がいなくとも。


「必要であれば、悪役を演じることも、致しましょう」

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